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    <title>CLASSICA - What&apos;s New!</title>
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    <subtitle>日替雑記（ブログ版）。 </subtitle>
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    <title>ファビオ・ルイージ指揮N響のフランツ・シュミット「7つの封印の書」</title>
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    <published>2026-09-14T00:38:38Z</published>
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    <summary> ●12日はNHKホールでファビオ・ルイージ指揮N響。ルイージ念願のフランツ・シ...</summary>
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/nhkso2026luisi.jpg"><img alt="ファビオ・ルイージ N響 「7つの封印の書」" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/nhkso2026luisi.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●12日はNHKホールでファビオ・ルイージ指揮N響。ルイージ念願のフランツ・シュミット作曲のオラトリオ「7つの封印の書」が演奏された。第2000回定期のときに投票で選ばれなかったのがこの曲（選ばれたのはマーラー「千人の交響曲」）。あのときはどう見ても「7つの封印の書」を選んでほしそうなラインナップだったけど、なにしろなじみが薄い。結果的にN響創立100年シーズンの開幕に演奏されて、首席指揮者ルイージ時代のハイライトというべき公演になったと思う。合唱は新国立劇場合唱団（合唱指揮冨平恭平）。ヨハネにテノールのミヒャエル・ラウレンツ、オルガン席で上方から歌った神の声にバスのダーヴィト・シュテフェンス、ソプラノに迫田美帆、メゾ・ソプラノに藤井麻美、テノールに伊藤達人、バスに加藤宏隆、オルガンに新山恵理。<br />
●ライブで聴いたのは初めてなので、ほかとの比較はできないのだが、ルイージならではの壮麗さと澄明さを兼ね備えた「7つの封印の書」を聴くことができた。精緻。この曲、冒頭動機やおしまいの「ハレルヤ」など明快簡潔で力強い部分と、対位法を駆使した複雑で重層的な部分との対比が強烈で、曲想もオペラ風から聖歌までと振幅が大きい。ルイージはこれを型破りなキメラ的大作とするのではなく、古典性を獲得した真摯な宗教音楽として提示していたと思う。弛緩することなくまっすぐなドラマとして黙示録の物語を描く。休憩なし。<br />
●フランツ・シュミットは敬虔に「ヨハネの黙示録」に向き合って曲を書いているので、この作品の難しさは黙示録そのものの受け入れづらさを反映していると思う。外見上の共通性があっても（ヨハネ／福音史家、神の声／イエス）、「マタイ受難曲」とは比較にならない手強さ。予備知識なしに聴くと、なぜ殺戮や飢饉や大地震のような災厄が訪れたのに輝かしいハッピーエンドの音楽で終わるのか、わからないかもしれない。大前提として、これらの災厄は神の意志で行われている。人々が待望する神の裁きが下されているのだ。つい現代人はこれを戦争や飢饉に対する警鐘のように受け止めたくなるが、そうではない。神の意思に従って、大勢の人々が死ぬ。そこには「敬虔な信徒なら生き残れる」みたいな選別はなく、みんなが死ぬ。というのも、ここでは現世的な幸福などに焦点は当たっておらず、問題は死後にある。千年王国を経て、新しい世界が作られる。ここで人々は復活を果たすのだが、だれもが永遠の生を手にするわけではない。そのあたりはちゃんと歌詞に歌われているわけだけど、「命の書」に名前を書かれている神に忠実な人だけが永遠の生を手にするのだ。じゃあ、名前が書かれていない人はどうなるかというと、火の池に放り込まれる。肝心の選別は死後なのだ（異教徒はどうなるんでしょうね……）。ちなみにここでの復活とは、「スター・ウォーズ」のジェダイみたいに霊的存在として天のどこかで生き続けるようなイメージではなく、イエスのような肉体を伴った復活だという理解。<br />
●黙示録的な世界観は実はワタシたちにはポップカルチャーを通しておなじみのもので、アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」やRPGゲーム「真・女神転生」シリーズ等でくりかえし登場している。でも、少なくとも日本で描かれる場合は、「世界の終わりと再創造」のゴールが本来の黙示録と違うところに設定されることがほとんど（あるいはすべて）では。「エヴァンゲリオン」の「人類補完計画」みたいなビジョンが掲げられたとき、「そんな完全かもしれない世界よりも、不完全であっても今わたしたちが有する人間性を失わないほうがいい」というのが主人公のスタンスになりがち。いちばんわかりやすいのが「真・女神転生」で、プレーヤーはゲームを通じて選択を重ねることで、神の秩序にもとづく新世界へと至るLawルート、悪魔による無秩序な混沌が支配するChaosルート、そのどちらでもない人間が今のままの人間として世界に向き合うNeutralルートのいずれかのエンディングにたどり着く。ヨハネの黙示録＝フランツ・シュミットの「7つの封印の書」でたどり着くのは、当然ながらLawルート。教徒にとって、神の意志に反するゴールなどありえないだろう。でも、このゲームでもうっすらとした正解ルートのように見えるのは、人間中心主義（ヒューマニズム）のNeutralルート。ワタシたちは黙示録的世界が出てきたら神の意志に従わないのが正解ルートという物語をくりかえし摂取してきたので、本物の黙示録に対して「えっ、そっちがゴールでいいわけ？」的な困惑を抱いてしまうところに、「7つの封印の書」の本質的な難しさがあると思う。なぜそこで「ハレルヤ」なのかを体感的に理解できないというか。信仰とヒューマニズムの間の緊張関係があらわになる部分だ。<br />
●「ヨハネの黙示録」の受け止め方は教派によってずいぶんと違うようだが、この著者ヨハネとはだれかという問題もある。<a target="_blank" rel="noopener" href="https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/photo/stories/22/012000005/#:~:text=%E3%80%8C%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D%E3%81%AE%E9%BB%99%E7%A4%BA%E9%8C%B2%E3%80%8D%E3%81%AF%E3%80%81%E6%9B%B8%E4%B8%AD%E3%81%A7%E8%87%AA%E3%82%89%E3%82%92%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D%E3%81%A8%E5%90%8D%E4%B9%97%E3%82%8B%E4%BA%BA%E7%89%A9%E3%81%AB%E3%82%88%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%80%81%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%88%E3%83%A2%E3%82%B9%E5%B3%B6%E3%81%A7%E6%9B%B8%E3%81%8B%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%80%82%E3%81%93%E3%81%AE%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E9%95%B7%E3%81%84%E9%96%93%E3%80%81%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%84%9B%E5%BC%9F%E5%AD%90%E3%81%A7%E3%80%8C%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E7%A6%8F%E9%9F%B3%E6%9B%B8%E3%80%8D%E3%82%92%E6%9B%B8%E3%81%84%E3%81%9F%E4%BD%BF%E5%BE%92%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%A8%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%81%8C%E3%80%81%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E3%81%AE%E5%AD%A6%E8%80%85%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AF%E3%80%81%E3%81%8A%E3%81%9D%E3%82%89%E3%81%8F%E3%80%81%E5%88%A5%E4%BA%BA%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E3%82%A8%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%BD%E3%81%AE%E8%AA%AC%E6%95%99%E8%80%85%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D%E3%81%8C%E3%80%81%E7%B4%80%E5%85%8390%E5%B9%B4%E9%A0%83%E3%81%AB%E6%9B%B8%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%A0%E3%82%8D%E3%81%86%E3%81%A8%E8%A8%80%E3%81%86%E3%80%82">伝統的には使徒ヨハネと同一人物とされてきたが、現代の学説では別人とされている</a>のだとか。えっ、別のヨハネなの？と、びっくり。成立も紀元90年頃で意外と遅い。<br />
●客席にロレンツォ・ヴィオッティの姿。ヴィオッティ指揮東響もまもなく「7つの封印の書」をとりあげる。恐るべき偶然。<br />
</p>]]>
        
