News: 2013年4月アーカイブ

April 29, 2013

インキネン&日フィルのシベリウス367

●26日はインキネン指揮日フィル定期へ(サントリーホール)。以前、記者懇親会の模様を当欄でもご紹介したシベリウス交響曲シリーズの第3弾。6曲の交響曲をインキネン流に3日間に分けて、最終日が第3番、第6番、第7番となったわけだけど、一日選ぶなら断然この日。第6番と第7番はつなげて演奏すると会場内に貼りだされていた。
シベリウス●第6番と第7番はラトル&ベルリン・フィルでも同じようにつなげていたけど、これははやっているんすかね? 同時期に書かれ共通した要素を持つみたいな話があったように思うけど、抵抗のある方も多いかも。でもこの日の演奏会に関しては成功していたと思う。第6番が終わった後、アタッカでつなげるというよりは、指揮棒を構えたまま少し余韻を残してから(ここで誰一人拍手しなかったのはスゴい!)、第7番に入った。
●シベリウスの交響曲って大曲がないんすよね(おっと、クレルヴォは別枠だ)。ブルックナー的な長大な作品で静謐な密儀の雰囲気を醸成することができない。でも第6と第7をつなげれば、それが可能になるんじゃないか……という発想もありうる。この日はオケの仕上がりも後半が断然よく、清冽で爽快な6+7番を楽しんだ。事前にこれまでのシリーズでインキネンの方向性が非民族的/非ロマン的だといろんな人から耳にしていたこともあって、ある意味期待通りの一夜。
●マーラーの交響曲第9番が終わった後でアタッカで第10番を続けるというのはどうだろう。ブルックナーの9番に「テ・デウム」がくっつくのよりはいい気がする。あるいはベートーヴェンの「第九」の後にアタッカで第1番に突入すると、輪廻による魂の不滅が伝わって最強の歓喜が表現できる……わけないか。

April 25, 2013

ビシュコフ&N響、ラベック姉妹のデュビュニョン&ベルリオーズ

サン・ロマーノの戦い●24日はビシュコフ&N響へ(サントリーホール)。前半にリシャール・デュビュニョンの2台ピアノと2つのオーケストラのための協奏曲「バトルフィールド」日本初演。ピアノはラベック姉妹(マリエルはビシュコフ夫人)。LAフィル、パリ管、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管、スイス・ロマンド管というそうそうたる4オーケストラによる共同委嘱作品で、今回日本でも初演されることに。ウッチェロの絵画「サン・ロマーノの戦い」に着想を得ているとか。
●舞台中央にラベック姉妹の2台ピアノが向き合って、センターに少し空きを作って、左右に2群のオーケストラが陣取るという、視覚的にも対立の図式がわかりやすい配置。パーカッションが分厚い3管編成相当のオケを左右に分けたような感じなんだけど、管楽器は高音域の楽器を(客席から見て)左に、低音域の楽器を右に置き、さらにバンダとしてP席左上方にトランペット、右上方にバストランペットが立つ。この左軍と右軍が壮大な音のバトルを繰り広げる。バンダの両トランペットが開戦を告げる。左軍ではエレキベースが活躍。しかし戦いはやがて対話と和解に至り、最後は肯定的に曲を結ぶ。2つの協奏的編成による協奏曲というメタ協奏曲でもあり。豪勢。激烈ではあるけど作風としては穏健。ストラヴィンスキーとか、バルトークとか、バーンスタインを連想しつつ。
●客席から作曲者デュビュニョンが呼び出され喝采を受けた後、アンコールにラベック姉妹が2曲。バーンスタインの「ウェスト・サイド・ストーリー」から「ジェット・ソング」(アーウィン・コスタル編)とデュビュニョン編曲の「赤とんぼ」。
●後半はベルリオーズの幻想交響曲。隈取りの濃い重戦車級「幻想」で、今季最大音圧の爆演。客席はわいた。
●ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」第3幕のイングリッシュ・ホルンの長大なソロは「幻想」の第3楽章に触発されてるんすかね。

