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September 29, 2016

Jリーグの行方

●肝心の試合をちっとも見れていないのだが(ら抜き)、久々にサッカー話。Jリーグがあまりにお金がなくて、昨季からプレイオフのテレビ中継のスポンサー料を得るために2ステージ制になってしまったわけだが、ひょっとすると来季から通年制シーズンへ戻るんじゃないかという話が浮上している。というのも、イギリスのパフォーム・グループがJリーグとドカンと10年総額2100億円の放映権契約を結んだから。チェアマンの話からはいろんなニュアンスが伝わってくるけど、たいていのサポーターはこう思ってるはず。せっかくお金ができたんだから、いやいややってた2ステージ制なんてとっとと止めれば?
●ほんと、現行の2ステージ制はわかりづらい。プレイオフ進出条件があまりにも複雑すぎるのもイヤなんだけど、なにがイヤってスポーツニュースなんかに今だったらセカンドステージの順位がまず出るじゃないっすか。でもセカンドステージなんて、優勝かゼロかしかない。2位以下は何位だって同じというシステムだ。むしろワタシらは通年の順位を知りたい。年間の順位、つまりわがチームが本当の意味で何位なのかを知るためにも。あるいは降格争いがどうなっているのかを知るためにも。2つの順位表があることで、すっかり今リーグ戦がどうなっているかが見えづらくなってしまった。そもそもこれを言ってはおしまいだが、たっぷりワンシーズンかけて完璧な信頼性を持つ順位が出た後に、わざわざプレイオフをするという不条理が耐えがたい。最強のチームが優勝できないスポーツってなんなの?
●イギリスのパフォーム・グループがどんな企業なのかぜんぜん知らないんだけど、これで通年制シーズンに戻れるんだったら、動画配信でもなんでも好きなようにやってくれっていうのが今の気分。現在、このパフォーム・グループが日本でサービス展開しているのは、DAZNというスポーツ専門の有料動画配信。サッカーだけでなく、野球、F1、バスケ、格闘技などなどぜんぶ取り扱う。来年からはJ1、J2、J3を全試合生中継すると発表されている。オンデマンドではどの程度見られるのかとか、中継のアナウンサーや解説者はどうなるのかとか、知りたい事柄は山ほどあるが、ともあれまずは2ステージ制がどうなるかに注目するしか。
●スカパーの中継はどうなるんでしょね。

September 28, 2016

ネットで聴けるキリル・ペトレンコ

●ベルリン・フィルの次期首席指揮者に指名されて時の人となったキリル・ペトレンコだが、日本に来たこともなければ、録音もほとんどないとあって(ないわけじゃないけど、きわめて限定的)、話題の割には「聴けない」指揮者になっている。ベルリン・フィルのDCHにアーカイブされているペトレンコ指揮の2公演に頼る状況が続いていた。
●が、ここでキリル・ペトレンコ指揮バイエルン国立管弦楽団の2公演を。ひとつは音声のみで無料でオンデマンド配信されているバイエルン放送のライブ中継。リゲティ「ロンターノ」、シュトラウス「4つの最後の歌」(ディアナ・ダムラウ)、チャイコフスキーの交響曲第5番というプログラム。ひとまずチャイコフスキーだけ聴いたのだが(1時間8分あたりからスタート)、これは聴きもの。おなじみの名曲とあって、ペトレンコへの印象がはっきりとするのでは。それにしてもバイエルン国立管弦楽団、本当に美しい響きを持ったオーケストラで聴きほれてしまう。特にこの弦楽器の質感。これだったら、別にベルリン・フィル、要らないのでは、とつい思わんでもない(そんなことないけど)。あと、終楽章のコーダ直前の休止でドンピシャのタイミングでくしゃみをしたオバサン(?)が絶妙すぎる。ペトレンコの演奏を渇望する全世界のクラヲタに捧げる華麗なるハクション。
●もうひとつ、ベルリン・フィルの有料映像配信DCHにも一公演があがっていて、こちらはキリル・ペトレンコ指揮バイエルン国立管弦楽団のベルリン・ムジークフェストでの公演(ベルリン・フィルじゃないけど配信されている)。やはりリゲティ「ロンターノ」ではじまり、バルトークのヴァイオリン協奏曲第1番(フランク・ペーター・ツィンマーマン)、シュトラウス「家庭交響曲」、ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲と続く。トレイラーあり(高画質)。