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    <title>ヴァレーズの「密度21.5」</title>
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    <published>2026-09-11T01:31:10Z</published>
    <updated>2026-09-11T05:31:02Z</updated>

    <summary> ●エドガー・ヴァレーズの作品でいちばんよく演奏されているのは、無伴奏フルートの...</summary>
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/pt_flute.jpg"><img alt="プラチナとフルート" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/pt_flute.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●エドガー・ヴァレーズの作品でいちばんよく演奏されているのは、無伴奏フルートのために書かれた「密度21.5」だろう（「比重21.5」とも訳される）。初演は1936年。この曲のタイトルがプラチナの密度を指していることはよく知られていると思う。プラチナの密度は21.45 g/cm³。3桁に丸めて21.5となっている。鉄の密度が7.87 g/cm³だから、大変な重さだ。初演者はフランス出身でアメリカで活動したジョルジュ・バレール。バレールはプラチナのフルートを用いていた。当初、ヴァレーズは題を付けていなかったが、楽譜を手渡した際にバレールから曲名を求められて、プラチナのフルートのお披露目として書かれたことから、プラチナの密度を曲名にすることを思いついたというエピソードが残っている（沼野雄司さんの「<a target="_blank" href="https://www.amazon.co.jp/dp/4393932145?tag=classica-22&amp;linkCode=ogi&amp;th=1&amp;psc=1">エドガー・ヴァレーズ　孤独な射手の肖像</a>」を読むと、実際のところはもっと前から密度を曲名にするアイディアがあった可能性が高そうだが）。<br />
●で、どうしてプラチナに焦点が当たっているかというと、バレールがとんでもない高額の楽器を購入して、その価格が話題になっていたから。金額は1936年時点での3000ドル（こういう比較は難しいけど、現代価値に換算すると1千万円以上か）、しかもバレールはその10年前にも1000ドルの金のフルートを使って話題を呼んだそうなので、「あのバレールがこんどはプラチナかよ！」という驚きがあったわけだ。<a target="_blank" rel="noopener" href="https://time.com/archive/6892077/music-3000-flute/">1935年12月22日のTIMEの記事</a>がネット上に載っていて（すごいね）、この記事によると「アメリカの3万人のプロのフルート奏者のうち、5人を除いて全員が銀かもっと安い金額の楽器を使っている。だが、バレールは10年前に1000ドルの金のフルートを演奏しはじめて、こんどは3000ドルのプラチナのフルートを披露した」。この記事は金属の密度について、銀が10.5、十四金が13.2、純金が19.3、純プラチナが21.5であることも紹介している。さらに、バレールの新しいフルートが、正確にはプラチナ90％、イリジウム10％でできており、密度は21.6になると記している（イリジウムはプラチナよりさらに重い）。ちなみにこの記事はヴァレーズが曲を書く前のもの。ヴァレーズはこの記事を読んだのかもしれない（記事同様に3桁に丸めているし、草稿段階でDensity 21.6という鉛筆書きを残しているそうなので。自分で計算して21.6の数字は出さないだろう）。<br />
●バレールのコメントも紹介されている。「この楽器を使うのは、預金残高を誇示したいわけでも、大恐慌が終わったと言いたいためでもないんだ」。楽器の値段ばかりが話題になって不本意だと言いたげな口ぶりである。加えて、超高額な楽器が取りざたされる背景には、これが大恐慌の後だったという文脈があることがうかがえる。<br />
●ただ、前述の沼野本で知ったけど、1936年の初演時の「密度21.5」は2分ほどの作品で、出版も録音もされず残っていないそうで、われわれは倍ほどの長さになった1946年の改訂稿しか知らないことになる。バレールはひんぱんにこの曲を演奏していたというから、どこかに初稿の放送音源が残っていないのだろうか。<br />
<iframe data-testid="embed-iframe" style="border-radius:12px" src="https://open.spotify.com/embed/track/7lAxrYfIgDvX33UjwQDPUC?utm_source=generator&si=014e963105bf47de" width="100%" height="152" frameBorder="0" allowfullscreen="" allow="autoplay; clipboard-write; encrypted-media; fullscreen; picture-in-picture" loading="lazy"></iframe><br />
</p>]]>
        
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    <title>オルタナティブ夏休み、千葉</title>
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    <published>2026-09-10T00:27:27Z</published>
    <updated>2026-09-10T00:25:54Z</updated>