April 24, 2013

まもなくLFJ。スアレスは噛みつく

●いよいよ来週に迫ったラ・フォル・ジュルネ。東京国際フォーラムのサイトにあるLFJチケット販売状況を見ると、売切れ公演が一目でわかる。小さなホールはほとんど完売だが、意外と今からでも選択の余地はあるんだな、と。5000席のホールAはもちろんのこと、ホールC、よみうりホール、さらにはホールB7まで選べる。不思議なのはホールCよりもホールB7のほうが席が残っていること。こちらのほうが小さいんだけど、どうしてなんすかね。なじみの薄い室内楽作品が多いから? だとするとB7ベースでハシゴ戦略を立てるのはありかもしれない、普段なかなか聴けないものをLFJに求める方は。
●告知。USENさんの「B68 ライヴ・スペシャル ~CLASSIC~ LFJ特集」を拙ナビで放送中。現在は水戸芸術館での児玉桃さんのドビュッシー、5月1日からは今年のナントでのLFJライブ音源ハイライトを。
●先日、サッカー界で問題となったのが、試合中にリヴァプールのスアレスがチェルシーのイヴァノヴィッチに噛みついた事件。映像をスロー再生で確認したが、競り合いのなかでたしかに完璧に噛みついている。イヴァノヴィッチが「う、普通に痛い!」とか言ってそうな顔をしていた。いまサッカー協会がすべきことはスアレスへの処分を協議することではなく、イヴァノヴィッチがだれかに噛みついていないかを確認することだと思う。

April 22, 2013

さいたまでユジャ・ワン

ユジャ・ワン Fantasia●話題のユジャ・ワンを彩の国さいたま芸術劇場で(20日)。強烈。ほとんどアスリート的な瞬発力というか敏捷性があるんだけど、曲芸的なつまらなさはまったく感じさせない。クールでカッコいいんすよ、ラフマニノフとかを弾いても。16日から6連戦の5日目だけど、とてもそうは思えないほどの集中力で、ドキッとするような衣装から、アルバム「ファンタジア」収録曲から構成されるアンコールまで、すべてにおいてプロフェッショナル。
●身体にぴったりそった黒のワンショルダー超ミニワンピ超ハイヒールというテンションの高い衣装で登場(この日は「お色直し」はなかった)。昨年、サンフランシスコ交響楽団と共演したときにも思ったけど、両手をだらりと下げながら歩き、左右非対称なフォームで深くスピーディにお辞儀するというユジャ・スタイルが激しくカッコかわいい。ああ、スターだなあ、と。
●曲目は前半にスクリャービンのピアノ・ソナタ第2番「幻想ソナタ」と第6番、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」、休憩後にローウェル・リーバーマンの「ガーゴイル」、ラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番(1931年改訂版)。サンフランシスコ響のときは予定されていたショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番がラフマニノフの「パガニーニ・ラプソディ」に変更されて少し落胆したんだけど、これで溜飲が下がった。もう「ラ・ヴァルス」なんてあまりの鮮烈さに笑ってしまう。でも剛腕ピアニストの押し一辺倒の超絶技巧ではなくて、綿密に設計されたデュナーミクにもとづいてクライマックスへと突き進むといった印象。後半のラフマニノフも華麗さや甘美さというこの作曲家についてまわるイメージから解放された凛々しいラフマニノフ。この終楽章って、前半の終わりの「ラ・ヴァルス」と呼応しているんすよね。似てるもの。ラフマニノフは1931年改訂版だけど初稿は1913年、ラヴェルのほうは1919~20年作曲。ラヴェルはこの曲を知っていたんだろうか?
●アンコールにラフマニノフのエレジーop3-1、シューベルト~リスト編「糸をつむぐグレートヒェン」、ビゼー~ホロヴィッツ編「カルメンの主題による変奏曲」(痛快)、ショパンのワルツ第7番嬰ハ短調。客席爆発、スタンディングオベーション多数。サイン会の長蛇の列が地平線まで続いていた(←それはウソ)。プロコフィエフのトッカータがアンコールになかったことが心残りではあるけど、これだけ聴ければ満足するしか。
●ユジャ・ワンは6月にもまた来日する。デュトワ&ロイヤル・フィル来日公演でショパンのピアノ協奏曲第1番。ショパンとはっ。

