MusiCinema
エヴァンゲリオン
キャラクター考察編

文=香沢真矢

 「新世紀エヴァンゲリオン」完全ネタバレ個別キャラ好き嫌い及び独断評価かつつまらん分析。やっぱりやりたいからやってしまおう。


シンジ碇シンジIkari Shinji サイコーだね。主人公として、これ以上好きなキャラクターはいません。いや、それは「装甲騎兵ボトムズ」のキリコ・キュービーのほうが好きだけど(おい)、キリコは18だがシンジは14だ。この4歳には大きな違いがある。ここはどこで、私は誰なんだろう、なんて、ギャグにもなっちゃうアイデンティティぐらぐら時期をシンジほど体現している主人公はなかなかいない。しかも「父親に否定され続けている(=精神的に虐待され続けている)」というアダルトチルドレンである。常に刷り込まれた物語を癒しの物語へと書きかえる必要があるアダルトチルドレンとして、このくらい主人公にふさわしい人物はいないだろう。第五話あたりまで、もう私はシンジに「シンクロ率400%状態」で、「シンジのこと悪く言う奴はどついたるー」(鈴原モード)という状態であった。しかしこのノリでずっと進んでいたら、話はいいかげん重くて暗くてつらかったかもしれない。 彼にあげたい言葉としては、「シンジよ、怒れ!」だな。シンジはまず怒るべきだ。とりわけ父親に。だから彼が初めて怒りをあらわにするトウジ(鈴原)のエピソードは秀逸だったと思う。いずれにせよ私は最後まで感情的には常にシンジの味方であった。

エヴァ初号機(一応キャラクターっすね) シンジにとって母親ユイだというところが面白い。シンジがこのエヴァに乗るのは母親の胎内(体内)にいるということであり、胎内回帰的かつ近親相姦的な意味合いを帯びることになる。一度完全に取り込まれてしまった回は、エヴァの覚醒と重なっているが、ここでエヴァが使徒を「食う」。頭から相手を喰う恐ろしい母(歯の生えた女性器のイメージがエヴァに見事に投射されている)に、シンジも完全に食われてしまったわけである。一方で、エヴァのパイロットであるということがシンジにとっての自分の価値であるから、シンジはエヴァに乗りたい(アイデンティティを獲得したい)、しかし乗りたくない(母親から自立したい)と揺れ動くのではないか。シンジが「良い父親」たる加持に諭されて、自らエヴァにみたび乗ることを自発的に決意する場面は、彼の自立第一歩というところか。それにしても折角覚醒したんだから、なんかもう少しエヴァ自体の破壊的エピソードが欲しかったなあ。物足りね〜。

葛城ミサトKatsuragi Misato 実は彼女もアダルトチルドレンだったりする。あのガサツさ(表面的なものだが)、好きだなあ。部屋のおっ散らかし方とか。最後のほうでミサトが何人かの男を同時進行?していたらしいことをほのめかしているが、父親にコンプレックスを持っている彼女が、ある程度男性遍歴するのは模索みたいなもので当然である。母親に対してコンプレックスを持ちつつ母と同化するリツコよりも、彼女のほうがある意味では勇気がある。ミサトは取り敢えず、父親に似ていてかつ父親以上の男を見つけなければ癒されない。だから彼女が本当に愛していたのは、アンヴィバンレントな感情を持ちつつもやっぱり父親に似た加持だったはずだ。そう言えば、父親の具体的描写がもう少し多かったほうが、説得力があったのでは。彼女は語り手であり、育ったシンジであり、シンジの「この世の母」であり(だから近親相姦はイカンよ)、なんとか自分で自分を癒そうとしている29歳の女性なんですね。切なくも身につまされるキャラクターです。

綾波レイAyanami Rei 無口な美少女にしてその正体は。彼女は自分と同じとカヲルが言っていた。ということは使徒は魂がないのかいやレイには魂があるはずだ、あ〜わからん。ゲンドウにとってはユイの再来であろう。これははっきりしている。では使徒も「人が造りしもの」なのか、う〜わからん。いくらなんでももうちょっと説明してよね。ところで、最初のシンジとレイのエピソードは、泣かせるものがあった。アスカが登場せずに、ずっとパイロットはシンジとレイのふたりで物語を進めたらどうなったのだろうか、それも興味深い。

惣流アスカ・ラングレーSohryu Asuka Langley 最初は彼女はシンジとレイに比べるととっても普通な女の子に見えた。少なくとも、自我はシンジよりはだいぶ発達しているのは確か。しかし柔軟性がなさ過ぎた。「エヴァのパイロット」一点にアイデンティティとプライドを賭けるのはやはり無理が。ああ、やっぱり14歳だったんだなあ、と最後にはいとおしくなる気の強い美少女でありました。この子もアダルトチルドレンです。

赤木リツコAkagi Ritsuko 悲劇的すぎるじゃないの。それにしてもまあ、よくもここまでアダルトチルドレンを揃えました。女としての母親を憎んでいながら、女として同じことやってしまったというのも、救われない。