September 27, 2016

パーヴォ・ヤルヴィ指揮N響&フォークト

●24日はNHKホールでパーヴォ・ヤルヴィ指揮N響。プログラムはモーツァルトのピアノ協奏曲第27番変ロ長調とブルックナーの交響曲第2番。モーツァルトでソロを務めたのはラルス・フォークト。譜面台を立てずに楽譜を置いて、セルフ譜めくりスタイルで。以前に協奏曲を聴いたときもそうだったけど、フォークトはソロの出番がないところでもしばしばオケに顔を向けてアイコンタクトをとる。一小節一小節に丹念に表情が付けられた、ニュアンスに富んだモーツァルトで、オケもこれに寄り添って対話が繰り広げられるという、まさに室内楽の延長のようなモーツァルト。すごい説得力。とはいえ、こんなにもエモーショナルなモーツァルトに共感できるかと問われたらどうだろうか。第2楽章の終盤だったかな、独奏ピアノとフルートにヴァイオリンがソロで加わるところがあって、新鮮な趣向。アンコールにシューベルトの「楽興の時」。偶然にも前日のOKEでオケ版でアンコールを聴いた曲だった。客席にはその前日にモーツァルトを弾いたバウゼの姿があったそうだけど。
●後半はブルックナーの交響曲第2番。休憩中にできる例の行列(1階)はワタシが見たときは奥の売店のあたりまで続いていた(そんな情報いらない)。で、この曲、ライヴでは以前にムーティ&ウィーン・フィルが取りあげてくれて大感激した記憶が残っているのだが、それとはまた違った味わいで、ぐっとマッチョできびきびとしたブルックナー。作品についてこの日の感触で言えば、第1楽章が記憶にあるよりゴツゴツとして粗削りな感じなんだけど、後半のスケルツォとフィナーレはぐんと成熟度を増してブルックナー完全体の様相。肥大化していない分、過度の儀式性から自由になれて、すがすがしいくらい。そして充実のブラスセクション。

September 26, 2016

アシュケナージ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢&バウゼ

●23日は紀尾井ホールでオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の東京公演。名古屋、金沢、島根、大阪と巡る秋の全国ツアーの一公演で、指揮はたびたび共演するアシュケナージ。前半にプロコフィエフの「古典交響曲」、モーツァルトのピアノ協奏曲第17番ト長調(ジャン=エフラム・バヴゼ)、後半に武満徹「弦楽のためのレクイエム」、シューベルトの交響曲第5番。コンサートマスターはヤングでもブレンディスでもなく松井直さん。
●バヴゼのモーツァルトが楽しい。軽快、流麗。第1楽章で、てっきりモーツァルトのカデンツァを弾くものだと思い込んでいたら、モーツァルト・スタイルを逸脱する聴いたことがないカデンツァが始まった。自作なんだろうか。帰宅して調べてみると、シャンドスの録音でも使っている自作っぽい。おもしろい。アンコールにドビュッシー「映像」第1集から「水の反映」。こちらは水を得た魚のよう、水も漏らさぬドビュッシー、水を打ったような静けさで聴き入る客席。
●「弦楽のためのレクイエム」は静謐というよりは雄弁。OEK得意のシューベルトは、アシュケナージの大らかさ、円満さが相まって快演。白眉は第2楽章アンダンテ。優しさ、のびやかさを堪能。客席の喝采にこたえて割とすぐにアンコールが演奏され、シューベルトの「楽興の時」第3番の管弦楽版。この編曲はどなたなんでしょね。

September 23, 2016

「ピアニストは語る」(ヴァレリー・アファナシエフ著/講談社現代新書)

●ヴァレリー・アファナシエフ著の「ピアニストは語る」を読んでいる。表紙にはクレジットされていないが(どうして?)、青澤隆明さんのインタビュー&構成による一冊。インタビューで本一冊分ができるほど語るべき事柄を持っているピアニストは決して多くない。鬼才アファナシエフのこと、衒学的で難解な話が続くのかと思い身構えて読み始めたが、思いのほか読みやすく、おもしろい(特に前半)。
●前後半で二部構成になっていて、前半は「人生」、後半は「音楽」。前半はこれまでの生涯を振り返っているのだが、ソ連時代の逸話の数々が興味深い。そう、もうすっかり忘れていたけど、アファナシエフはソ連の教育システムで学び、コンクール(特にエリザベート王妃国際コンクール)で世に出た人だったんすよね。ハイライトはソ連からベルギーへと政治亡命するくだり。
●自由に出国することができず、国外へと出るときは国内にだれか身内を人質として置いていなければならず、モスクワにいてすら新鮮な肉が手に入らずやっとハンガリー産の冷凍肉が買えたという「なにもかも馬鹿げていた」ソ連。そこから逃れようと思ったら、外国人との結婚か亡命の二者択一しかないという状況で、いったいどうやって国を出るか。そのプロセスがなかなか強烈。エリザベート王妃国際コンクールにソ連代表として(そういう制度だった)参加できることになったところ、KGBに「アファナシエフは亡命したがっている」という匿名の告発の手紙が届く。出発前日に役所に出向いても一向にパスポートが受け取れず、文化大臣に一筆書いてもらって、それから絶望的な気分で何時間もやきもきしながら待ち続けてようやく受け取れたというあたりは印象的。結局このときは母親が病気だったため帰国するのだが、母が亡くなった後にふたたびベルギーに演奏旅行するチャンスが訪れて、アファナシエフはそのチャンスに賭けた。実のところソ連国内で迫害を受けていたわけでもない若いピアニストに政治亡命できる理由などはなかったのだが、それでも幸運と他人の助力に恵まれて、紙一重のところで亡命がかなう。ほんのささいなことで人の運命がどれだけ左右されることかを痛感する。大使館に拉致され、睡眠薬で眠らされ、目が覚めたときには精神病棟の中だったということだってあり得た、というのだから。
●アファナシエフは個人的にも恩恵を被っていたギレリスのことを敬愛する一方で、リヒテルに対してはずいぶん醒めた見方をしているのも興味深い。あと、ショスタコーヴィチに対する見方も。

