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March 19, 2024

マルク・ミンコフスキ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢の東京定期

●18日はサントリーホールでオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の東京定期。マルク・ミンコフスキ指揮によるベートーヴェンの交響曲第6番「田園」と第5番「運命」というプログラム。本来であればミンコフスキがOEK芸術監督を務めていた2020年のベートーヴェン・イヤーに行われるはずだったベートーヴェン交響曲全曲シリーズが、コロナ禍により大幅に遅れ、つい先週、金沢での「第九」でようやく完結した。その特別編として、東京でも一公演のみ開かれることに。客席はぎっしり。
●OEKは室内オーケストラなので、編成はコンパクト。弦は10型で対向配置。ただしコントラバスは最後列に3名横並びになる方式。後半の「運命」ではコントラバスの隣にコントラファゴット。コンサートマスターはアビゲイル・ヤング。その隣に客員コンサートマスターを務めている元東響コンサートマスターの水谷晃。ミンコフスキのベートーヴェンはHIPなスタイルというよりは、OEKのスタイルをベースにさまざまなデザインを施しながら、熱風を巻き起こす。前半の「田園」はダンサブル。「運命」では指揮台にあがるやいなや棒を振り下ろして、運命の動機を激しく刻み込む。第1楽章、オーボエのカデンツァはぐっとテンポを落としてたっぷり朗々と。第3楽章からは怒涛の勢い。第4楽章では、冒頭の3音をぐっとタメてから猛然と畳みかける。提示部リピートありも吉(この曲でいちばんカッコいい場所だと思う)。燃焼度がきわめて高く、一回性を重んじた「荒ぶるベートーヴェン」で、客席はわいた。
●カーテンコールをなんどか繰り返した後、ミンコフスキから英語でメッセージがあり、能登地震の犠牲者に捧げるバッハ「G線上のアリア」。さらにその後、拍手が止まず、ミンコフスキのソロ・カーテンコールも。
●この日の開演時間は18時30分だった。前回のOEK東京定期もそうだったと思う。北陸新幹線の終電にぎりぎり間に合うということなのかな。うっかりまちがえやすいけど、終演が遅くならないのは正直ありがたい。帰り道の気分がぜんぜんちがう。気持ちに余裕ができるというか。

March 18, 2024

東京文化会館2024年度主催事業ラインアップ記者発表会

東京文化会館2024年度主催事業ラインアップ記者発表会 野平一郎
●15日は東京文化会館2024年度主催事業ラインアップ記者発表会へ。会場は東京文化会館大会議室で、同館音楽監督の野平一郎(写真)、副館長の猪俣聖人、事業企画課長の梶奈生子の各氏が登壇。多彩な主催事業ラインアップが発表された。シューベルトの歌曲集をオペラに仕立てた歌劇「シューベルト 水車屋の美しい娘」、東京音楽コンクール(弦楽・金管・声楽の3部門)、「夏休み子ども音楽会」「シアター・デビュー・プログラム」等々、盛りだくさんの企画が並んだが、目玉となるのは11月下旬から12月にかけての野平一郎プロデュース「フェスティヴァル・ランタンポレル」(ランタンポレル=時代を超えて)。フランスのニームで開催されるレ・ヴォルク音楽祭、およびIRCAMと連携して、現代音楽も古典も楽しめる公演が同館小ホールで開催される。狙いとしては、現代音楽ファンのためだけの企画とはせずに、一般の人にも興味を持ってもらえるようなものを目指すという。
●で、今回はベートーヴェン&フィリップ・マヌリ、シューベルト&ラッヘンマンという組合せで、それぞれピアノ・リサイタルと室内楽公演が開催される。ピアノ・リサイタルは阪田知樹がベートーヴェン&マヌリ、務川慧悟がシューベルト&ラッヘンマンを演奏する。ベートーヴェンとシューベルトはフォルテピアノで演奏するのだとか。室内楽ではレ・ヴォルク弦楽三重奏団他が出演。このベートーヴェン&フィリップ・マヌリ、シューベルト&ラッヘンマンといったように古典と現代を組合わせるアイディアはレ・ヴォルク音楽祭に由来するそう。同音楽祭のプレジデントはレ・シエクルの創設者ロトで、芸術監督はその夫人のキャロル・ロト・ドファン(レ・シエクルのヴィオラ奏者)。
●IRCAMとの連携で行われるのはIRCAMシネマ「狂った一日」~ポンピドゥーセンターと歴史的無声映画のコラボレーション~。衣笠貞之助監督の無声映画をIRCAMと平野真由による電子音楽とともに上映する。
●各公演の詳細は東京文化会館情報誌「音脈」(PDF)を参照。
●余談だけど、シューベルトの歌曲集をオペラ仕立てにするという歌劇「水車屋の美しい娘」なんだけど、この題名は明示的に「美しいのは娘である」と言っている。一般的な訳題の「美しい水車屋の娘」だと、「美しいのは水車屋なのか娘なのか」問題が発生するわけで、修行の旅に出た若者がせっかく水車屋にたどり着いてみたら美しいのは水車屋であって、娘のことではなかったというアクシデントに直面する可能性がある。そうなった場合、旅人も気の毒だし、娘のほうも気まずい。その点、「水車屋の美しい娘」であれば、まちがいは起きない。美しいのは娘だ。安心である。