April 19, 2013

サントリー芸術財団サマーフェスティバル2013 記者発表会

サントリー芸術財団サマーフェスティバル2013 記者発表会
●毎夏恒例のサントリー芸術財団サマーフェスティバル2013記者発表会へ(18日、ANAインターコンチネンタル東京)。開催期間は9月1日から10日にかけて。今回より年毎に変わるプロデューサーが企画を担う新企画「ザ・プロデューサー・シリーズ」がスタートする。今年は池辺晋一郎氏(写真中央)が4つの公演をプロデュース。「ジャズ、エレキ、古稀」(9/2)ではロルフ・リーバーマンのジャズバンドと管弦楽のための協奏曲、鈴木大介さんのエレキギターによる野平一郎作品、そして池辺晋一郎、小出稚子、権代敦彦、猿谷紀郎、新実徳英、西村朗、野平一郎といった7人の作曲家による新作管弦楽(題未定)が世界初演される(杉山洋一指揮東京都交響楽団)。他にエスニック・ミュージックとダンスを組み合わせた企画「インプロヴィゼーション×ダンス」(9/6)、菊地裕介、金子三勇士、泊真美子の3人のピアニストによるリゲティのエチュード第1巻~第3巻(9/8)、演劇とオーケストラのコラボレーションとして、トム・ストッパード作、アンドレ・プレヴィン作曲の「良い子にご褒美」日本初演(9/10)。
●池辺「これまで聴衆として聴いてきたこのフェスティバルで、自分がプロデュースを務めることになるとは思ってもみなかった。ペダンティックからもっとも遠いのが僕。僕は現場の人間。そして半分は演劇の人間でもある。若い頃からジャズやワールドミュージックも好き。ダンスやバレエとのかかわりも深い。そういった自分がこれまでに現場でかかわってきたことを今回の企画に生かそうと思った。またリゲティは僕が60年代からもっとも共感を寄せる作曲家」。古稀を祝う新作管弦楽については「僕の古稀祝いとして企画してくださったものですが、70だからといって慰めずに古稀おろしてもらえるといいなと思っています」。
●サントリーホール国際作曲委嘱シリーズは今年から3年間、細川俊夫氏(写真右)が監修し、その第1回となる今年は細川俊夫氏本人がテーマ作曲家となる(ちなみに来年はパスカル・デュサパン、再来年はハインツ・ホリガー)。ディオティマ弦楽団重奏団による室内楽公演(9/3)と、準・メルクル&東京フィル、バーバラ・ハンニガンらによるオーケストラ公演(9/5)。
●第23回芥川作曲賞選考演奏会(9/1)では、候補作品として稲森安太己、酒井健治、大胡恵の各氏の作品が演奏される。選考委員は伊藤弘之、川島素晴、糀場富美子の各氏。演奏後に開かれる公開選考会では片山杜秀さんが司会を務める。
●おっと、池辺先生の大事なコメントを一つ忘れてた。「今年は新作をたくさん書くことになってしまいまして、古稀つかわれる年になりそうです」。

April 18, 2013

チョン・ミョンフン&フェニーチェ歌劇場「オテロ」

●17日はオーチャードホールでフェニーチェ歌劇場来日公演、ヴェルディ「オテロ」へ。指揮はチョン・ミョンフン。オーケストラは明るく爽快な響きを聴かせてくれた。オテロにグレゴリー・クンデ、デズデモナにリア・クロチェット、ヤーゴにルーチョ・ガッロ。演出はフランチェスコ・ミケーリ。
ヴェルディ●まだ公演が続くので演出のネタバレ(ってほどのものでもないけど)は避けるとして、細部にアイディアは豊富だった。個人的には煩瑣で説得力を欠いているように感じたんだけど、おもしろいと思う方もいらっしゃるはず。最後の場面はどうなんすかねー。
●で、「オテロ」。もちろん超傑作。でも音楽的な成熟度の高さの一方で物語的には納得の行かないところのオンパレードで、それに対して前日譚や背景の設定を外挿して筋を通すというのがオペラのお約束だとは思う。が、今ワタシは「オペラは見たままに解しよう」キャンペーン実施中なので(笑)、このミケーリ演出をそのまま見ると、この物語でもっとも共感できないのはオテロ。短慮な暴君でしかない。しかも人を見る目がない。戦時には最前線で活躍しても、平時に彼になにができるだろうか。オテロは他人を信用することができない。ヤーゴのことだって最初から疑わしいと思っているのに、「カッシオは寝言でこんなことを言っていましたぜ」という小学生並の浅知恵で騙されてしまう。
●ではだれに共感するかといえばヤーゴだろう。このヤーゴは怪物的な悪の権化でもなんでもなく、むしろ凡庸な一士官。ヴェネツィアの栄光のためにはオテロみたいな暴君は排除したい。しかし権力と富はオテロとデズデモナ、そしてカッシオが占有している。彼らはみな豊満であるが、ヤーゴとエミーリアの夫妻はそうではないことが報労の不均衡を示唆している。そこでヤーゴ&エミーリア夫妻は知恵を絞って、権力者たちを罰する。そう考えれば、ヤーゴとエミーリアがフィガロとスザンナのように見えてくる……?