「私にとってショスタコーヴィチは典型的なソ連の作曲家──ほかの作品はともかく、その交響曲たるやあまりにも素朴すぎです」
「ソ連のことを知らずには、ショスタコーヴィチの交響曲は決して理解することはできません。私はしょっちゅうコンサートに行っていましたが、それでもショスタコーヴィチの初演には行ったことがありませんでした。初演に臨席するソ連のお偉方たちに我慢がならなかったからです。ソ連の作曲家や演奏家は国家の宝だと言われていました。しかしすべてはソ連というコンテクストに則っていた以上、私は彼らを嫌悪していました」

●アファナシエフの芸術に深く共感する人にはきっと第2部が示唆に富んでいることだろう。「人生とは絶え間なくハーモニーを探求すること。そして完全なるハーモニーとは死だけです」といったアファナシエフ節が全開になっている。

September 21, 2016

Apple Music vs Google Play Music 2016年秋

●当欄ではストリーム音楽配信定点観測として、ときどきApple MusicとGoogle Play Musicを比較しているのであるが、先日のiTunesのバージョンアップでApple Musicが悲惨な画面デザインになってしまった。なにしろ、日本語フォントがこんなことに(Windows 10)。
iTunes 12.5.1.21
●これ、日本語じゃないでしょ? よく見ると「放送交響」と「楽団」でフォントが違うという謎。Appleに限ったことではないが、IT系のサービスはよく日本語を忘れる。ほかにもフォントのサイズが巨大すぎて不自然だったりするし、そもそも見出しに使われる「見つける」とか「新着ミュージック」みたいなのは日本語表現としてどうなんすかね。
●と言いつつも、最近ではすっかりApple Musicに頼り切っている。少なくともクラシックに関してはGoogle Play MusicよりもApple Musicが頼りになる印象だ。クラシックの新着タイトルのコーナーを見ても、Apple Musicのほうがしっくり来る。「そろそろGoogle Play Musicは不要かな~」と一瞬思ってしまったのだが、最近ある音源がAppleにはないけどGoogleには見つかって救われたという経験をしたのと、今回の謎バージョンアップによって、まだまだ両者を併用する必要があると痛感。
●ちなみに上記の音源は新譜コーナーにあったハルモニアムンディ・フランスのハーディング指揮スウェーデン放送交響楽団によるラモー「イッポリトとアリシー」組曲+ベルリオーズ「幻想交響曲」。中身はたいへんすばらしい。
●相変わらずNaxos Music Libraryは音源情報が統一表記にのっとって日本語化されているという点で、独自の価値を保っている。だからこれも手放せない。結局、相変わらずこの3サービスを状況に応じて使い分けるしかない。「Spotifyがついに上陸する!」となんどもなんども言われてまだ上陸していないのだが、もし始まったらそっちも使うことになるのだろうか?

September 20, 2016

「ふしぎの国のアリス」 (1951) (ウォルト・ディズニー・プロダクション)