March 15, 2024

オメル・メイール・ヴェルバー指揮ウィーン交響楽団のベートーヴェン

●14日はサントリーホールでオメル・メイール・ヴェルバー指揮ウィーン交響楽団。売り出し中の指揮者、ヴェルバーを初めて聴く。長身痩躯で全身を使ったダイナミックな指揮ぶり。プログラムはベートーヴェンの交響曲第8番と第7番という、ど真ん中のストレート。ウィーン交響楽団は温かみのある大らかなサウンドで、懐かしさを覚える。シャープではなく、柔らかい。20世紀の伝統に即したベートーヴェンをベースとして、そこにヴェルバーが強弱やテンポの変化をもたらして細部に意匠をこらす。前へ前へと猛進するベートーヴェンで、とくに第7番は精力的。意表を突かれたのは第1楽章がおわって、そのままアタッカで第2楽章につなげた場面。これは珍しいパターン。他の楽章では普通に間を取っていた。
●かなり短いプログラムだったが、アンコールが2曲も。まずはヨハン・シュトラウス2世&ヨーゼフ・シュトラウス合作の「ピッツィカート・ポルカ」、続いてトロンボーン奏者たちが袖から出てきてブラームスのハンガリー舞曲第5番。どちらも緩急自在、開放的な気分でしめくくった。
●客席には大勢の小学生から高校生の姿。詳細は知らないのだが、若者向け鑑賞プログラムの対象になっていたようで、かつてないほど客席の平均年齢が若かった。開演前、もしかしたら客席がざわつくかなと思ったが、実際にはその逆で完璧に静か。みんなびっくりするほど行儀がよく、曲が終わると大喝采。拍手の立ち上がりに十代ならではのキレを感じる。気のせいだろうか。
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●宣伝を。ONTOMOの連載「おとぎの国のクラシック」第9話「乙女戦争」が公開中。今回はスメタナの連作交響詩「わが祖国」の「シャールカ」について。交響詩「シャールカ」がどんな場面を描写しているかは曲目解説などで目にすると思うが、その前後の物語、なぜ女と男が戦争をすることになったのか、そしてこの戦争はどう決着したのかを書いている。ご笑覧ください。

