ドミノ・ピザ
May 21, 2018

パーヴォ・ヤルヴィ指揮NHK交響楽団のトルミス、ショスタコーヴィチ、ブルックナー

●18日はNHKホールでパーヴォ・ヤルヴィ指揮NHK交響楽団。トルミスの序曲第2番、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番(アレクサンドル・トラーゼ)、ブルックナーの交響曲第1番ハ短調(リンツ稿)という、日頃耳にする機会の少ない曲が並んだ貴重なプログラム。
●トルミスはパーヴォと同じくエストニア出身の作曲家で、2017年に世を去ったばかり。この序曲第2番は1959年の作品。リズミカルで反復的、スポーティといっていいくらいのエンタテインメント性。結尾で「終わった」と思った後にもう一撃あるという、いじわるなワナ。ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番、第2楽章だけが妙に神妙で真摯な音楽になっているが、トラーゼは最弱音を効果的に使って陶酔的な表現。第3楽章の狂躁とのコントラストが鮮やか。カーテンコールを繰り返した後、パーヴォに「ささ、どうぞ椅子に座って」とばかりに促されて、アンコールとしてスカルラッティのゆったりとしたソナタを一曲。指揮台の隅に腰かけて聴き入るパーヴォ。次第に消え入るような弱音で余韻たっぷり。
●休憩をはさんで(長大な「ブルックナー行列」といいたいところだが、NHKホールはいつもそうかも)、ブルックナーの交響曲第1番。さすがに粗削りで、「つなぎ目」の目立つ仕上がりだと感じるが、脈絡のない気まぐれさは新鮮で吉。パーヴォ&N響のきびきびとして弛緩することのない演奏があってこその楽しさか。交響曲第2番での飛躍を思わずにはいられない。終楽章の冒頭主題のダサカッコよさに身悶え。時代劇のテーマ曲とかに使えないだろうか。コーダは力技のクライマックスだが、一曲目のトルミスとは逆にいくぶん肩透かし気味で曲を閉じる。「あれ?」みたいな一瞬の沈黙をはさんで、大喝采。

May 18, 2018

夢のなかのスタジアム

bus_in_dream.jpg
●先日、本当に見た夢の話だ。ワタシはフランスを訪れており、バスに乗っていた。すると、次の停留所が「ムサシノ・リクジョー・キョギジョー」みたいな発音でアナウンスされた。あ、これって武蔵野陸上競技場のことか。そうそう、あのスタジアムって東京とフランスの境目にあるから、フランス側にもバスが通っているんだった。「次止まります」とフランス語で書いてあると思しきボタンを押して、バス停で降りる。すると、人気のない昼間のスタジアムに着いた。フランス人たちがぽつぽつとまばらに立っている。ここはまだフランス国内なのだ。巨大なコンクリートの柱の足元を歩いていると、いつの間にか国境を越えたらしく、日本の風景に変わった。日本の子供たちが野原で遊んでいる。へえ、ここからだと簡単に帰国できて便利じゃん。パスポート見せずに通ってしまったけどいいんだろうか。ま、いいか、帰国できたわけだし。このバスで帰国するルートはとても便利だ。飛行機を使わずに済む。このお得情報はぜひブログで紹介しよう。いや、待て待て。フランスと日本が地続きになっているわけがないじゃないの。そうだ、これはただの夢だ! なんだ夢かー。せっかくブログのネタにしようと思ったのに、これじゃあ使えない。