    <summary> ●実は先週末から3日間、夏休みをとって、今年も諏訪湖と霧ヶ峰を訪れる予定だった...</summary>
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/chiba2026museum.jpg"><img alt="chiba2026museum.jpg" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/chiba2026museum.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●実は先週末から3日間、夏休みをとって、今年も諏訪湖と霧ヶ峰を訪れる予定だった。が、天気予報では3日間ともかなりの雨。おまけに都内の気温がぐっと下がり涼しい場所に行く理由を失ってしまったので、あきらめて宿も電車もキャンセルした。楽しみにしていたのが、こんな天候では仕方がない。それで、せめて近場で行ったことのない場所に行こうと考えて、日帰りで千葉へ。蘇我のスタジアムにはなんども行っているが、千葉県立美術館と千葉市美術館はまだだったので、はしごすることに。<br />
●で、千葉県立美術館で見たのは「<a target="_blank" rel="noopener" href="https://www.chiba-muse.or.jp/ART/exhibition/events/event-11033/">ひらく、めくる、めぐる―印刷博物館の美しい印刷</a>」（すでに会期は終了）。貴重な書物がたくさん展示してあって、見ごたえがあった。もっとも、これはTOPPANの印刷博物館の協力によるもの。TOPPANホールと同じ建物のあそこだ。わざわざ千葉で見なくても、と思わなくもないが、こういう機会でもなければ見ないとも言える。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/chiba2026museum2.jpg"><img alt="chiba2026museum2.jpg" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/chiba2026museum2.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●たとえば、これは1511年のデューラーの画による「黙示録」（ラテン語）。もうすぐN響と東響がフランツ・シュミットの「7つの封印の書」を演奏するが、そのテキストにもなった「ヨハネの黙示録」だ。500年前の書物がそこにあるという事実だけでも感激するわけだけど、こういったラテン語の書物にスマホを向けてGoogleレンズを使うと、その場で日本語で読めてしまう。あれもこれもと読ませてみて、すごい時代になったなと思う。<br />
●撮影可が前提だが、美術館・博物館はAIと相性がよい。添えられたキャプションからさらに踏み込んだ知識を容易に得ることができる。たとえば、この「黙示録」がどういう場面を描いたものなのか、AIに要約してもらえる。これが「ヨハネの黙示録」第12章の「太陽をまとった女」と「大きな赤い竜」の場面であり、「天に大きなしるしが現れた／太陽をまとい、月を足の下に置き、頭に十二の星の冠をかぶった女がいた／また、七つの頭と十本の角をもつ大きな赤い竜が現れた／女は男の子を産み、その子は神のもとへ引き上げられた」といった聖句が記されていることがわかる。翻訳だけではなく、作品の魅力や解釈について話し相手になってもらい、そこから新たな気づきを得ることもしばしば。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/chiba2026porttower.jpg"><img alt="chiba2026porttower.jpg" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/chiba2026porttower.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●せっかく千葉みなとまで来たので、<a target="_blank" rel="noopener" href="https://chiba-porttower.com/index.php">千葉ポートタワー</a>にも行ってみた。高いところが苦手なのに最上階の展望フロアへ。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/chiba2026porttower2.jpg"><img alt="chiba2026porttower2.jpg" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/chiba2026porttower2.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●いろんな工場を見ることができる。サイロやコンテナ船、製鉄所、発電所など、ここは産業景観が見ものなのだと知る。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/chibacity2026museum.jpg"><img alt="chibacity2026museum.jpg" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/chibacity2026museum.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●千葉みなとエリアで食事をとり、30分ほどの移動時間で<a target="_blank" rel="noopener" href="https://www.ccma-net.jp/">千葉市美術館</a>へ。こちらは企画展がお休み中で常設展のみだったが、十分に楽しめる。現代美術コーナーの本城直季作品がとくによかった。本物なのにジオラマみたいに見える写真。これは「small planet 千葉市中央区」(2021)。<br />
●3日間の休みだったので、あとは映画「Michael マイケル」、映画「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を観たのだった。コロナ禍のマイクロツーリズムを思い出す小規模な夏休み。<br />
</p>]]>
        
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    <title>「音楽こそわが天命 ヘルベルト・ブロムシュテット自伝」[増補新版]</title>
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    <published>2026-09-08T23:56:08Z</published>
    <updated>2026-09-08T23:59:13Z</updated>

    <summary>●ちょうど高松宮殿下記念世界文化賞の音楽部門受賞者にヘルベルト・ブロムシュテット...</summary>
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        <![CDATA[<p><a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4865593357/ref=nosim?tag=classica-22" target="_blank" rel="noopener"><img class="imagel" width="108" height="160" border="0" src="https://m.media-amazon.com/images/I/81RwcTyt4hL._SL160_.jpg" ></a>●ちょうど高松宮殿下記念世界文化賞の音楽部門受賞者にヘルベルト・ブロムシュテットが選ばれたというニュースがあったが、「<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4865593357/ref=nosim?tag=classica-22" target="_blank" rel="noopener">音楽こそわが天命 ヘルベルト・ブロムシュテット自伝</a>」（アルテスパブリッシング）の増補新版が刊行されている。聞き手はユリア・スピノーラ。これは2018年に刊行された本に、新たに2025年春に行ったインタビューを第9章「究極の決定はほかでくだされる」として追加したもの。<br />
●増補新版で追加された第9章は20ページほど。かつてスウェーデンではブルックナーがなかなか受け入れてもらえなかったことや（スウェーデン放送交響楽団にデビューした際、なにを提案してもいいがブルックナーだけはダメだと言われたエピソードなど）、特別な思い入れを持つベルワルドの交響曲第3番をウィーン・フィルとベルリン・フィルで指揮した際の比較がおもしろかった。<br />
●初出時の当欄での紹介は<a href="https://www.classicajapan.com/wn/2020/04/231043.html">こちら</a>。過去の失敗なども率直に語っており、必読の一冊だと思う。<br />
</p>]]>
        
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    <title>映画「プロジェクト・ヘイル・メアリー」</title>
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    <published>2026-09-08T01:03:10Z</published>
    <updated>2026-09-08T12:06:31Z</updated>