March 14, 2024

アンドレア・バッティストーニ指揮東京フィルの「カルミナ・ブラーナ」

●13日は東京オペラシティでアンドレア・バッティストーニ指揮東京フィル。前半にレスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア」第2組曲、後半にオルフの「カルミナ・ブラーナ」(ソプラノにヴィットリアーナ・デ・アミーチス、カウンターテナーに彌勒忠史、バリトンにミケーレ・パッティ、新国立劇場合唱団、世田谷ジュニア合唱団)。レスピーギとオルフによる20世紀の温故知新プロだが、両曲ともに歴史的関心以上にエンタテインメント色が強いのが吉。前半のレスピーギは第3組曲が有名だが、第2組曲を聴けたのは貴重。管楽器も含む編成で華やか。
●後半の「カルミナ・ブラーナ」はスペクタクル。どう考えてもバッティストーニにぴったりの作品で熱血名演は必至。事実熱い演奏ではあったのだが、少し予想とは方向性が違っていて、マッシブというよりはシャープ、重厚というよりは鋭敏な「カルミナ・ブラーナ」。合唱はバルコニー席中央に児童合唱が並び、左右のサイドにそれぞれ女声と男声を配置。児童合唱の出番は少ないので、もっぱら合唱は左右に偏って聞こえる形に。量で押すのではなく、機動性のある合唱。春風に乗って左右に体を揺らす演出も。独唱陣は三者三様の味わい。彌勒さんは「白鳥丸焼きソング」で隠し持った白鳥のぬいぐるみを取り出してきて、表情豊かに歌う。この白鳥は何年か前にも見たことがあるんだけど、やっぱりおもしろいし、こういうノリが似合う作品だと思う。ソプラノは可憐。バッティストーニのエネルギッシュな指揮のもと、「ブランツィフロールとヘレナ」で壮麗なクライマックスが築かれ、最後に「おお、運命の女神よ」が戻ってくる。この瞬間はやはり鳥肌もの。
●字幕はなく対訳配布。客席ではぎりぎり読めるかどうかの照度だけど、若い人なら難なく読めるかも。逐一は読まないにせよ、あると助かる。
●客席が若い。もちろんベテランも多いのだが、十代、二十代がぜんぜん珍しくない。東フィルだからなのか、オペラシティだからなのか。全般に客席がシャキッとしている。

March 13, 2024

ここまでのマリノス、JリーグとACLで合計5試合

●さて、Jリーグは第3節が終了したところだが、アジアチャンピオンズリーグ(ACL)も並行して戦うマリノスはすでに今季5試合を戦っている。ここまでを振り返って感じるのは、なにより選手層の薄さ、そしてハリー・キューウェル新監督の指導力が未知数だということ。Jリーグでは開幕戦こそ昇格組のヴェルディに勝利したが、続く福岡戦はホームで負けてしまった。現状ではとてもJ1で上位を狙えそうにない感じ。この2、3年でマリノスから抜けた選手たちを集めたら、すごい強豪チームを作れそう。
●で、一週間前、ACLで山東泰山 1-2 マリノスという試合があったのだが、これが本当にひどかった。いや、マリノスは奮闘したのだが、山東泰山の選手たちがラフプレイを連発。レッドカードが一枚も出なかったのが信じられない。それなのに試合後、山東泰山の監督は主審の判定を痛烈に非難していたのだからたまらない。「アジアの戦い」は代表もクラブチームも同じ。今晩、マリノスはホームで山東泰山と第2戦を行って決着をつけるのだが、どうなることやら。
●ところで先日書店でとてつもない本を見かけた。「ジダン研究」(陣野俊史著/カンゼン)という一冊なのだが、なんと、816ページもある鈍器本なのだ。ジダンについて、これだけ書けるのか。重量だけでまずはなにかを語っている。ひとりの天才について綴った鈍器本という意味で、「わが友、シューベルト」(堀朋平著/アルテスパブリッシング、648ページ)と並べてみたい誘惑にかられる。