April 17, 2013

「ブリュッヘン・プロジェクト」第4回 ブリュッヘン&新日本フィルのシューベルト

●15日はふたたびすみだトリフォニーホールへ。今回の「ブリュッヘン・プロジェクト」最終日で、新日本フィルが登場。曲はシューベルトの交響曲第5番と第8番(第9番)「ザ・グレイト」。
シューベルト●シューベルトの5番は弦楽器をぐっと刈り込んだ小編成。今回、18世紀オーケストラとの共演で聴いてきたのとはまったく違う音が響く(そりゃそうなんだが)。第1日のベートーヴェンでブリュッヘンはかつての18世紀オケとの共演で聴かせてくれた輝かしい音をまた取り戻していた。でもこの日のシューベルトは昨年までずっと新日フィルと共演してきたシリーズに回帰、静謐で彩度を落としたセピア調の響き。去年の続きみたいに。第2楽章でしみじみ。
●後半「グレイト」は一転して大編成に。テンポは遅い。巨匠指揮者の晩年らしく巨大な音楽に。第4楽章のリピートもあったのでいったい何分かかったのか、はかっておけばよかったけど、永遠に終わらないような、そして終わってほしくないような天国的音楽になった。冒頭のホルンからして惜別の歌に聞こえるし、第2楽章は「エロイカ」ばりの葬送音楽のよう。寂寞とした思いにかられるが、後半はオケがライブならではの白熱を見せて、ブリュッヘンの掌から飛びたって壮絶なクライマックスを築きあげた。最後の一音はふんわりディミヌエンド。客席はほぼ総立ち、一般参賀に(もちろん車いすに乗って)。
●ステージの近くまでやってきてお客さんが拍手を送る様子はすっかり老巨匠最後の来日公演風。あのブリュッヘンがカール・ベームみたいに拍手を贈られている。伝説かも。伝説にすべき。伝説だ。

April 16, 2013

東京・春・音楽祭「ストラヴィンスキー・ザ・バレエ」

ストラヴィンスキー●14日は東京文化会館で東京・春・音楽祭の「ストラヴィンスキー・ザ・バレエ」。初演100年となる「春の祭典」をベジャールの振付でバレエ上演する。さらにこれに先立ちパトリック・ド・バナ振付による「アポロ」も。
●バレエは門外漢なのでアウェイ感満載であるが、この音楽祭であればそういうお客さんも多いはず。「アポロ」のほうは舞台上に櫓みたいなものが組まれていて、その上にアンサンブルが乗っていた。演奏は長岡京室内アンサンブル。大変すばらしい。でも高所恐怖症の方はいないのか? 見ているだけでお尻ムズムズ。で、ダンスのほうは読み替え演出(って言い方はしないのか?)みたいな感じのオリジナルの設定があって、これは事前にシノプシスを読んでおかないと絶対にわからない(と思う。だってオペラと違って言葉がないんだもの)。主役の男はダンサーで「ミューズを率いるアポロ」を踊る予定だったのが、若い女性が殺されて冤罪により死刑を宣告され、それから19年間死刑執行を待ってて、精神病院に移されてるんだけど、ニジンスキーの日記を読み返すにつれて自分をニジンスキーに重ねてゆく……云々。いや、そこからさらにまだまだ事前設定があって、その世界観のなかでダンスが繰り広げられるという、バレエ素人瞬殺の演出(じゃないや、振付か)。とはいえストラヴィンスキーの音楽だけでも十分鑑賞可能なわけで(コンサートならそうなる)、舞台&ダンス付きのコンサートとして意図されない楽しみ方をしてしまった。
●バレエの常識ってものがあり、その上で振付についての歴史的文脈というものがあるはずで、そういうのを「バレエの見方というのはこうなんですよ」と親切にガイドしてくれる本とかもきっと山のようにあるんだろう。クラシックのコンサートやオペラを外部から見ると、いま自分がバレエに接しているこの状態になる、というのをうっすらと想像してみる。
●後半、ベジャールの「春の祭典」。東京バレエ団、ジェームズ・ジャッド指揮東京バレエ団。これはストレートに楽しめる舞台。バレエ素人のクラシック音楽ファンが「春の祭典ってきっとこういうバレエにちがいない」と期待するそのものずばりの振付なんじゃないだろうか。古典性すら感じる。一度は見ておくべきものを目にできて大満足。おまけに都響の切れ味鋭い演奏はそれだけで充足できる水準。ぜいたく。現代的な演出(あ、振付か)の「春の祭典」も見てみたくなる。
●今年の「東京・春・音楽祭」はこれでおしまい。来年はぜひミュージアム・コンサートをミュージアムといっしょに楽しむという一日を作りたい。 丸一日上野で過ごす日を。