    <summary>●昨日に続いて映画の話題をもうひとつ。「プロジェクト・ヘイル・メアリー」（フィル...</summary>
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        <![CDATA[<p><a href="https://www.amazon.co.jp/dp/B0GHXW3V7G/ref=nosim?tag=classica-22" target="_blank" rel="noopener"><img class="imagel" width="120" height="160" border="0" src="https://m.media-amazon.com/images/I/81xyOZS2vBL._AC_UL160_.jpg" ></a>●昨日に続いて映画の話題をもうひとつ。「<a target="_blank" rel="noopener" href="https://eiga.com/movie/104209/">プロジェクト・ヘイル・メアリー</a>」（フィル・ロード＆クリストファー・ミラー監督）をようやく見た。なにしろ<a target="_blank" rel="noopener" href="https://www.classicajapan.com/wn/2025/07/251001.html">アンディ・ウィアーの原作小説があまりに傑作で</a>、あの盛りだくさんの内容をどうやって2時間半強の映画に収めるのかと思っていたが、手際よく完成度の高い映画に仕立てられていて感心。主人公が宇宙船のなかで目を覚ますところから始まるのは原作と同じ。長期の昏睡状態から目覚めて、自分がなぜ地球からはるか離れた場所を飛んでいるのかも思い出せないが、次第に記憶がよみがえってくる。全人類の危機に対処するために片道旅行の恒星間宇宙船へと旅立ったのだった……。<br />
●で、これが小説の場合はなにも知らずに読んでいて、あるところでまさかの出来事があって心底びっくりしたのだが、映画の場合はそうもいかないわけで、あらゆる紹介記事でその先の展開が書かれている。ていうか、予告編で盛大にネタバレしてるし。でも知らないで見たほうが感激すると思うんすよねー。<br />
●原作に比べると、「サイエンス」がだいぶ軽くなって、「ドラマ」がしっかり残ったという印象。これはやむを得ないところで、映画内では主人公の思考経路を延々と独白させるわけにはいかない。映画は観てわかるものしか表現できない。一方、小説ではイメージがぼんやりしていたあれこれの造形をはっきりと伝えられるのは映画の強み。宇宙船とか、あれやこれやを目にできて感激。宇宙船が回転して人口重力を作る様子とかも、やっぱり目で見ると熱い（と、肝心なことはぼかす、無駄な抵抗と知りながら）。</p>]]>
        
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    <title>映画「Michael マイケル」</title>
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    <published>2026-09-07T00:38:38Z</published>
    <updated>2026-09-07T00:37:50Z</updated>

    <summary> ●遅ればせながら、映画館で「Michael マイケル」（アントワン・フークア監...</summary>
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        <![CDATA[<div class="youtube">
<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/J6z2Vi4Yx94?si=tpMOkZWHC2CHz2Jp" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe>
</div>

<p>●遅ればせながら、映画館で「<a target="_blank" rel="noopener" href="https://eiga.com/movie/102093/">Michael マイケル</a>」（アントワン・フークア監督）。ほぼ予備知識なしに見たけど、目と耳がスクリーンにくぎづけ。同時代のスーパースターとはいえ、マイケル・ジャクソンの音楽に興味を持ったことのない自分が、これほど感激できるとは。<br />
●てっきりマイケル・ジャクソンの光と影、栄光と転落を描いたものかと思いきや、そうではなく、少年時代からスーパースターへとのぼりつめる「前半部分」でできている。だから映画のなかではハッピーエンドで終わるんだけど、これは納得で、映画の真の主役は音楽とダンス。次から次へと登場するマイケルの名作（さすがに懐かしい）。どれも色褪せていない。少年時代から並外れた歌唱を聴かせ、ダンスはキレッキレ。すげえな……と思ったところでハッと気がつく。これ、ドキュメンタリーじゃなくて映画だった。じゃあ、歌ってるのはだれ？ 踊ってるのはだれ？ 役者が演じているとはとても思えない。マイケルそのものじゃん！<br />
●観終わってから知ったんだけど、マイケル役はジャファー・ジャクソン。マイケルの甥（ジャーメイン・ジャクソンの息子）で、ミュージシャンでありダンサー。完全にマイケルが憑依している。これはジャファーが歌ってるの？ それともマイケルの歌をテクノロジーの力を借りて被せているの？ 途中で顔が変わるのはどうやってるの。子役がちゃんと成長しているのはなぜ。スタジアムでのライブ・シーンが本物に見えるんだけど、どこまでCGなの？ すべてがあまりに本物らしくて、狐につままれた気分。<br />
</p>]]>
        
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    <title>アクセスログとAIの足跡</title>
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    <published>2026-09-04T00:50:50Z</published>
    <updated>2026-09-04T00:53:13Z</updated>

    <summary> ●ふだん、このサイトのアクセスログを見ることはないが、思うところがあって久々に...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://www.classicajapan.com/wn/">
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/accesslog.jpg"><img alt="アクセスログをイメージしたイラスト" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/accesslog.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●ふだん、このサイトのアクセスログを見ることはないが、思うところがあって久々に生ログを眺めてみた。現状、このサイト全体で一日あたり平均1万1千から1万2千ページのアクセスがある。昨年の11月に遅まきながらサイトをセキュア化したら（httpからhttpsにした。遅すぎ）、アクセス数が即座に回復し、今も増加傾向にある。それまではhttpであるがゆえに年々Googleからのランク付けが下がっていたようなのだが、httpsにしたら戻ったらしい。<br />
●もっとも、一日に1万2千ページ読まれているといっても、本日の新しい記事をその日のうちに読んでくれる人は推定10分の1程度で、大半のアクセスは過去記事に対してのもの。毎月、Googleからアクセス上位ページのランキングが送られてくるが、決まって上位に入る記事がいくつかあって、そのなかには大昔の記事も含まれる。そういった上位記事は累計するとけっこうなアクセス数になるだろう。XなどSNS上の人気投稿は数時間から一日くらいで爆発的に広まって数日で落ち着くのに対して、ブログの記事は何か月とか何年とか経ったときに「あ、これ、実はバズってた」「こっちはだれも読んでなかった」とわかる長距離砲みたいな感じだ。アーカイブめがけて遠投している気分で、どこまで飛んだかは時間が経たないとわからない。<br />
●で、どうしてアクセスログを見たかといえば、理由はAIだ。あるとき、Geminiに質問をしたら、回答の典拠として自分のブログが出てきた。少し間抜けな状況だが、AIが読みに来てくれているのは歓迎すべきこと。じゃあ、その足跡がアクセスログに残ってるんじゃないの？と思い、確かめてみたのだ。<br />
●たった一日のログを見ただけなんだけど、AIはいっぱい来てた。たとえば、ChatGPTからやってくるクローラーには3種類あって、それぞれ異なるUser-Agent名を残していく。各々の名前と役割はこうなっている（ChatGPT本人談）。</p>

<p><strong>GPTBot</strong>：AIモデルの学習・改善に利用する可能性のあるコンテンツ収集<br />
<strong>OAI-SearchBot ChatGPT</strong>：Search用の検索インデックス作成<br />
<strong>ChatGPT-User</strong>：ユーザーの質問・操作に応じて、その場でページを取得</p>

