●ニッポン代表の次の試合は元日、国立競技場でタイ代表戦。なるほどなー、と思った。かつては元日の国立競技場といえば天皇杯の決勝戦。正月に試合をするのはサッカー選手の栄誉だったわけだけど、各種大会のスケジュールの都合から天皇杯決勝が前倒しされるようになった。代わりに代表の親善試合を行うのは妙案。1月中旬から始まるアジア・カップ2024カタール大会に向けたテストとして最適。
●といっても、お正月は代表ウィークではないので、欧州から呼べる選手は限定される。ドイツやフランス、ベルギー、オランダはウィンターブレークがあるので呼べるけど、イングランドやスペイン、ポルトガルは試合があるので呼べず。そこで欧州組とJリーグ組がブレンドされたメンバーに(選手一覧)。FC東京の野澤大志ブランドン、シントトロイデンの伊藤涼太郎が初選出。ほかに名古屋の森下龍矢、藤井陽也、広島の川村拓夢らも。
●ところで11月21日に行われたワールドカップ・アジア2次予選のシリア代表vsニッポンだが、結局、試合を見ていない。放映権でもめて、W杯予選という重要な試合でありながら、テレビ中継もネット中継もなかった。サウジアラビアでの中立地開催になり、結果はシリア0対5ニッポン。ゴールは久保、上田、上田、菅原由勢、細谷。報道によれば、放映権を持つUAEの代理店が億単位の金額をふっかけてきたところ、日本のテレビ局はどこも手を挙げず、ようやく試合直前になって金額を下げてきたものの、もはや実務的に間に合わず中継が実現しなかったということらしい。当初、日本時間で真夜中の試合だったが、先方は試合開始時刻を繰り上げて日本時間で23:45キックオフに変更したのに、それでも放映権は売れなかった。それはそうだろう、開始時刻を早めたところで平日の深夜だし、なにより金額設定が無茶苦茶なのだから。結局、UAEの代理店は放映権を売れず、日本のファンは試合を見れなかった。Win-Winではなく、Lose-Loseの決着。
●まあ、結果が大勝だったから言えるのだが、これでよかったのだろう。大事な試合だからどんなに高くても買わざるを得ないとなったら、金額は青天井になる。相場を無視すると交渉が決裂するという前例ができたのはいいこと。でも、もしこれが最終予選だったら? 場合によっては、それでも「買わない」という選択がありうるかもしれない。じゃあ、これがワールドカップ本大会だったら? 1998年フランス大会の放映権は6億円だったが、22年カタール大会は350億円だったとか。放映権が高騰して買えなくなったときが、サッカー人気の凋落の始まりだろう。
ニッポン代表、元日のタイ代表戦、中継のなかったW杯予選シリア戦
デンタル・ショパン
●2021年のショパン・コンクールの頃だったと思う。定期的に通っている近所の歯医者さんのBGMが、オール・ショパンになった。コンクールをきっかけに、先生がショパンにハマったのだろうか。その後、なんど足を運んでもいつもショパンが静かに流れている。歯を削ったり抜いたりするとなったら、全身硬直するほど緊張度マックスに力むものであるが(ならない?)、そんなときにショパンが流れていると少しは気持ちが休まるとか、そういうことなのであろうか。
●これはだれの演奏なのかとか、先生のお気に入りのピアニストはだれかとか、毎回、あれこれ気になるのだが、普通、歯医者さんで雑談をする余裕はない。そもそもたいていの場面で口を大きく開けているわけで、しゃべったところでモガモガとかしか言えない。先日、歯のクリーニングをしてもらったときも、やはりショパンだった。バラード第4番など。
●今、恐れているのは、ショパンを聴くと条件反射的に歯医者の椅子に座っている気分になるのではないかということ。
シルヴァン・カンブルラン指揮読響のヤナーチェク、リゲティ、ルトスワフスキ