May 17, 2018

新国立劇場「フィデリオ」演出家カタリーナ・ワーグナー記者懇談会

カタリーナ・ワーグナー
●新国立劇場開場20周年記念特別公演として、まもくなく上演されるベートーヴェン「フィデリオ」(5月20日~6月2日)。その演出家カタリーナ・ワーグナーとドラマツルグのダニエル・ウェーバーとの記者懇談会が16日に開かれた。カタリーナ・ワーグナーはバイロイト音楽祭総監督であり、作曲家リヒャルト・ワーグナーのひ孫。
●今回の新演出について活発に質問が寄せられた。いくつか要点を挙げると、まず、時代や場所については、特定のどこでもないような設定になる。音楽のないセリフの部分は大幅にカットされるが、プロットの展開上必要なところだけは残される。そして、結末の部分には余白が残される。つまり、見る人がそれぞれに考えさせられるようなオープンな結末になる。それと、このオペラでたびたび議論になる「女性が男性に変装する」という部分について、ほんの少しだけ趣向を明かすと、あえて変装する様子を見せるような演出になっている。「演出はたったひとつのアイディアだけでは足りない。作品すべてを満たせるようなアイディアのある作品だけを取り上げたいと思っている」(カタリーナ・ワーグナー)。説得力のある斬新な演出を期待してよさそう。
●新国立劇場についてカタリーナ・ワーグナーが語った点もまとめておこう。「このオペラでは特に合唱に魅力を感じる。新国立劇場の合唱団は本当にすばらしいので、ますます合唱のシーンにひかれるようになった」「演出家にとっては、劇場の姿勢も大切。そのプロダクションを世に出したいという強い姿勢がないといけない。新国立劇場はすべてのスタッフが高度にプロフェッショナルな仕事をしていて、しかもフレンドリー。あまりにも完璧な仕事ぶりなので、怒りの感情を忘れてしまうほど」。この「怒りの感情を忘れてしまう」というフレーズがなんだかおもしろい。
●東京ではつい先日まで、たまたまチョン指揮東フィルの「フィデリオ」演奏会形式が上演されていたわけだが、「フィデリオ」台本のトンデモぶりについてここで書いた。でも、カタリーナ・ワーグナーとダニエル・ウェーバーの「フィデリオ」には一本筋の通った現代性があるんじゃないかな、と期待を煽られる。ワクワク。

May 16, 2018

ルービックキューブ、今どきの

ルービックキューブ、今どきの
●ルービックキューブは知らない間に進化を遂げていた。最初に発売された当時は猫も杓子もこの六面体に夢中になる特大ブームが訪れて、正規品だけでは供給が追い付かず、いくぶん雑な作りの偽物が横行したという記憶があるが、それから38年。今ではさまざまなメーカーから多種多様のキューブが発売されているばかりか、根本的な動作原理が進化したらしく、一昔前のものとは違って「ヌルヌル」と動くっぽい。
●ということで、買ってみたのは Newislandスピードキューブ。競技用(ってなんなんだ)をうたっているだけあって、ヌルヌルと動く。回りすぎるくらい回る。きっちりと角がそろってなくても、えいやで回ってしまいそうな滑らかさ。自分が以前から持っていたものと比べると、ほんの少しサイズが小さく、配色が微妙に違うのだが、こちらが世界標準らしい。あと、この商品がいいと思ったのは、各面にシールが貼ってあるのではなく、プラスチックそのものが着色されているので、シールが剥がれて汚くなる心配がない。インテリア的に使うのにも吉かと。
●親切にも6面完成攻略書までついているのだが、こちらは読まずに、子供の頃に覚えたそろえ方を記憶の奥底から呼び戻してみる。

May 15, 2018

ARK Hills Music Week 2018 ~ サントリーホール ARKクラシックス 記者会見

ARKクラシックス 記者会見
●14日、サントリーホールのブルーローズ(小ホール)にて、ARK Hills Music Week 2018 ~ ARKクラシックスの記者会見。毎年に秋に開催されている「アークヒルズ音楽週間」が今年より ARK Hills Music Week と名称を変更するのだが、そのオープニングを飾るコンサートシリーズとして「サントリーホール ARKクラシックス」が新たに始まることとなった。主催はサントリーホールとエイベックス・クラシックス。アーティスティック・リーダーとして、写真左より三浦文彰(ヴァイオリン)と辻井伸行(ピアノ)。10月5日から8日にかけて全9公演。三浦文彰と辻井伸行によるフランクのヴァイオリン・ソナタをはじめ、シューベルトの「ます」、ショパンのピアノ協奏曲第2番室内楽版など、室内楽が中心。出演者はほかにユーリ・バシュメット&モスクワ・ソロイスツ、ザ・ベース・ギャング(コントラバス四重奏)、ヴィキングル・オラフソン、川久保賜紀、遠藤真理、三浦友理枝他。
●三浦文彰と辻井伸行のおふたりは以前より交流があり、プライベートでもカラオケや食事にも行くという間柄。三浦「10年前くらいからヨーロッパで室内楽を演奏する機会が増えてきた。日本でももっと室内楽を演奏できればと思っていたが、今回このような機会が実現してうれしい。室内楽ではお互いがお互いをよく知ることが大切。辻井さんは自然体で多忙なスケジュールをこなす一方で、本番での集中力はすごい」。辻井「三浦さんとはとても気が合う。室内楽は音と音による会話がおもしろい。オーケストラと合わせるのとはちがった楽しさがある」
●4日間で9公演だが、そのうち10月6日(土)は昼から夜にかけて5公演が開催される。9公演中6公演は休憩なしの1時間プログラム。アークヒルズと近隣でもさまざまな無料コンサートやイベントが開催されるということなので、合わせて楽しめるようになっている。カラヤン広場で無料のパブリック・ビューイングも。ヴィキングル・オラフソンはDGからフィリップ・グラスの作品集をリリースしている売出し中のピアニストで、やはりフィリップ・グラスを弾く。