April 15, 2013

ウンジャン&N響、ムローヴァのショスタコーヴィチ&ラフマニノフ

●13日はNHKホールでピーター・ウンジャン指揮N響定期へ。ウンジャンは東京クヮルテットの第一ヴァイオリンだったあのウンジャン。N響初登場。
ショスタコーヴィチ。忘れないでくれオレを●前半はムローヴァの独奏でショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番。この曲、最近演奏頻度がすごく高くなってないすか。オケ連の「日本オーケストラ連盟ニュース」に掲載されていた2011年の日本のプロオケ定期で演奏された曲ランキングを見ると、第1位がシベリウスの交響曲第2番で、第2位がこのショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番だって言うんすよ(同点でR・シュトラウス「ばらの騎士」組曲)。これ以外にも昨年のLFJでも演奏されていたし、もうすっかり人気曲。わかるような、わからないような……。ムローヴァ入神の独奏。この曲、第3楽章からカデンツァを経て第4楽章に入る部分とか、ホントにすばらしいんだけど、しかし催鬱作用(←そんな言葉あったっけ?)も半端ない。ああ、ショスタコって。
●後半はラフマニノフの交響曲第2番。前半は独奏者とのバランスを保っていたオケのエネルギーが全開され、メリハリのきいた雄弁なラフマニノフ。情感豊か、でも引きしまっている。弦楽セクションの響きが美しい。ウンジャン、恐るべし。元東京クヮルテットの、なんていう肩書は忘れたほうがよさそう。後ろから見た指揮姿がアシュケナージを思わせるんだけど、タイプはまったく違う。これは会心の一撃なんじゃないかな、と思ったけど客席の反応は割れたかも。

April 12, 2013

『小澤征爾さんと、音楽について話をする』で聴いたクラシック

『小澤征爾さんと、音楽について話をする』で聴いたクラシック●「『小澤征爾さんと、音楽について話をする』で聴いたクラシック」という長い名前のCDがユニバーサルクラシックよりリリースされる。以前当欄でもご紹介した村上春樹と小澤征爾の対談集「小澤征爾さんと、音楽について話をする」は、二人がとてもオープンに話していて抜群におもしろかったのだが、そこで二人が語り合っている音源がCDにまとめられた。これ、本が出たときにいっしょにリリースされたらむちゃくちゃおもしろかったんじゃないかと思うけど、でも今からでも遅くはない。ちょうど村上春樹の長い名前の新作「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」が発売されたタイミングでのリリース。
●ライナーノーツを村上春樹本人が書いている。スゴい。よく原稿書いてもらえたなあ。きっとおもしろいにちがいない。目を引くのはCD1枚目の1曲目。グールドとバーンスタインが共演したブラームスのピアノ協奏曲第1番が入っている。有名なバーンスタインのスピーチが入っている録音だが、これはもともとソニークラシカルからリリースされていた1962年のライブ音源。なるほど……。時代は変わるのだなあ。