●ディズニー・アニメの古典的名作「ふしぎの国のアリス」。1951年製作ということですでに60年以上の月日が経っている。今見てもシュールなテイストは健在。というか、先日の「ズートピア」など昨今の磨き抜かれたディズニー作品を見るに、こんな「ふしぎの国のアリス」はもう作れないのかもしれない。今の時代には冗漫だし(それがナンセンスの味わいにつながっているんだけど)、ハートの女王が口癖のように「首をはねよ!」と連発するのは問題がありそう。
●で、これってミュージカル・スタイルのアニメーションなんすよね。いろんな歌が出てくるが、そのひとつが「お誕生日じゃない日の歌」。マッドハッターと三月うさぎたちのお茶会で(原作での表現は「きちがいお茶会」)、「お誕生日じゃない日、おめでとう!」と歌われる。お誕生日は365日の1日しかないけど、お誕生日じゃない日を祝えば365日の364日を祝っていられるという大変おめでたい発想で、みんながじゃんじゃんとお茶を飲むのに、どうしてもアリスだけは一口も飲めないという可笑しなシーン。
●しかし、吹き替え版では「お誕生日じゃない日、おめでとう」が「なんでもない日、おめでとう」になっており、これが昨年、ディズニーのTwitter公式アカウントで騒ぎを起こした。「なんでもない日、おめでとう」を投稿したのが8月9日だったため、長崎に原爆を落とした日に「なんでもない日、おめでとう」はないだろうという反応が起きた(経緯はこちらに)。
●そもそも大人の世界に「なんでもない日」は存在しない。365日のどの一日をとっても、かならず世界のどこかで悲しい一日として記憶されているだろうし、どこかでは祝うべき一日として記憶されているだろう。ディズニーの公式アカウントが「なんでもない日、おめでとう」と投稿した際には、アリスの絵柄とともに A Very Merry Unbirthday to You! の一言が添えてあった。原語にあった中立的でナンセンスな味わいが、訳語の選択によって要らないニュアンスを帯びてしまった。
●「誕生日」のニュアンスを生かして Unbirthdayを訳すとしたら? 「非誕生日、おめでとう!」だろうか。ルイス・キャロル的な活字の世界では悪くないと思うんだが、アニメには似つかわしくない気がする。聞き取りにくいし、ミュージカル仕立ての場合は口の動きともある程度同期が必要だろうから、訳語選択の制約が厳しそう。ふと、Unbirthdayを検索してみたら、Weblio英和辞典で立項されていて「何でもない日」の訳語があてられていた。もともとはルイス・キャロルが「鏡の国のアリス」で編み出した造語ということのようであるが(つまり「不思議の国のアリス」ではない。これを「きちがいお茶会」の場面に持ってきたのはディズニーの発案っぽい)、ディズニー映画の訳語が定訳となっているということか。

September 16, 2016

パーヴォ・ヤルヴィ&N響のムソルグスキーと武満

●しばらく週刊「パーヴォ&N響」祭り。15日はサントリーホールでムソルグスキーと武満徹という、なんだか遠そうなふたりの作曲家を組み合わせたプログラム。前半にムソルグスキーの「はげ山の一夜」原典版、武満徹の「ア・ウェ・ア・ローン2」と「ハウ・スロー・ザ・ウィンド」、後半にムソルグスキー~リムスキー=コルサコフ編の「ホヴァンシチナ」第4幕第2場への間奏曲「ゴリツィン公の流刑」、ムソルグスキー~ラヴェル編の組曲「展覧会の絵」。つまり、ムソルグスキー作品は彼本来のオリジナルとリムスキー=コルサコフの編曲、さらにラヴェルの編曲と三態が並ぶ趣向。おもしろい。
リムスキー=コルサコフ●で、「はげ山の一夜」原典版。リムスキー=コルサコフが洗練されすぎた筆を入れる前の粗削りさが魅力……だとは思う、たしかに。でもむしろ痛感するのは、こんなゴツゴツした素材からあんなにツルリとした完成品を作ったリムスキー=コルサコフすごすぎ。あの一般的な編曲というか再創造がどんなによくできているか。この原典版だけだったら、この曲はきっと埋もれた珍作で終わっていたのでは。先にリムスキー=コルサコフの滑らかな完成図を知っているから、この原典版もおもしろがって聴けるけど、そうでなかったら果たしてどうだろう。特にリムスキー=コルサコフ版は最後にすがすがしい夜明けが訪れて魑魅魍魎の世界とコントラストをなすのが効果抜群って気がする。
ムソルグスキー●でも、そんなアマチュアっぽいムソルグスキーと、職人技を極めたようなリムスキー=コルサコフとで、どっちがより演奏され、共感されているかというと断然前者だと思う。ムソルグスキーは作品数は限られているけど、打率はかなり高い。「展覧会の絵」「はげ山の一夜」「ボリス・ゴドゥノフ」「ホヴァンシチナ」「死の歌と踊り」「蚤の歌」……。一方、リムスキー=コルサコフは「シェエラザード」みたいに突出した人気作はあるものの、交響曲第1番~第3番、ピアノ協奏曲、「雪娘」「サトコ」「モーツァルトとサリエリ」「金鶏」「皇帝サルタンの物語」等々といった数あるオペラなど、多くの作品が演奏機会に恵まれているとはいえない状況。なに言ってるんだかわからないけどとにかくスゴそうな酔っぱらいのオヤジとなんでも知っててなんでもできそうな大先生がいるんだけど、人が寄ってくるのは酔っぱらいのほう、みたいなイメージ。
●この日はソニーのレコーディングが行われていた模様。最後の「展覧会の絵」は壮麗なスペクタクル。プロムナードの冒頭トランペットからスカッと抜けるような快演。「キエフの大門」の豪快な鳴りっぷりに客席がわき上がった。

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