May 14, 2018

マリノスvsガンバ大阪、戦術さえ機能すればもはや勝点などどうでもいい

トリコロール●さて、残留争いを戦うマリノスは下位同士の直接対決、マリノスvsガンバ大阪戦。J1ではどうやら広島がぶっちぎりの1位でリードしているそうなのだが、そんな頂上の出来事などわれわれの眼中にはない。ハイライン、ハイプレス、ゴールキーパーとディフェンスラインの一体化を掲げ、ポステコグルー教祖のもと「機能すると勝てず、機能しないと勝てる」ポストモダン戦術によってJリーグを席巻するマリノス。こんなサッカー、見たことない。今年のマリノスさんは強いですねえ。対戦相手が口々にそう言い続けて3勝5分6敗で15位。戦術が特殊すぎて孤高の存在、いや孤低の存在になりつつある。
●で、ガンバ大阪戦。またゴールキーパーの飯倉がやられた。戦術の都合上、毎試合6~7キロは走らなければならないというウチのキーパーは、かなりの時間帯でゴールをがら空きにしてディフェンスラインに加わってゲームの組み立てに参加している。だから対戦相手は毎試合のように臆面もなく超ロングシュートを狙ってくる。ふふ、なんと安直な考え、そんな超ロングシュートがそうそう入るわけがなかろう……といいたいところだがっ! これが入るんだっ! 本当に容赦なく入るっ! こんどは藤本淳吾にハーフラインよりずっと手間から60メートル弾を決められたよっ! もう今季3本目じゃないか超ロング入れられたの。恐ろしい、Jリーグのレベルは高い。今季のマリノスはこんなふうにボカスカと失点している。対戦相手の高笑いが聞こえてくるようだ。
●一方、マリノスは天野純の完璧なフリーキックで1点を返した。このキック、左足で蹴って左から巻いてゴール左上に入るというキックで、あの位置から決められるレフティはそうそういない。しかし、よく考えてみよう。マリノスは特殊戦術のおかげでかなりの時間、ボールを支配し、主導権を握って攻撃し続けていたわけだが、ゴールが入ったのは戦術とは無関係な天野純の超絶技巧のおかげなんである。戦術が機能すると失点はするが得点はできず、戦術と無関係なシーンで得点が生まれる。なんという倒錯的戦術なのか。1対1でドロー。
●しかし勝点など気にしてどうする。今われわれはこのうえなくエキサイティングな戦術を完成させつつあるのだ。この美しいアタッキングフットボールのためなら、J2に落ちようが、J3に落ちようが関係ない。ポステコグルー監督には地獄の果てまでこのチームを率いていただきたい。もはやありきたりのサッカーでは、刺激に乏しく満足できない。これは伝説だ。なぜほかのチームはウチの戦術をマネようとしないのだろうか?

