Disc: 2012年6月アーカイブ

June 7, 2012

ラトルのブルックナー交響曲第9番第4楽章付 SPCM2012補筆完成版

ラトルのブルックナー交響曲第9番 SPCM2012補筆完成版●遅ればせながらラトル&ベルリン・フィルの新譜CD、ブルックナーの交響曲第9番第4楽章付(SPCM2012補筆完成版)を。この曲の第4楽章の補筆完成に関してはこれまでもさまざまな版が世に出ており、録音も決して少なくないのだが、今回は天下のラトル&ベルリン・フィルが取り上げたということ、さらに使用する版が最新のSPCM2012年補筆完成版であるということで、がぜん注目度が高まった。
●昨秋来日時に開かれた記者会見では、ラトルは第4楽章について、補筆の真正さと作品の斬新さを強調していた。ブルックナーによる草稿は散逸してしまい断片的なものではあるが、「85%はブルックナー本人のもの」と語り(これはたぶん小節数にして85%が作曲者の草稿なりスケッチなりに基づき、15%が編者の手になるものという意味だと思う)、これらの再構成はルービックキューブを完成するかのようにピタリと一意に定まったと話していた。
●SPCMというのはサマーレ、フィリップス、コールス、マッツーカの4人の編者の名前の頭文字をつなげたもの。最初はサマーレとマッツーカによって編まれた完成版(1983年)に、後にコールスとフィリップスの共同作業が加わり、1992年版が出版され、さらに新たな研究成果を反映して2004年版が編まれ、その改訂版が2008年に刊行され、そしてまた推敲を経てこの2012年版へと至った、らしい。なんと、SPCM補筆完成版だけでもこんなにいろんな版が入り組んで存在しているのだ。補筆版だけでもこんなに版があるなんて。こだわりの版マニアが随喜の涙を流しそう!
●で、この第4楽章だ。資料からの再構成がどれほど作曲家の意図を尊重した(あるいはしなかった)にせよ、客席から聴いて、出来上がったものが脈絡のない継ぎはぎになっていたり、力のない音楽になってしまっていたら、意味はない。いや、ないことはないけど、繰り返しは聴かれない。じゃあ、この第4楽章はブルックナーにしか書けない音の大伽藍なのか、フランケンシュタインの創造物なのかと言われると、これは悩む。この録音に関しては、ベルリン・フィルの圧倒的な雄弁さ、豊麗さが説得力を高めているはず。第一印象にすぎないんだけど、提示部はすばらしい。ブルックナーの第7や第8よりはむしろ第5を連想させる。展開部以降は少し霊感と推進力に不足するかもしれない。再現部に第1楽章の第1主題が登場して、「おお」と気分が盛り上がるのだが、実はこれは編者の推論に基づく創作だという。さらに大胆なのはコーダの手前で、なんと第1楽章の第1主題、第2楽章スケルツォのリズム動機、第3楽章アダージョの主題、そしてこの第4楽章のフーガ主題が同時進行するという荒業が繰り出されて、強烈なインパクトをもたらす。が、これも資料に基づく推論から書かれたもの。さらにコーダでは第3楽章アダージョからの引用があって、これも状況証拠からの推論のようだが、なかなか効果的。なんだか全般に編者の推論部分が冴えてる。いっそ資料にとらわれずに、もっと自由に創作しちゃったほうがいい曲になるんじゃないの!?と思わんでもない(笑)。100%本人作の草稿だって、最終的に捨てられたかもしれないんだし。草稿なんだから。
ゲルト・シャラー指揮フィルハーモニー・フェスティーヴァのブル9(キャラガン2010年版)●なんてことを言い出すとキリがないわけで、事実このSPCM以外にもいろんな補筆完成版がある。ラトルのCDのライナーでジュリアン・ホートンは「現在のところ、演奏に用いられる補筆完成版は大きく2つの系統に分かれる」と書いている。ひとつはウィリアム・キャラガンによる版(1984、2003、2006、2010)。もうひとつはこのサマーレ、フィリップス、コールス、マッツーカのSPCM系統。「キャラガンは概していえば楽曲分析的見地から推論を重ね、自由度も高い創作に走っている。それに対して、自分たちの版を復元されたスケッチに基づく再構成とみなしているのがサマーレとコールスだ」というのだが、じゃあキャラガン版がのびのび創作しているかというと、このゲルト・シャラー指揮フィルハーモニー・フェスティーヴァの録音(キャラガン2010年版)を聴く限り、むしろこちらのほうが大胆さに欠けるんじゃないかという気もしなくもない。
●SPCM2012にしてもキャラガン2010にしても、コーダは力の入ったものではあるが、セルフ・パロディ的にも聞こえる。しかしそれをいえば100%自作だってしばしば自己模倣的であるわけで、パロディ的であることこそ本物らしさの証拠というねじれた理解もありえて、だんだん真正さとはなんなのかわけがわからなくなる。そのうち徹底的な改良を重ねたSPCM2020とかキャラガン2025とかが出て、ブルックナー本人を凌駕したりはしないだろうか。そもそも補筆は未完の作品に限定する必要もないかもしれない。ブルックナー交響曲第4番「ロマンティック2015」みたいに、Windowsやドラクエのように延々と後に付く数字が増えていくバージョンアップ名曲。ある意味いまだって「カラヤン1975」とか「ヴァント1998」みたいに細分化個別化して鑑賞しているわけだし。

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