<p>この3種類とも1日分のログファイルに含まれていた。AIの学習用にはGPTBot、ユーザーからの質問に答えるためにその都度検索してくるのはChatGPT-User、みたいに役割分担がでてきているのがおもしろい。これがClaudeの場合だと、以下のようになる。</p>

<p><strong>ClaudeBot</strong>：モデル開発・学習に利用されうるWebコンテンツの収集<br />
<strong>Claude-User Claude</strong>：ユーザーの質問に応じて、その場でWebページを取得</p>

<p>こちらもしっかり来ていた。AIたちがウチのどの記事を学習したか／検索したかを知ることができるのは興味深いが、公開記事なんだから来てくれて当たり前ではある。検索エンジンと同じだ。<br />
●ただ、困った面もある。ユーザーは検索エンジンで見つけた情報については、参照元のサイトを見に来てくれるが、AIで知った事柄については参照元にほぼ来ない。AIとユーザー間の会話だけで完結する。AIが強力になればなるほど、ユーザーが参照元にアクセスする機会は減るだろう。コンテンツ発信者側からすると、発信する意義が感じられなくなったり、ビジネスとして成立しなくなったりする。だが、AIの集合知とはもともと人間の発信者から学習してできあがっているわけで、その学習元がやせ細っていくという状況はAIが自分で自分の首を絞めているようにも思える。今後、発信者側はどうするのが正解か……ということを当のChatGPTと話し合ったのであった。<br />
</p>]]>
        
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    <title>鈴木愛美 小井土文哉 谷昂登 Concerto Festival</title>
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    <published>2026-09-03T00:02:02Z</published>
    <updated>2026-09-03T00:01:18Z</updated>

    <summary>●2日は東京オペラシティで「鈴木愛美 小井土文哉 谷昂登 Concerto Fe...</summary>
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        <![CDATA[<p>●2日は東京オペラシティで「鈴木愛美 小井土文哉 谷昂登 Concerto Festival」。3人の若手ピアニストが登場して、一夜で3曲の協奏曲を弾くという演奏会。前半は小井土文哉がラヴェルのピアノ協奏曲、谷昂登がシューマンのピアノ協奏曲、後半は鈴木愛美がベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を弾いて、沼尻竜典指揮東響と共演。3人ともこれまでに1～3回ほど聴いたことのある人なので、サプライズではなく、それぞれが進境を示す好演。小井土文哉のラヴェルは軽妙洒脱というよりは重くロマン的で、筆圧強め。谷昂登のシューマンは強靭なタッチで白熱、前へ前へと直線的に驀進するシューマン。<br />
●白眉は鈴木愛美のベートーヴェン。清新さと格調高さを兼ね備えた本格派のベートーヴェンで、造形としてはオーソドックス。作品の核心に迫る説得力のある表現。華よりも聡明さを感じる。これまでにくりかえし第3番を弾いていたけど、今回は第4番。着実に作品を手の内に収めているといった様子。客席は盛大な喝采。オーケストラも集中度が高く、サポート役に留まらない聴きごたえのある演奏。東響は歴代指揮者陣との蓄積があって、やはりベートーヴェンがうまい。<br />
</p>]]>
        
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    <title>「ハウスメイド」（フリーダ・マクファデン）</title>
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    <published>2026-09-02T00:25:25Z</published>
    <updated>2026-09-02T00:24:37Z</updated>

    <summary>●気軽に読めるミステリーを一冊紹介。フリーダ・マクファデン著の「ハウスメイド」（...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://www.classicajapan.com/wn/">
        <![CDATA[<p><a href="https://www.amazon.co.jp/dp/B0FM31LBJL/ref=nosim?tag=classica-22" target="_blank" rel="noopener"><img class="imagel" width="108" height="160" border="0" src="https://m.media-amazon.com/images/I/716IxDHCRVL._SL160_.jpg" ></a>●気軽に読めるミステリーを一冊紹介。フリーダ・マクファデン著の<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/B0FM31LBJL/ref=nosim?tag=classica-22" target="_blank" rel="noopener">「ハウスメイド」</a>（高橋知子訳／ハヤカワ・ミステリ文庫）。なんと、全米200万部突破の大ベストセラー。シリーズの続刊も好調らしく、あまりに評判が良いので、まずは第1冊を読んでみた。主人公は10年も刑務所に服役した女性。仕事も住む場所もなく、車のなかで寝起きする窮状にあったが、運よく豪邸に住み込みで働くハウスメイドの仕事を手に入れる。だが、この一家はなにかおかしい。旦那は最高にハンサムで優しいのだが、雇ってくれた奥さんは要求が支離滅裂で意地が悪い。娘は生意気で、異様に扱いづらい。主人公は屋根裏部屋を与えられるが、鍵は外からしか掛けられないことに気づく。<br />
●イヤ～な予感しかしないし、困った出来事が次々と起こるのだが、ミステリーとしての仕掛けはしっかりしていて、ある章を起点として、これまでとはまったく違った光景が見えてくる。意外性があると同時に古典的ともいうべきか。登場人物が少なく、ストーリーが明快で読みやすいのも吉。意外と後味もよい。なので十分におもしろいのだが、200万部も売れたのは、この本がミステリーであると同時にロマンス小説でもあるからだろう。自分はむしろそっちのほうが予期せぬ展開でびっくりした。えっ、そうなっちゃうの、えっ、なんでその人がそうなるわけ？みたいな。しかし、これの性別を逆にした展開は世の中に無数にあるはずで、その点で新たな気づきを得た一冊。<br />
<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4334110045/ref=nosim?tag=classica-22" target="_blank" rel="noopener"><img class="imager" width="111" height="160" border="0" src="https://m.media-amazon.com/images/I/71Ih5mZopKL._SL160_.jpg" ></a>●そういえば、ミステリーで思い出したけど、アガサ・クリスティーが書いたミステリーじゃない小説、「<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/4334110045/ref=nosim?tag=classica-22" target="_blank" rel="noopener">春にして君を離れ</a>」が光文社古典新訳文庫から廣野由美子訳で刊行されている。自分は旧訳でしか読んでないけど、これは打ちのめされるような傑作。クリスティーはミステリーを書かなかったとしても偉大な作家になったんじゃないだろうか。これ、ただの嫌なオバサンの話じゃなくて、ワタシやあなたについての小説だと思う。新訳で読み直してもいいかもしれない。<br />
</p>]]>
        