●5日はサントリーホールでシルヴァン・カンブルラン指揮読響。20世紀東欧プログラムがすばらしく魅力的。前半にヤナーチェクのバラード「ヴァイオリン弾きの子供」、生誕100年を記念してリゲティのピアノ協奏曲(ピエール=ロラン・エマール)、後半にヤナーチェクの序曲「嫉妬」、ルトスワフスキの「管弦楽のための協奏曲」。
●ヤナーチェクの両曲はどちらも初めて聴いたが、とてもおもしろい。「ヴァイオリン弾きの子供」は題材となった詩の内容が怖すぎて書けないのだが(ドヴォルザーク「真昼の魔女」を少し連想する)、独奏ヴァイオリン(特別客演コンサートマスターの日下紗矢子)が父親であるヴァイオリン弾き役を担う。ツルゲーネフを着想源としたショーソン「詩曲」などと同様、「魔のヴァイオリン」もののひとつ。ヤナーチェクのもう一曲、序曲「嫉妬」は本来はオペラ「イェヌーファ」の序曲として書かれた作品なのだとか。それで納得。「イェヌーファ」もとてつもなく恐ろしい話で(新国立劇場での上演を思い出す)、そこには「ヴァイオリン弾きの子供」と共通するあるテーマがある(それは作曲者ヤナーチェクの実人生にもつながってくるわけだが……)。それにしても、どうしてヤナーチェクはこんなに立派な序曲を書いておきながら、「イェヌーファ」の序曲に採用しなかったのだろう。結局「イェヌーファ」の冒頭部分の音楽はどうなってたんだっけ? 思い出せないので帰宅してから録音で確認してみたが、うんと簡潔な前奏曲が付いていた。序曲で完結したドラマを聴かせるよりも、早く本題に入ったほうが得策、ということなのだろうか。20世紀作品として当然の判断といえばそうなのだろうが、宙に浮いた序曲「嫉妬」がもったいない。
●リゲティのピアノ協奏曲ではピエール=ロラン・エマールが明快鮮烈なソロで作曲者記念の年を飾る。この曲、リズムや旋法に仕掛けがあって、錯綜した幾何学模様みたいなおもしろさがある。というか、わりと最近も聴いたっけ? サントリーホールのサマーフェスティバルかな。演奏後、客席は大いにわきあがり、エマールのアンコール。リゲティの「ムジカ・リチェルカータ」第7曲を演奏。さらに勢いがついて、第8曲も。お得。エマールのピアノは清冽ですっきりとキレイに洗われているが、音色表現も多彩で決して色落ちしない、さすがエマールの洗浄力(←このギャグ、何度目だ?)。
●最後のルトスワフスキ「管弦楽のための協奏曲」、今日のプログラムでこの曲だけは自分は苦手なのだが、雄弁な演奏で、客席は大喝采。カンブルランのソロ・カーテンコールに。やはりカンブルランと読響のコンビは楽しい。
東京ヴェルディ、16年ぶりのJ1昇格
●J1昇格プレーオフは結局、東京ヴェルディが勝ち抜いて16年ぶりのJ1昇格を果たした。プレーオフ決勝がヴェルディ対清水エスパルス戦で、ともにJリーグスタート時からの「オリジナル10」同士の対戦。国立競技場に5万3千人もの観客を集めたそう。その日、別の用事でたまたま千駄ヶ谷に出たら、駅から続々とサポーターたちが出てくるのが見えた。本来、順位はリーグ戦ですでに決まっているのだから、昇格プレーオフなど邪道だと思っていたが(リーグ戦の3位から6位で1枠を争う)、J2同士の対戦でこれだけ人を集めるとなったら、そうも言ってられない。
●これで来季J1に昇格するのは町田ゼルビア、ジュビロ磐田、東京ヴェルディの3チームに。なんと、東京都から2チームも上がることになった(町田が東京都なのか神奈川県なのかは議論のあるところではあるが)。つまりJ1にはFC東京、町田ゼルビア、東京ヴェルディと東京勢が一気に3チームになった。でも、東京といっても全部、多摩以西のチームばかりなんすよね。FC東京もヴェルディも同じ味スタだし。こうなってくると、国立競技場をホームとするチームがないことが、不自然なくらいの東京空洞化を招いている気もする。