March 12, 2024

The Real Chopin × 18世紀オーケストラ

アヴデーエワと18世紀オーケストラ

●11日は東京オペラシティで18世紀オーケストラ。「The Real Chopin × 18世紀オーケストラ」と銘打ち、ユリアンナ・アヴデーエワ、トマシュ・リッテル、川口成彦の3人がフォルテピアノでショパンを演奏する。アヴデーエワは2010年のショパン・コンクール優勝者、トマシュ・リッテルと川口成彦は2018年の第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールの1位と2位。楽器はプレイエル(1843)。昨日と本日の2日間にわたって開催されるが、初日のみ足を運ぶことに。
●プログラムは前半にモーツァルトの交響曲第40番、藤倉大のBridging Realms for fortepiano(川口成彦)、ショパンの「ポーランドの歌による幻想曲」(川口成彦)、演奏会用ロンド「クラコヴィアク」(リッテル)、後半にピアノ協奏曲第1番(アヴデーエワ)。最初に交響曲が入っている分、長めの大盛りプログラム。モーツァルトは立奏。指揮者は置かず。ピアノはオーケストラに囲まれて客席にまっすぐ顔を向ける方向で配置。要所でコンサートマスター、ときにはソリストが拍子を取る。同じ楽器であるが三者三様のショパン。前半の初期作品はモダン楽器でもほとんど聴くチャンスがなく、貴重な体験。こうして聴くと、ピアノ協奏曲に至る飛躍の大きさを感じずにはいられない。ふたりのフォルテピアノ奏者の演奏をもっと聴きたくなる。藤倉大のBridging Realmsは第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクールとKajimotoの共同委嘱作品で、今回が日本初演。たゆたうような反復的なパッセージから清爽な詩情が立ち昇る。続くショパンへの前奏としてもスムーズに機能する。川口さんにぴったりの曲だなとも感じる。
●アヴデーエワによるショパンのピアノ協奏曲第1番を聴くのはたぶんこれが3度目。最初はコンクール優勝直後のN響と、次はブリュッヘン指揮の18世紀オーケストラと。なので新味はないかと思いきや、堂々たる貫禄のショパンですこぶる雄弁。今まででいちばん好印象。最初に聴いたときはまるで学生みたいで頼りなげだったけど、いまやすっかり確信を持った弾きぶりで主導権を握る。ピリオド楽器で聴く協奏曲は、色彩感豊かで、なんの不足もなく自然。これが The Real Chopin だと言われたら、その通りなんだろうと思う。
●「本当のショパン」があるとすると、「ニセのショパン」もあるのだろうか。あるいはショパン本人が弾いたものだけが本物とか。いや、タイムトラベルしたショパン本人が弾いてくれても、現代のピアニストの演奏のほうがいいな、となる可能性もあるのか。