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    <title>メルヴィル「白鯨」 その6 海のマクベス</title>
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    <published>2026-08-31T23:56:08Z</published>
    <updated>2026-09-01T00:12:49Z</updated>

    <summary> ●（承前）メルヴィルの「白鯨」は大著だが、白鯨すなわちモービィ・ディックが本当...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="https://www.classicajapan.com/wn/">
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/mobydick1200.jpg"><img alt="白鯨の表現主義風イラスト" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/mobydick1200.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●（<a href="https://www.classicajapan.com/wn/2026/08/310850.html">承前</a>）<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/B00RF1QDM6/ref=nosim?tag=classica-22" target="_blank" rel="noopener">メルヴィルの「白鯨」</a>は大著だが、白鯨すなわちモービィ・ディックが本当に姿を現すのは最後の3章だけだ。<a href="https://www.classicajapan.com/wn/2026/08/050920.html">その1</a>で第132章「交響楽」について書いたけど、その直後の第133章「追跡──第一日」から第135章「追跡──第三日」まで。狂乱のエイハブ船長は三日間にわたって執拗に白鯨を追う。戦いの場面は壮絶だ。エイハブは叫ぶ。</p>

<blockquote>「打ち込め、打ち込め、おまえの釘をな、おお、波よ！ 釘の頭が沈みこむまで打つがよい！ だが波よ、いくら打っても、打ちつける蓋はないぞ。あいにく、わしは棺桶にも柩車にも縁はないのだ──この世でわしを殺せるのは麻縄だけだ！ はっ！ はっ！」（第135章）</blockquote>

<p><a href="https://www.amazon.co.jp/dp/B00RF1QEKM/ref=nosim?tag=classica-22" target="_blank" rel="noopener"><img class="imager" width="113" height="160" border="0" src="https://m.media-amazon.com/images/I/91VEcmIQqtL._SL160_.jpg" ></a>●この台詞は第117章「鯨番」での拝火教徒フェダラーの予言を受けている。拝火教徒はエイハブに向かって「棺桶も柩車も、あんたとは無関係だ」「麻縄以外では死なん」と予言する。エイハブは「絞首刑でしか死なん、という意味だな──そうなりゃ、わしは陸でも海でも不死身ということになる」と解して哄笑する。これは今どきの言い方でいえば「フラグが立つ」というヤツだ。エイハブは神をも恐れぬ様子でモービィ・ディックと戦うが、最期はあっけない。</p>

<blockquote>　銛が投じられ、銛を打たれた鯨は急発進し、綱は摩擦で発火せんばかりの勢いで綱受けの溝を疾走し──溝をはずれた綱はもつれた。エイハブは身をかがめてもつれをなおそうとし、事実みごとにもつれはなおしたが、桶から飛ぶように繰り出す綱がその首に巻きつき、トルコの啞者の絞首刑執行人が犠牲者の首をしめるときのように声もなくボートから姿をけしたので、乗組みはだれもエイハブがいなくなったことにしばらく気づかなかった。</blockquote>

<p>拝火教徒の予言通り、綱が首に巻きついて、エイハブは海に消える。しかも、だれにも気づかれずに。メルヴィルが書きたかったのはこれか、と思う。エイハブはずっとモービィ・ディックに意味と物語を与え続けていたが、相手は最後の最後まで超然とし、エイハブのことなど歯牙にもかけない。エイハブは己の妄執に殺されたともいえる。<br />
●この拝火教徒の予言とエイハブの解釈は、シェイクスピアの「マクベス」を強く連想させる。「女から生まれた者には倒されない」「バーナムの森が動かないかぎり敗れない」という魔女の予言に己の無敵を信じるマクベスの姿は、エイハブとぴたりと重なる。<br />
</p>]]>
        
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    <title>メルヴィル「白鯨」 その5 冷蔵庫もない時代に船でなにを食べていたか</title>
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    <published>2026-08-30T23:50:08Z</published>
    <updated>2026-09-01T00:10:17Z</updated>

    <summary> ●（承前）まだ続く、ハーマン・メルヴィルの「白鯨」の話題。この大作のなかで妙に...</summary>
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/mobydick_meal2.jpg"><img alt="19世紀捕鯨船の船員食" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/mobydick_meal2.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●（<a href="https://www.classicajapan.com/wn/2026/08/140932.html">承前</a>）まだ続く、<a href="https://www.amazon.co.jp/dp/B00RF1QDM6/ref=nosim?tag=classica-22" target="_blank" rel="noopener">ハーマン・メルヴィルの「白鯨」</a>の話題。この大作のなかで妙に印象に残るのが、捕鯨船内での食事のシーン。第34章「船長室の食卓」では、船内のヒエラルキーが食事を通して描かれる。正午になると船長室にエイハブ船長、一等航海士スターバック、二等航海士スタッブ、三等航海士フラスクが集まって食事をとる。厳粛な雰囲気で、船長が肉を切り、航海士たちが黙って皿を差し出して受け取る。</p>

<blockquote>それからうやうやしく肉にナイフをいれ、ナイフが皿にこすれて音をたてたりしようものなら、一瞬びくりとする。肉をかむときにも音をたてないように注意し、のみこむときにもそれなりの用心をする。船長室で行われる食事は、ドイツ皇帝が七人の選挙侯と粛々と食事をするのがならいのフランクフルトで行われる戴冠式の晩餐会にいくらか似て、絶対的な沈黙のうちに行われる。</blockquote>

<p><a href="https://www.amazon.co.jp/dp/B00RF1QDM6/ref=nosim?tag=classica-22" target="_blank" rel="noopener"><img class="imager" width="114" height="160" border="0" src="https://m.media-amazon.com/images/I/91aE5UxUmwL._SL160_.jpg" ></a>●このなかでいちばん下っ端のフラスクは、塩漬け牛の脛肉や鶏の足先をあてがわれるが、バターには手を出さない。バターは貴重品なのだ。とはいえ、これは船でいちばん偉い人たちの最高ランクの食事。彼らに続いて、二番手グループがやってくる。3人の銛打ちだ。彼らは自由奔放に大騒ぎをしながら食べ、旺盛な食欲を満たす。給仕は大忙しだ。<br />
●たぶん、船長室で給仕を伴って食事をとれるのはここまでだろう。下級船員たちははるかに質素なものを、テーブルなどないような場所で食べていたはず。メルヴィルは実際に捕鯨船に乗った経験があるわけだが、その立場は末端船員で小説内のイシュメールの立場に近い。下記参考サイトの記述によれば、船には塩漬け肉、乾パン、乾燥豆、米などの保存食が積まれていたが、食べ物にはイヤな虫がついていたり、腐敗したりと大変だったようだ。なにせ3年間、常温で保存するのだ。そう考えると、<a href="https://www.classicajapan.com/wn/2026/08/060952.html">鯨肉のステーキをありがたがる者</a>がいても不思議ではない。フレッシュな肉を食べることができるのだから。（<a href="https://www.classicajapan.com/wn/2026/09/010856.html">→つづく</a>）</p>