May 11, 2018

チョン・ミョンフン指揮東フィルの「フィデリオ」演奏会形式

●10日は東京オペラシティでチョン・ミョンフン指揮東フィルのベートーヴェン「フィデリオ」演奏会形式。今月は新国立劇場でも「フィデリオ」が上演されるので、初台駅のあっち側とこっち側で「フィデリオ」を聴くことができるという僥倖。東フィルはすでにBunkamuraとサントリーホールでも「フィデリオ」を演奏していて、これが3公演目。5月の東京は「フィデリオ」大強化月間なのだ。
●で、東フィルの「フィデリオ」だが、「フィデリオ」序曲ではなく「レオノーレ」序曲第3番で開始された。この序曲、あまりにも完璧な作品なので使わないのはもったいないし、かといって使うとそれ自体でドラマが完結してしまっていて浮いてしまうという悩み深い存在だが、これを冒頭に持ってくるとは。いきなりクライマックスみたいな開幕。20世紀巨匠風の雄渾なベートーヴェン。序曲の後、いったん指揮者が袖に帰って、そうだ、これは演奏会形式なのだと思い出す。以降、音楽のないセリフの部分を割愛してサクサクと進む。先日のパーヴォの「ウエスト・サイド・ストーリー」なんかもそうだったけど、あらかじめストーリーを知っていないとなにが起きているのか理解できないわけだが、演奏会形式とはそういうものといえばそういうものか。合唱は東京オペラシンガーズ。
●レオノーレにマヌエラ・ウール、ロッコにフランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ、ドン・ピツァロにルカ・ピサローニ。みんなすばらしいんだけど、2幕でフロレスタンのペーター・ザイフェルトが第一声を発声した瞬間にガラッと世界が変わった。みずみずしい美声でまだまだ声は若々しく、声量も表現力もずば抜けている。オーラすごすぎ。フィナーレではパワフルな合唱とオーケストラが高らかに勝利を告げて、圧倒的な高揚感。客席の盛り上がりぶりは大変なもので、盛大なブラボーとスタンディングオベーション。今年自分が足を運んだ公演では最高の熱狂度か。これは東フィルの東京オペラシティ定期シリーズの一環として開かれた公演なんだけど、東フィルのお客さんは若い人もかなり多い。あとなぜか外国人率がとても高い。
●で、ここからはベートーヴェンに苦情だ。あのさ、このオペラってゾンライトナーって人が台本を書いてるんだけど、作曲する前にどうしてこれにダメ出ししなかったのよ? おかしいでしょ、これ。オペラには奇妙な台本がいくらでもあるけど、そのなかでも「フィデリオ」は群を抜いてひどいと思う。男女の入れ替えとかは別にいいんすよ、それは様式だから。いちばんよくないのは、最大の山場であるはずのレオノーレが自分の正体を明かして、ドン・ピツァロからフロレスタンを守ろうとする緊迫の場面で、さあ、この窮地をいったいどうやって抜け出すのかなという劇的展開が期待されるところを、「正義の大臣、到着しました~」っていうのんびりしたトランペットひとつで解決してしまっているところ。19世紀にもなって、広げた風呂敷をデウス・エクス・マキナで畳まないでほしい。いくらテーマと主張が高邁であっても、そこに有効なプロットを肉付けしなかったら物語は成立しないんだと台本作家に言いたい。
●じゃあ、あの場面、どう展開すればいいのか。ドン・ピツァロがふたりとも殺してやろうとナイフを持ってレオノーレに襲いかかる。しかし、そこに飛び出たのがロッコだ。この物語で唯一善と悪の間で葛藤を見せる生きた人物がロッコ。ロッコは身を挺してレオノーレを守り、身代わりになって死ぬ。なぜそんなことをするのかと動揺するドン・ピツァロ。レオノーレはロッコの死体からナイフを抜く。そしてドン・ピツァロの心臓を一突き。レオノーレは言う。「これがレオノーレのキッスよ!」(←それは違うオペラだ)。
●でも、いくら台本の代案を考えても、ベートーヴェンの曲はだれも書けないんすよね。台本はいくらでも直せるけど、ベートーヴェンが曲をつけたらもうだれにも直せない。この音楽は神の領域。

May 10, 2018

「そしてミランダを殺す」(ピーター・スワンソン著/創元推理文庫)

●最近読んだミステリのなかでも、とりわけ感心したのが、ピーター・スワンソンの「そしてミランダを殺す」(創元推理文庫)。実に手際よく、鮮やかなページターナー。といっても、なにか驚くべきような大ネタがあるとか、重厚な読みごたえがあるというのではまったくない。むしろ逆。できのいい海外ドラマをカウチで寝そべって眺めているような気安さがあって、なにも身構えずに楽しめるのが吉。ぜんぜん話は似てないけど、たとえるなら「刑事コロンボ」の傑作回くらいの感じ。
●男が空港でたまたま会った美女と殺人計画を練るというのが事の発端で、男女4人の思惑が交錯して、女が浮気して、男も浮気を企んで……って、あれ、なんだか暗黒の「コジ・ファン・トゥッテ」みたいじゃないの。これってシンクロニシティ?
●話の閉じ方がうまい。絶妙。

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飯尾洋一(Yoichi Iio)

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