加持リョウジKaji Ryohji 「エヴァ」って、成熟した男性(というかまともな大人の男というか)ってほんっとーに出て来ません。お蔭で加持君が一人で全部引き受けるはめになって、シンジの父親役をするのも彼、ミサトの父親役をするのも彼。ただしミサトは29歳女性ですんで「憎い父親」の代替物になっちゃってごたごたするんですが。どこがどうミサトの父親と似ていたのかという具体的なエピソードがなかったのが説得力に欠ける。最後には自分の仕事に戻るところかな? それ言うならミサトも仕事に加持をある程度は利用していたではないかいな。加持君は、真実のためには命をかける勇気があるが、狂言回しの役割もしているので、物語の都合で行動パターンが首尾一貫していないようにも見える。タイプとしては、「一見女好きで軽薄だが実は……」というのは私の好みではない(別に誰もきいとらん)。そういや、ハイネルさま以来巨大ロボットもの(なのかあ?、これ)伝統の美形悪役がいなかったな。まあ、この上そんなのがいたらどうなっていたことやら……。

ゲンドウ碇ゲンドウIkari Gendoh だからこの親父は嫌いだってば。この親父は、この親父わなぁ〜、ほんっとにもぅ、観てて私もぶっ殺したくなるよーなオヤジである(まあ、剣呑な)。私がシンジなら、やっぱ殺すしかないでしょう(いや、冗談だけど。父殺しってのもね、古典的です)。特にトウジを自分の手で殺されそうになった時には、思わず「いてまえ〜」とシンジをけしかけたくなったよ全く。あれは実はシンジを護るためだったのだろうか、いや、初号機=ユイを護るためだったと思う。こいつは人との関り方が本当に不器用なんだろうか? 不器用というのは表現の仕方が不器用だというのであって、少なくともシンジに対しては、ゲンドウは愛情を表現していないとしか思えなかった。この親父は妻以外の誰も愛していなかったのではないか。それにシンジがゲンドウに「ありがとう」ってなに? 親父のほうが「シンジ、すまなかった」と言うべきじゃないか。そう簡単にこの親父に感謝できるか、オラオラ。自分の子供にアレって、許せないものがあるね。物心つかぬコドモにとって、親は神なんだよ? わかってんの、アンタ? あんた、長いこと生きてて、自分を癒せないままだったのね、とどつきたくなってしまった。それにこの男の目的はなんだったんだ。神になりたかった男なのだろうか。人類補完計画ってなんだったわけ? ところでゼーレはどうしたんだ。このキャラとそれを取り巻く状況も、もっと描き込んでよね。描きようによっては、ゲンドウくらい面白いキャラクターいないんだから。

カヲル■カヲル 死者と使者をかけた彼は、実にユニークで魅力的なキャラクターだ。しかも美しく憂わしい。シンジに初めて「好きだ」と言ってくれた存在、初めて愛してくれた存在でもある。それにしても、「人間は生まれることは選べないが死ぬことは選べる」なんて、古典的自殺論をカヲルの口から聞くとは思わなんだ。シンジとアスカの協力話なんかかっとばしていいから、もっとカヲルを描き込んでくれなきゃ。カヲルって、きわめて重要なキャラクターなんだし。それにこの物語においてカヲルは、シンジ個人の物語と、使徒とエヴァの物語を結ぶはずなんじゃないのだろうか。結局あんなに大事な「使徒」ってなんだったのかっていう情報が少なすぎて、「エヴァ」をシンジの自我覚醒の神話物語あるいはシンジの成長物語として以外にヨもうとすると、どえらく大変そう。「エヴァ」っていう宿題を解く生徒じゃないんよ私は。使徒とエヴァと第3東京市とセカンド・インパクトとゼーレと……ああもう、思いっきり面白いテーマなのに!(こっちのほうが面白いじゃないか!) 全くじれったいアニメだ!

■アダム 使徒第1号。ところがカヲルに言わせると、リリスだと言う(カヲル君、なぜキミはそんなにキリスト教に詳しいんだ、なんて突っ込みをいれたくなるのは「それが答えだ!」の見過ぎかも)。リリスは、エヴァのまえに神がアダムに造った連れ合いなのだが、従順じゃなかったから地獄に堕とされて悪魔になったんじゃなかったかな。肋骨から造ったイヴすなわちエヴァは従順だったかと言うとそうでもなかったわけだけど(それにしてもキリスト教ってのは父権社会的、男性原理的な宗教である)。では、これは破壊的な女性原理の象徴なのだろうか? うーん、これも説明がなさすぎて妄想。ただしアダムじゃなかったというのは、使徒が近づいてもサード・インパクトを起こさなかったところからおそらくほんとの事なんだろう。んでは「歓喜の歌」は、サード・インパクトを起こす使徒の「歓喜」なのかしらん。う〜わからん。ほんと、頭抱えてゴロゴロ転がりたくなるよ、まったく。

ペンペン エヴァのハロ。



 最後に。「エヴァ」のこのじれったさ、不消化な感じは、各キャラクターが固有の物語を持っていて、その物語は比較的うまく機能しているのにもかかわらず、世界観の部分とか、使徒とエヴァ、使徒と人類、それぞれの機関とキャラクターのかかわりとかが、必要充分に描かれていないので、各キャラクターの座標軸が曖昧なままに終わっているせいもあるのではないでしょうか。つまりキャラクターは描けている(内的世界は絢爛としている)が、構成が甘い(外的世界の認識があやふや)つーか。なんかそういう意味では実は「エヴァ」という物語自体が、とても内向的で、一歩踏み出したばかりの思春期みたいで、だからこそ未完成でハンパな感じで、パワーもあり、魅力もあり、じれったくて、困ったアニメなんではないかな、と思ったのでした。(石投げないでね)(97/08/12)


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