<div style="font-size:small;">
参考）<br>
<a target="_blank" rel="noopener" href="https://www.cshwhalingmuseum.org/blog/so-what-did-whalers-really-eat">So, What did Whalers Really Eat? - THE WHALING MUSEUM</a><br>
<a target="_blank" rel="noopener" href="https://www.nps.gov/nebe/learn/historyculture/whaleship.htm">Life onboard a Whaleship - New Bedford Whaling National Historical Park</a><br>
<a target="_blank" rel="noopener" href="https://www.whalingmuseum.org/research/research-resources/whaling-history/life-aboard/">Life Aboard - New Bedford Whaling Museum</a><br>
</div>
]]>
        
    </content>
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    <title>サントリーホール サマーフェスティバル 2026 サントリーホール開館40周年記念「時を編む響」</title>
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    <published>2026-08-28T02:15:11Z</published>
    <updated>2026-08-28T02:16:54Z</updated>

    <summary>●27日はサントリーホールで、サマーフェスティバル2026 サントリーホール開館...</summary>
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        <![CDATA[<p>●27日はサントリーホールで、<a target="_blank" rel="noopener" href="https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/feature/summer2026/">サマーフェスティバル2026</a> サントリーホール開館40周年記念「時を編む響」。18時30分開演の3部構成の長丁場で、第1部と第3部に日本初演の作品が2曲ずつ、真ん中の第2部が三善晃と武満徹の「古典」という構成。出演者は日本の気鋭がずらりとならんで豪華。第1部がカミーユ・ぺパンの弦楽四重奏のための「シルヴァカーヌの水の葉」(2019)、池田亮司の9本の弦楽器のための「op.1」(2000～01)（以上、石上真由子、小林壱成ほか）、第2部からは沼尻竜典指揮東京交響楽団が登場して、三善晃のソプラノとオーケストラのための「決闘（Duel）」(1964)（ソプラノ：砂田愛梨）、武満徹のピアノとオーケストラのための「リヴァラン」(1984)（ピアノ：小林愛実）、第3部がショーン・シェパードの管弦楽のための「表現抽象主義」(2017)、トーマス・アデスのヴァイオリンとオーケストラのための「アリア（エア）」～シベリウスへのオマージュ(2021～22)（ヴァイオリン：成田達輝）。終演は21時15分くらいだったかな。18時30分スタートは大正解。<br />
●サマーフェスティバルはカギカッコつきの「現代音楽」を聴く演奏会。一方で、幅広い人々に聴かれる現代の音楽の世界があって、両者は並行宇宙のように交わらないなとずっと感じてきたけど、この日の一曲目のカミーユ・ぺパンのポストミニマル風の作品や、おしまいのアデスの息の長い旋律を聴くと、そう物事は割り切れるものではないなと認識を改める。全体をふりかえってみると、力量のあるソリストが入った2曲、武満徹「リヴァラン」とアデスの「アリア」が印象的だったかな。並べて際立つ武満のオリジナリティ。アデス作品はシベリウスの交響曲第7番や「タピオラ」から未来へとジャンプしたような音楽で、透明感のある清澄な旋律が終わることなく続くかのよう。予期せぬまっすぐな美。<br />
</p>]]>
        
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    <title>「スター・ウォーズ／キャシアン・アンドー」</title>
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    <published>2026-08-27T01:10:10Z</published>
    <updated>2026-08-27T01:10:05Z</updated>

    <summary> ●以前、映画「スター・ウォーズ／マンダロリアン・アンド・グローグー」を紹介した...</summary>
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<p>●以前、<a href="https://www.classicajapan.com/wn/2026/06/030901.html">映画「スター・ウォーズ／マンダロリアン・アンド・グローグー」を紹介したが</a>（実は育児映画の傑作）、映画は映画として、<a target="_blank" rel="noopener" href="https://disneyplus.disney.co.jp/">Disney+</a>配信の「マンダロリアン」シーズン1～3もたいへんおもしろい。Disney+にある「スター・ウォーズ」スピンオフ作品はどれもよくできている。最強の賞金稼ぎを主人公にした「ボバ・フェット」や、ジェダイ・マスターの物語「オビ=ワン・ケノービ」も楽しいが、いちばん感心したのは「キャシアン・アンドー」。<br />
●キャシアン・アンドーは反乱軍の英雄で、デス・スターの設計図を手に入れるために決定的な役割を果たした。その活躍は、第1作であるエピソード4の前史である映画「ローグ・ワン」で描かれている。で、その「ローグ・ワン」のさらに前日譚にあたるのが、ドラマシリーズの「キャシアン・アンドー」。この人物の出自、なぜ反乱軍に加わったのかが描かれているのだが、シリーズ全体にわたって脇役たちの人物像がしっかり掘り下げられており、抜群におもしろい。「スター・ウォーズ」とは思えないほど、しっかりした群像劇になっている。<br />
●帝国の硬直した官僚主義の歪みと冷たさ、母親の過干渉と息子の屈折した承認欲求、正義と悪には割り切れない政治劇、個人と社会の相克、絶望的な監獄からの脱獄劇など、テーマは盛りだくさん。トーンは暗めなのに、上質のユーモア（なかなかスパイシー）を備えているのも吉。「スター・ウォーズ」本編はディズニーに移ってあんなことになってしまったが、スピンオフ作品の秀逸さには舌を巻く。<br />
</p>]]>
        
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    <title>松本駅からバスで行く美ヶ原高原 2026</title>
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    <published>2026-08-26T01:10:10Z</published>
    <updated>2026-08-26T01:08:38Z</updated>