March 11, 2024

METライブビューイング ビゼー「カルメン」新演出

●8日は東劇のMETライブビューイングでビゼー「カルメン」。キャリー・クラックネルの新演出。舞台を現代アメリカに設定し、闘牛はロデオに、たばこ工場は軍需工場に置き換えられる。ロデオ・チャンピオンのエスカミーリョが登場すると、みんなスマホを手に寄ってきて一緒に自撮りする。読み替えは珍しいものではないが、細部で工夫が凝らされていて随所に感心させられた。たとえば第2幕冒頭。通常なら酒場の場面だけど、ここでは大型トラックの荷台のなかで、ホットパンツのカルメンたちが女たちだけで踊り出す。仕事の合間に退屈した女たちが自分たちの楽しみのために自然と踊り出した、みたいな雰囲気がよく出ている。クラブで踊ってる感じ。
●あとは第3幕、密輸団のいる山中にミカエラが登場する場面。ここで忽然とミカエラが現れると神出鬼没すぎて笑ってしまうのだが、このミカエラは手引きする男に連れられてやってきて、男にカネを渡す。だよなあ、そうじゃなきゃおかしいもの。4幕もいい。競技場の場面で、ちゃんとスタンドが組まれている。回り舞台を効果的に用いて、競技場の内側と外側を見せる。最後、ホセとカルメンの修羅場でヤバい雰囲気が高まってきたところで、一瞬、音楽の調子が変わったところで警備員が通りかかり、ふたりはなんでもないふりを装うところもいい。
●で、ここからはネタバレ気味なんだけど、演出上、大切なことなので書いておくけど、ホセが凶行に及ぶ場面。ナイフを取り出すと思うじゃないっすか。でも違うんすよ。あれはバットなんじゃないかな。カルメンが自分の身を守ろうとして、そこにあったバットを一本取り出して持つ。アメリカだったら、そこにバットがあってもおかしくないのかもしれない(知らんけど)。で、ホセがそれを奪う。で、カッとなって振り回して、バコンと音がして、カルメンが倒れ、絶命する。ホセは凶器を持参していなくて、衝動的に事に及んだわけだ。ワタシはこう思った。「そうそう、Jリーグでもそうだけど、いまどきのスタジアムはナイフや銃を持っていたら、入場口のセキュリティチェックを通過できない」。
●歌手陣について。カルメン役のアイグル・アクメトチナが見事。27歳だが若さが売りなのではなく、歌がいい。太くて豊かな声はまさにカルメン。ミカエラ役のエンジェル・ブルーも秀逸。ふつうならイラっとさせられる役柄なのだが、このミカエラは強くて元気なのが吉。それにしても名前が「エンジェル・ブルー」って、ミカエラを歌うために生まれてきたかのようだ。あと、3幕のカルタの歌がすごいと思った。フラスキータ(シドニー・マンカソーラ)とメルセデス(プリアナ・ハンター)にこれだけ歌える歌手が出てくる層の厚さに舌を巻く。女声陣に比べると、ピョートル・ベチャワのホセは成熟しすぎていて、カルメンといっしょにいると「娘に手を焼いているお父さん」感あるいは「パパ活」感が漂う。エスカミーリョ役はカイル・ケテルセン。指揮は東響などにも客演しているダニエレ・ルスティオーニ。切れ味鋭く明快、隅々まで光が当てられて健康的なサウンドを引き出す。

March 8, 2024

東京オペラシティアートギャラリー ガラスの器と静物画 山野アンダーソン陽子と18人の画家

ガラスの器と静物画 山野アンダーソン陽子と18人の画家
●東京オペラシティで演奏会があるときは、少し早めに行くと同じフロアのアートギャラリーに立ち寄ることができる。現在開催しているのは「ガラスの器と静物画 山野アンダーソン陽子と18人の画家」(1/17~3/24)。実際に足を運んだのはだいぶ前なんだけど、2回も見たのでメモっておく。

ガラスの器と静物画 山野アンダーソン陽子と18人の画家
●これはガラス作家の山野アンダーソン陽子によるアートブックを制作するプロジェクトで、山野が18人の画家に「描きたいと思うガラス」を言葉で提案してもらって、それに応じてガラスの器を制作する。で、そのガラスを画家が描き、さらに写真家が撮影し、デザイナーがアートブックにする。そんな多段階プロセスを展覧会にしている。最初、予備知識がなくいきなり見たので、なにをやっているのかわからず混乱してしまったのだが、意味がわかるとすごくおもしろい。「一粒で二度おいしい」というか「三度も四度もおいしい」というか。

ガラスの器と静物画 山野アンダーソン陽子と18人の画家
●たとえば、こんな感じにガラスが絵の題材になっている。ガラスっていうか、ネコとか、ほかにいっぱいいろいろあって情報量が多いが、絵のなかのガラスの実物がそこに展示してあるという立体感が吉。

ガラスの器と静物画 山野アンダーソン陽子と18人の画家
●ガラスが主役になっている作品もあれば、そうでもないものもある。これはどっちだ。なんだか魅かれる。

ガラスの器と静物画 山野アンダーソン陽子と18人の画家
●これはガラスを作ってもらわなくても描けたのでは? と、つい思いたくなってしまうが、きっとガラスがなかったらぜんぜん別の絵になっていたにちがいない。

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飯尾洋一(Yoichi Iio)

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