●今のヴェルディの熱いサポーターたちを見ていると、東京におけるFC東京とヴェルディの立ち位置もすっかり変わったというか、ある意味、逆転したと感じる。東京におけるビッグクラブがFC東京で、ヴェルディは次々といい選手を育てるけどすぐに他クラブに取られてしまう育成型クラブ。そんな育成型クラブが結果も出して上に勝ちあがったところに夢がある。
ファビオ・ルイージ指揮NHK交響楽団のベルリオーズ
●2日はNHKホールでファビオ・ルイージ指揮N響。C定期なので開演は19時30分と遅い。開演前の室内楽があるのだが、そちらは都合が合わず断念。プログラムは休憩なしでフンパーディンクのオペラ「ヘンゼルとグレーテル」前奏曲とベルリオーズの「幻想交響曲」。
●「幻想交響曲」、超名曲だけどなかなか実演では名演に巡り合えないな……と思っていたのだが、この日は会心の一撃。オーケストラからすごい音が出ていた。緻密さ、解像度の高さ、柔らかくきめの細かい弦楽器の音色。本当にワールドクラスの音で、ここまで細部まで彫琢された「幻想」を聴いてしまうと、並の演奏では満足できなくなってしまいそう。作品イメージからするとずいぶん端正な演奏だなとは思ったけど、第4楽章、第5楽章は熱のこもったスリリングな演奏に。客席はルイージにしては空席も目立ったのだが、終演後の喝采は盛大。
●今年もNHKホール前の通りで「青の洞窟」が開催中。青色LED開発の偉業に思いを馳せる季節がやってきた。
佐藤晴真 チェロ・リサイタル ベートーヴェン、シューマン、バッハ
●30日は紀尾井ホールで佐藤晴真チェロ・リサイタル。佐藤晴真は2019年ミュンヘン国際音楽コンクールの優勝者。これまでに協奏曲等でなんどか聴いているが、リサイタルに足を運んだのは初めて。ピアノは佐藤卓史。佐藤デュオだ。プログラムは前半がベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番イ長調、シューマンの幻想小曲集op73、後半がバッハのヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ第3番ト短調、ベートーヴェンのチェロ・ソナタ第5番ニ長調。直球ど真ん中のドイツ音楽プロ。理想的なサイズと音響のホールで、のびやかで温かみのあるチェロの音色を堪能。端正な造形と、みずみずしく自然な音楽の流れが魅力。前半のイ長調/イ短調プロもよかったが、後半がより印象に残った。バッハはモダンなスタイルで潤い豊か。最後のベートーヴェンのチェロ・ソナタ第5番は一段とスケールの大きな音楽になって、荘厳。終楽章のフーガが圧巻だった。ピアノ・ソナタや弦楽四重奏曲と同じようにベートーヴェン後期特有の玄妙な世界がチェリストにも用意されているという幸運。
●アンコールはシューマンの「献呈」。最後は開放的な気分で終わる。アンコール前のトークで、ピアニストを紹介する際に「同じ佐藤ですけど兄弟ではありません」と話して、客席に笑いが漏れた。それで思い出したんだけど、前にヴァイオリンの佐藤俊介と佐藤卓史のデュオがあったと思うんすよ。ほかにも佐藤姓の音楽家はいっぱいいるから、佐藤さんだけでオーケストラを組めないだろうか。指揮は佐藤正浩で。オーケストラの名前はサトウ・キネン・オーケストラ。
東京国立近代美術館「棟方志功展」とベートーヴェン
●東京国立近代美術館の「生誕120年 棟方志功展 メイキング・オブ・ムナカタ」へ(~12/3)。代表的な板画作品から初期の油画や、倭画、本の装幀、包装紙のデザインなど、思った以上に作風が幅広い。大作もあり、迫力満点。上は東北地方の民間信仰「オシラ様」を描いた「飛神の柵」(とびがみのさく)(1968)。