    <summary> ●セイジ・オザワ松本フェスティバルの翌日、今年も松本駅から直行バスで美ヶ原高原...</summary>
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/utsukushigahara2026a.jpg"><img alt="美ヶ原高原" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/utsukushigahara2026a.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●セイジ・オザワ松本フェスティバルの翌日、今年も<a target="_blank" rel="noopener" href="https://www.utsukushigahara-bus.net/">松本駅から直行バスで美ヶ原高原</a>へ。これで3年連続、同じパターン。すごい景色が目の前に広がる。松本の公演は日帰りでも十分だが、近辺に自然散策を楽しめる場所がたくさんあるので、泊って遠足をくっつけたくなる。といっても本格的なハイキングは体力的にも装備面でも無理なので、バスで上まで登って、なるべくなだらかな高地を歩く作戦。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/utsukushigahara2026b.jpg"><img alt="美ヶ原高原 王ヶ鼻" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/utsukushigahara2026b.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●ここは美ヶ原高原の王ヶ鼻。標高2000m。涼しい。バスで行けるのは標高1905mの美ヶ原自然保護センターまで。そこから100mしか登らない。歩きやすいコースで、30分ほどで着く。ここまではあっという間。ハイキングコースは<a target="_blank" rel="noopener" href="https://m-utsukushigahara.jp/map/">こちら</a>を参照。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/utsukushigahara2026c.jpg"><img alt="美ヶ原高原" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/utsukushigahara2026c.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●その後、王ヶ頭（最高峰の2034m）を経由して、平坦な牧場への道が続く。空が近く感じられる。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/utsukushigahara2026d.jpg"><img alt="美ヶ原高原" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/utsukushigahara2026d.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●左を向いても、右を向いても牛がいる。ムシャムシャと草を食んでいる。脳内に「羊は安らかに草を食み」が流れ出す。牛だけど。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/utsukushigahara2026e.jpg"><img alt="美ヶ原高原" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/utsukushigahara2026e.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●やがて、係のおねえさんが牛たちに塩を与えた。みんな大喜びで塩を舐めだした。もうたまらないぜ、この味、っていうくらいの勢い。草を食んだら、塩を舐める。サラダなのか。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/utsukushigahara2026f.jpg"><img alt="美ヶ原高原" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/utsukushigahara2026f.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●ここにはポニーも2頭いる。200円を払えば、ポニーにニンジンを与えることも可。200円の「2」のところに紙が貼ってあって、きっと100円から200円に値上げしたのだろと思う。インフレである。これくらい気持ちよく、オレたちも原稿料を値上げしようぜっ！</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/utsukushigahara2026g.jpg"><img alt="美ヶ原高原" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/utsukushigahara2026g.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●どっちを向いても絶景だ。そのまま道をまっすぐ進み、山本小屋ふる里館まで行き、一息ついてから（100円の有料トイレあり。ありがたし）、来た道を引き返した。前にも書いたが、ここはバスの都合で滞在時間が約6時間半になる。このコースだと、往復で歩行時間は正味3時間半くらい。たっぷり休憩を楽しみながら5時間半から6時間くらいで回って、あまった時間はバス停のそばのカフェで過ごす。下山のバスを逃すと困ったことになるので、余裕をもって戻る。<br />
●いつの間にか、<a target="_blank" rel="noopener" href="https://ueda-utsukushi-bus.net/">上田駅から道の駅美ヶ原高原に向かう観光バス</a>ができていた。これを使えば、松本駅から上田駅、あるいはその逆のコースも可能になったということなのか？ 帰ってから気がついた。<br />
●今のところ、毎回天候に恵まれているが、自然散策の泣き所は雨が降ったとき。プランBが必要になる。とくに月曜日は美術館などはだいたいどこもお休みになるので難しい。実は長野県立美術館は水曜日が休館なので、雨天の場合は長野まで移動して美術館に行くことを考えていたが、幸い今回も晴天だった。<br />
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    <title>セイジ・オザワ松本フェスティバル 沖澤のどか指揮サイトウ・キネン・オーケストラ</title>
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    <published>2026-08-25T00:20:20Z</published>
    <updated>2026-08-25T00:19:17Z</updated>

    <summary> ●23日は松本へ。セイジ・オザワ松本フェスティバルの沖澤のどか指揮サイトウ・キ...</summary>
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        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/omf2026okisawa.jpg"><img alt="沖澤のどか指揮サイトウ・キネン・オーケストラ" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/omf2026okisawa.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●23日は松本へ。<a target="_blank" rel="noopener" href="https://www.ozawa-festival.com/">セイジ・オザワ松本フェスティバル</a>の沖澤のどか指揮サイトウ・キネン・オーケストラ（キッセイ文化ホール）。プログラムはメシアンの「トゥランガリーラ交響曲」（トゥーランガリラ交響曲）一曲のみ。ピアノは務川慧悟、オンド・マルトノは原田節。オーケストラ・メンバーは<a target="_blank" rel="noopener" href="https://www.ozawa-festival.com/wp/wp-content/uploads/2026/08/d1efbe06a702c19139f30eadee0820da.pdf">こちら</a>。前日の公演で、沖澤が右手を痛めて左手で指揮をしたという話を目にしたが、この日は棒を持たずに右手もしっかり振って、全身で音楽を雄弁に語るような精力的な指揮ぶり。緻密でキレのある演奏で、これまでに聴いたなかでももっとも整然として爽快なトゥランガリーラ交響曲だったかもしれない。すこぶる眉目秀麗で、モテない男の妄想と邪念が大爆発したみたいなトゥランガリーラではなく、「あれ、お前、そんなに清潔感のあるイケメンだったっけ？」みたいな発見あり。カオスではなく古典。<br />
●2年前に同コンビのブラームスを聴いたときは、小澤征爾への献奏みたいな印象を受けたけど、今回も小澤征爾ゆかりの作品だった。<br />
●沖澤のどかとの首席客演指揮者の契約が2031年まで延長されたと発表された。朗報。首席指揮者というポジションはないんだっけ。</p>

<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="https://www.classicajapan.com/wn/archives/matsumotomuseum2026kusama.jpg"><img alt="草間彌生「大いなる巨大な南瓜」" src="https://www.classicajapan.com/wn/archives/matsumotomuseum2026kusama.jpg" class="imagef" /></a></span><br />
●公演の前に、今年も少しだけ<a target="_blank" rel="noopener" href="https://matsumoto-artmuse.jp/">松本市美術館</a>に寄る。企画展のウジェーヌ・ブーダン展は東京のSOMPO美術館で先に見ているので、コレクション展へ。草間彌生「大いなる巨大な南瓜」（2017）など。こちらも以前に見ているが、なんどでも。<br />
</p>]]>
        
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