April 11, 2013

ブリュッヘン&18世紀オーケストラ、二日目&三日目

ブリュッヘン●記憶が薄れないうちに先週の落穂拾い。ブリュッヘンと18世紀オーケストラ(すみだトリフォニーホール)、初日のベートーヴェンに続いて、二日目(5日)はユリアンナ・アヴデーエワを招いてショパンの両ピアノ協奏曲。冒頭にモーツァルトの交響曲第40番が置かれたので長いコンサートになった。このモーツァルトは前夜のベートーヴェンの雰囲気を引き継いでいて、かつてのブリュッヘンを思わせる熱気のこもった音楽。少し前夜よりリラックスしたムードも。ショパンのピアノ協奏曲ではアヴデーエワが1837年製エラールを使用。ピアニストが指揮者と正対する位置に楽器が配置されていた。音色の多彩さに眩暈。モダン・ピアノとはまったく別の楽器と改めて実感する。前半は協奏曲第1番まで、後半第2番が開始される時点ですでに8時50分くらい。長い公演だけど退屈にはほど遠い。
●三日目(6日)はシューベルト「未完成」とメンデルスゾーン「スコットランド」(当初1842年ロンドン稿が予定されたが現行版に変更)。この日の夜から東京は爆弾低気圧のため荒天になるとの予報。昨年も同時期に爆弾低気圧がやってきて、その時は横殴りの雨と風の激しさにまともに歩けず、演奏会を断念した(公演は中止されたのであきらめて正解だったのだが)。天気予報によればおそらく嵐のピークの前には帰宅できるかなという感触だったが、天候はどうなるかわからないもの。昨年の辛さを思い出し、上下のカッパを持参し、デイパックに軽登山靴の服装で会場に向かう。
●が、嵐はコンサートのなかで起きていた。「未完成」では異様に遅いテンポによる暗黒のロマンティシズム炸裂。「スコットランド」は第1楽章で嵐が吹き荒れる。「未完成」とうってかわって軽快で、開放感あり。短いプログラムだが、充足度は高い。大ブラボー大会の後、アンコールはバッハのカンタータ第107番「汝何を悲しまんとするや」コラール、ヨーゼフ・シュトラウスのポルカ・マズルカ「とんぼ」。「とんぼ」は意表をつかれたが、これが絶品。物悲しい気分に浸りつつも、一般参賀へ、そして最後はオーケストラのメンバーもそろって大一般参賀に。帰り道は無問題、風雨のピークは深夜になった模様。
●これで18世紀オーケストラとの公演はおしまい。ブリュッヘンはあと一公演、新日本フィルとの共演が残っている。

April 10, 2013

「東京・春・音楽祭」ミュージアム・コンサート「東博でバッハ」vol.15 寺神戸亮

●上野を舞台に現在開催中の「東京・春・音楽祭」。先日のワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」演奏会形式はネット上でも評判を呼んでいたが、この音楽祭ってこういう大型企画以外に多数の公演が上野のあちこちで開かれていて、「祭」らしさを感じるのはむしろそっちのほうじゃないかって気がする。
●で、9日はミュージアム・コンサート「東博でバッハ」。「東京・春・音楽祭」は国立西洋美術館とか東京都美術館講堂等々でミュージアム・コンサートを開いているんだけど、この「東博でバッハ」シリーズに足を運んだのは初めて。東京国立博物館の本館のほうじゃなくて、左手にある法隆寺宝物館のエントランスホールで開催される。夜だったので正門は閉まってたけど、左手の門から入れるようになっていた。
●この法隆寺宝物館のエントランスホール、がらんとした直方体の空間なんだけど、これを縦長に使うとなんと、即席シューボックス型コンサートホールのできあがり!? しかも残響が響く響く。なるほど、ここでコンサートを開くってのはいいアイディア。この日は寺神戸亮さんの無伴奏でバッハ・プロ(+テレマン1曲)。バロック・ヴァイオリン一本には程よい空間で、ぜいたくな気分でバッハを聴くことができた。特に後半の無伴奏パルティータ第2番を満喫。のびやかで明るく白熱するバッハ。
●もう終盤に差しかかってるけど、「東京・春・音楽祭」のスケジュールはこちら。本当をいえば、ミュージアム・コンサートはコンサートだけじゃなくてミュージアムも楽しみたいんすよね。ゆっくりとミュージアムで過ごした後にコンサートとか、そういうゆとりがあれば最高。この日、終演後に出口で東博の招待券(平常陳列のみ)が配られていて、またここに来ようという気分にさせてくれる。時間さえあれば、上野はいつ来てもなにがしか見るべきものはあるわけだから。