●日本的な題材も西洋的な題材もあって縦横無尽といった感だが、音楽関連でいうとベートーヴェンをテーマにした作品がいくつか。ひとつは上の「歓喜頌」(1952)。「第九」の「歓喜の歌」を題材とした大作で、遠目にはウネウネとした模様だが、近くで見れば裸婦群像だとわかる。本来は六曲一双の作品で、左隻は紛失し右隻のみが残っているのだとか。左隻にはなにが描いてあったんでしょね。
●こちらは「運命頌」(1950)。制作段階からベートーヴェンの交響曲第5番「運命」をテーマにすることが決められていた。大きいので左上の部分を中心に。四対からなるのは第1楽章から第4楽章に対応しているのだろうか。とてもパワフル。各図に彫られているテキストはニーチェの「ツァラトゥストラ」冒頭の文章なのだそう。
●「歓喜自板像・第九としてもの柵」(1963/1974摺)。シリアスなトーンの前2作とはちがって、こちらはカラフルでなんとも楽しそうな図。棟方は制作時に「歓喜の歌」をよく口ずさんでいたという。ご機嫌なムードが吉。「第九」って最後はこんな感じで終わる曲だよなー、と納得させられる。
●おまけ。「頼まれれば気軽に引き受けた」という包装紙や紙バッグのデザイン。「ああ、これね」ってなる。
来日オーケストラ・ラッシュ、ヴァンフォーレ甲府の奮闘
●今月はとてつもない来日オーケストラ・ラッシュでウィーン・フィルとベルリン・フィルが同時に来日していたうえに、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、マーラー・チェンバー・オーケストラ、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団といったトップオーケストラの公演もあって、すごいことになっていた。こんなに円安なのに来日ラッシュが実現するのは不思議な感じがする。詳しいことは知らないのだが、契約と公演にはタイムラグがあるだろうから、円安が効いてくるのはもう少し先で、今月の来日ラッシュはコロナ禍の反動だったのだろうか。
●ちなみに今日、11月29日、国立競技場でアジア・チャンピオンズ・リーグ(ACL)のヴァンフォーレ甲府vsメルボルン・シティFCが開催される。諸般の事情があり、甲府の試合なのに国立競技場での開催。チケット代はかなり安価に設定されている。そもそも甲府はJ2のチームなのだが、昨季、大番狂わせで天皇杯を制してACLへの出場権を獲得した。たとえ2部リーグのチームであっても勝ち続ければ、国際試合に出場できるし、可能性の上ではアジアのチャンピオンにだってなりうる。フットボールの夢だ。
●ただ、現実には予算のない甲府がアジアの戦いをするのは大変で、ただでさえキツいのに円安で遠征費も膨れ上がっているのだろう。Sportivaの記事によれば、アウェイの試合でビジネスクラスの航空券が買えない。アウェイのメルボルン・シティ戦では、メルボルン往復のビジネス航空券の値段を聞いた瞬間に諦めたという。それでエコノミークラスの団体券を買ったというのだが、一般人の旅行とちがって、試合に出るメンバーを購入時に確定することができない。エコノミーでは搭乗者の変更ができないため、ACLの登録選手の全員分の券を買っておいて、直前に遠征メンバーが決まってから15人分をキャンセル料を払ってキャンセルしたとか。それで豪州の強豪相手に0対0で大善戦して帰ってきたのだ。すごすぎる。
●そんな甲府が国立競技場をホームとしてメルボルンを迎え撃つ。これは現地で観戦すべきでは。甲府の大奮闘に感激したワタシは、もうずっと前からスケジュール帳の11月29日の夜に「国立競技場」と書き入れてあった。だが、予定を書いたのは秋だった。それからあっという間に寒くなった。天気予報の予想気温を見て、やっぱりDAZNでいいじゃないのと思っている軟弱者がここにいる。