わが偏愛のピアニスト、ポリーニ

文=香沢真矢

 時は70年代。三島由紀夫の割腹で明け、サイケデリックが席捲し、最初に新人類と言わ れた世代が十代で、個人的には混沌と覚醒の混淆状態にあった暗黒の時代である。ショパ ン・コンクール優勝後の長い沈黙を破って演奏活動を再開していたマウリツィオ・ポリー ニは、日本にもやって来た。もう少し早く生まれていればと思うが、こればかりは致し方 ない。
 私が初めてポリーニの演奏を耳にしたのは76年だったと思う。それまでは私は家にあっ たアダム・ハラシェヴィッチ(ポーランド人のピアニスト。ショパン・コンクールで優勝 したが、その時2位だったアシュケナージのほうがよほど有名であるのは誰もが知るとこ ろだろう)のレコードや、リヒテルのベートーヴェンのレコードを聞いていたのだが、人 に薦められてカセットに録音したポリーニの演奏を聴いた。ピアノという楽器がこんな音 を出す、というのは衝撃だった。ところが間抜けなことに、この、最初に聴いた曲が何だ ったかというのをどうしても思い出せないのである。その後次々と買い込んだレコードと 、次々とエアチェックしたFMのライヴ、つまり怒涛のようにポリーニの演奏に浸ってい ったために却って最初の曲の印象が薄められてしまったものらしい。

 レコードはどれひとつとして半端な録音がなかったが、最初に買ったのはショパンの練習曲集だった。これは70年代のポリーニの最高の録音の一つで、磨きぬかれたピアニズム、鍵盤の上を指が走っているという感覚すら感じられない超絶的な名演だし、次に買ったストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」は、ロマン派しかろくに聴いたことがなかった私の脳髄をひっくり返した代物だった。そのあとシューマンの幻想曲、ショパンの前奏曲集、シューベルトの「さすらい人」、プロコフィエフの「戦争ソナタ」、クラウディオ・アバドと共演した同じくプロコフィエフのピアノ協奏曲、ベームと共演したベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番とモーツァルトのピアノ協奏曲と留まるところを知らず、ポリーニの演奏なら見境なく買い込んだ。特定の演奏家に魅せられたら誰だってそうしたものだろう。
 しかしやはり強烈だったのはシェーンベルク、ウェーベルン、ブーレーズのピアノ・ソナタ第2番の一枚である。なぜか私はこのころ何年かにわたって、12月31日の深夜は第九の代わりにいつもブーレーズのこのソナタを聴いていた。ライヴは最も印象に残っているのは77年のザルツブルク音楽祭でのもので、クラウディオ・アバドと共演したブラームスのピアノ協奏曲第1番である。輝かしい高音、強靭な低音、どの音ひとつとっても、ほかのピアニストからははっきりと区別できる独特の燦めき。レコードでは決して聴けないトリルの乱れまで熱気に満ちていた。生で来日公演を聴いたのは78年の追加公演で、すべて現代曲−−というより現代曲への流れを音楽史的に示しているがごときというべきか−−のプログラムだった。今思い出せば悲しいNHKホールである。それでも最初の一曲目、リストの「暗い雲」は、グランドピアノから溢れ出る暗い雲が見えたように感じた。
 当時の音楽雑誌はポリーニとアルゲリッチで持ち切りで(というふうに私が感じていただけだが)、当時中堅の音楽評論家が古きニーチェの分類に従ってポリーニをアポロ的、アルゲリッチをディオニュソス的と評していた。あまりに完璧かつ明晰なポリーニの音楽をアポロ的と評すセンスは理解できるが、演奏家の本質はすべからくディオニュソス的なものだ。ポリーニにしても充分ディオニュソスだったのである。彼の演奏には常にデモニッシュなものの裏づけがあった。そうでなければここまで熱狂させない。そんなわけで、私としては当時の若手の評論家の評した『ヴィヴィド症候群』のほうが気に入っていた。ポリーニの演奏を聴いた人はみなこの病気にかかり、その鮮烈な音に魅入られて、次々と彼の演奏を聴かずにはいられないというのである。70年代のポリーニの演奏はまさにそうしたものだった。どこまでも明るく燦めき落ちる音にいろどられた、あくまでも明晰に構築された世界、その強烈な明るさゆえにいっそう濃い闇。それはいうなればまことにイタリア的なもので、ゲーテやトーマス・マンが夢見たイタリア、君よ知るや南の国のイタリアそのものだった。

 さて、やくたいもない70年代ポリーニへの熱狂ぶりをこねくり回していてもしかたがない。彼にも変わる時が来る。80年代に入ってポリーニのスタイルは変わり、音色もまた変わった。その後スピード狂の傾向があったポリーニは、交通事故でピアニストとしての生命が危ぶまれるほどの大怪我をし、それを境に彼は変わったという話も読んだ。通俗的だ、ゴシップスズメだというなかれ、芸術対生活、芸術家対人生はいつも大きな主題なのだから。噂は彼は丸くなったと言い、それに従って演奏もまた変化したと言ったがそれは本当だった。それでも86年の来日時のシューマンの幻想曲、リストのロ短調ソナタはロマンと気迫に満ち、忘れ難い。
 そして97年、彼は既に六十に手が届きそうな年齢になった。三十代前半の、リストかショパンもかくやというばかりのナイーヴな美貌(当時私は、恥ずかしいことに雑誌やなにかに載ったポリーニの写真を片っ端からスクラップしており、いまも私の部屋には、70年代の演奏中の陶然たる表情のポリーニのパネルがある)は、予想通り髪が薄くなり、白いものが交じり、腹は出はじめて来た。人のことは言えず、こちらもよくも悪くもとげとげしさがなくなり、生きにくさも減った。いまのポリーニは、70年代の彼に比べたら、わりと普通のピアニストである。何だか終わった恋のような気がしないでもない。70年代のレコードがCDになっているのをいま聴くと、切なくなる。それでも、彼とは同時代を生き、ずっとその演奏を聴いて来た。そんなわけで、やはり今もってマウリツィオ・ポリーニは私の最愛のピアニストなのである。(97/11/10)




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