April 8, 2013

MUZAリニューアル・オープン・コンサート~スダーン&東響

●この週末は大雨は降るわ風は吹くわマリノスは連勝街道を驀進するわブリュッヘンだ東京・春・音楽祭だと諸々イベント集中しすぎだったのだが、やはりニュースとしてはミューザ川崎のリニューアル・オープン・コンサート(7日)。震災による天井仕上げ材等の落下で2年間の休館。当初、復旧までよもや2年もかかるとは思わなかった。その間、東響も「フェスタサマーミューザ」もホームグラウンドを失った形になったわけだけど、別会場での代替開催など、ホールはなくてもいろんな形で公演の継続性が大切にされたことはすごく意味のあることだったと思う。ホールという物理的実体以外に、ミューザ川崎には主催公演というソフトウェアがあったわけだから。
MUZAリニューアル・オープン・コンサート●で、MUZAリニューアル・オープン・コンサート。ユベール・スダーン指揮東響でブルックナーの交響曲第9番+テ・デウム(東響コーラス)。最初にオケのメンバーが入場したときに、もちろん拍手が沸き起こった。客席もみんなやっと再開できたかという感慨に浸ったはず。続いて入魂のブルックナー。テンション高め。壮麗なテ・デウムでリニューアルを祝った。
●とはいえ、この2曲、つなげるのはなかなか難しい。9番のアダージョが終わると、実際には未完で続きがあるはずにもかかわらず、半端なく「セレモニーが終わった」感がある。このまま終わってもいいんじゃないかと思わなくもない。で、ここで曲が終わってすぐに拍手が少し出てしまい、そこから合唱、独唱者の入場でまた拍手があって、テ・デウム開始と少々落ち着かない流れに。9番で「終わり」、テ・デウムで「再開」と区切ったと思えば、今回の趣旨にはこれでいいのかもしれないが。いや違うかな。どうやってもこの2曲はもともとつながらないものなのかも。ああ、ブルックナーが余計なこと?を言ったばかりに。
●新生ミューザの響きは、震災以前とまったく変わらず素直で美しいものだった、というかこれだけのブランクがあって、記憶のなかの音像と比較対照できそうには思えない。ただ美しい響きを持つホールが戻ってきたことに感謝するのみ。

April 5, 2013

ブリュッヘン・プロジェクト「18世紀オーケストラ&新日本フィル」スタート

ブリュッヘン・プロジェクト「18世紀オーケストラ&新日本フィル」●このコンビ最後の来日というブリュッヘン&18世紀オーケストラ(すみだトリフォニーホール)。昨夜のベートーヴェン第2番&第3番「英雄」でスタートし、今日、明日と公演が続く。15日には新日本フィルとのシューベルトも一公演あり。今晩はアヴデーエワとのショパンのピアノ協奏曲。若干当日券が出る模様。
●で、ブリュッヘン翁。昨晩は車いすに乗って舞台にあらわれた。前回まではゆっくりとながら歩いて登場していたのだが、ついに……。しかし指揮台にのぼればそんなことはまったく忘れさせてしまう圧巻のベートーヴェン。Glossaレーベルからリリースされた新しいベートーヴェン交響曲全集の録音から、峻厳で荒々しいベートーヴェンを予感していたんだけど、むしろ90年代を思い出させるような熱く、雄弁な演奏だった。肉体的な老いは不可避であっても、その精神は自由に躍動できるのだと示してくれているかのよう。そしてオケの響きがやっぱりすばらしい。
●アンコールにシューベルト「ロザムンデ」間奏曲。鳥肌が立つしなやかさ。盛んなブラボーの声とスタンディング・オベーションで拍手やまず。オケのメンバーが去って通常なら一般参賀となるところだったが、代わってコンサートマスターが一人舞台にあらわれて一礼。老匠の過度な肉体的負担を避けるために、これはよい方式かと。

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