January 28, 2020

録音をなにで聴いているのか問題

●以前は「録音で音楽を聴く」といえば、シンプルにCDプレーヤー(等のプレーヤー)とアンプとスピーカーがあればよかった。もっと簡便にはミニコンポやラジカセという手も。でも今はいろんなスタイルがある。自分は音楽配信時代になってから、PCとオーディオ機器をUSB-DACで結んで、CDもストリーミングも同じ機器で聴く、というスタイルになった。今後はこれが基本形になってくんだろうなと漠然と思ってたけど、よく考えたらPCの存在を前提にしているのって、今どきどうなんだろ。なぜそこにあるスマホを使わないのか。
●そんなわけで、他人がどんな方法でクラシックの録音を聴いているのか、さっぱりわからなくなってしまったので、これをテーマに対談取材をさせてもらったのが、ONTOMOの特集「クラ活」音楽配信とガジェットを語る会。飯田有抄さんと、ONTOMO編集部の川上哲朗さんに参加していただいた。目からウロコの連続。そして、自分以外のふたりが同じWALKMANを使っていたことに衝撃。そ、そこで重なるんだ!?

January 27, 2020

飯森範親指揮東京交響楽団のラッヘンマン、アイネム、リーム、シュトラウス

●25日はサントリーホールで飯森範親指揮東京交響楽団。とても攻めたプログラムで、前半にラッヘンマンの「マルシェ・ファタール」、アイネムの「ダントンの死」管弦楽組曲 op.6a(日本初演)、リームの「道、リュシール」(日本初演、ソプラノに角田祐子)、後半にリヒャルト・シュトラウスの「家庭交響曲」。冒頭にマエストロと角田さんが登場して、本日のプログラムについてラフなトークあり。本当はラッヘンマンの「マルシェ・ファタール」も日本初演のつもりだったが、カンブルランが西のほうのオーケストラでアンコールに演奏して先を越されたというお話(広島交響楽団のことみたい)。
●前半は破滅プロ。「マルシェ・ファタール」はラッヘンマンの名から想像するような特殊な奏法満載の曲ではなく、本当にその名の通りマーチ。諧謔的な喧噪が続き、やがて同じ場所を壊れたレコードのように(という比喩が死語!)なんども反復する。その間、指揮者は客席に降りてくるなどの演出付き。最後にオチが付いて笑い。直前のトークのネタバレ感がなければもっとウケたはず。曲名は日本語にしづらいところではあるか。PCでのfatal error 致命的なエラーを連想するか、ファム・ファタールを連想するか。でも続く曲を聴くと、「破滅への行進」という文脈が浮かんでくる。アイネムの「ダントンの死」とリームの「道、リュシール」は続けて演奏され、どちらも共通の題材を扱っていて、フランス革命の立役者ダントンの処刑、そしてダントン派のデムーランの処刑を目にしたその妻リュシールの絶望が描かれる。最初にラッヘンマンを聴いた後だと、続く両曲が真摯な曲であるにもかかわらず、どこかパロディ的に聞こえてくるのがおもしろい。
●後半はぐっと日常的な題材になって夫婦や親子の日々の生活を描いた「家庭交響曲」。「ベルサイユのばら」を見てたら次に「サザエさん」が始まったみたいな流れ。この曲、何年か前にも同じコンビで演奏してなかったっけ。たしかマエストロ飯森の「家庭交響曲生オケ付き楽曲解説トーク」があって、「これがリヒャルトで、このテーマが妻パウリーネ、ここは息子のフランツ……」と実際に音を出して説明してくれたような。でもなんど聴いても、この曲は楽しい。なにがスゴいかって、そういった標題性抜きに、なんにも知らずに音だけ聴いても、壮麗なスペクタクルとして堪能できるところ。威勢のよい「家庭」。偶然だけど、同じ週に「英雄の生涯」(ルイージ&N響)も聴けて、「シュトラウスの自画像」シリーズができあがった。

January 24, 2020

エサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団&庄司紗矢香

東京芸術劇場前のグローバルリング
●23日は池袋の東京芸術劇場でエサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団。チェロのトゥルルス・モルクが肺炎のため来日中止になり、当初予定されていたサロネン自作のチェロ協奏曲が、シベリウスのヴァイオリン協奏曲に変更。ソリストは庄司紗矢香。前半はラヴェルの組曲「クープランの墓」と、そのシベリウスのヴァイオリン協奏曲。庄司紗矢香のソロにただただ圧倒される。鮮やかなテクニック、音色の豊麗さ、雄弁さ、説得力に満ちていて、おまけに音が驚くほど強くて太い。オーケストラがかなり鳴らしているのに、強靭な音がギュンギュンと客席まで飛んでくる。サロネンの自作曲が聴けなくなったのは残念だったが、まさか曲目変更でこんな名演に出会えるとは。ソリスト・アンコールにパガニーニの「うつろな心」による序奏と変奏曲より。これがまたすごい。あまりに滑らかで、微塵も難度を感じさせない。
●後半はストラヴィンスキーの「春の祭典」。この曲は以前、同じコンビでも聴いているが、断然今回のほうが突き刺さった。フィルハーモニア管弦楽団、公演ごとに波のあるオーケストラという印象だが、これはもうすっかり手の内に入ったレパートリーで、会心の一撃が出た感。パワフルで鮮度マックス、キレッキレのハルサイ。アクセルを踏みっぱなしでコーナーを走り抜けてゆくかのような快感(ゲーセン的なイメージで)。冒頭ファゴットソロの荒ぶる感、第1部「大地の踊り」の爆発的なクライマックス、第2部序奏のトランペットの極端なミュートなど、細部までデザインされた鋼のストラヴィンスキー。最近のオーケストラ公演ではいつもそうだが、ホールの反響板がオルガンを隠す形で降ろされていてステージ上の空間がコンパクトになっていて、轟音が空間を飽和させて窮屈に感じるほど。客席は大いに沸きあがったのだが、サロネンは3回くらいのカーテンコールでさっさとコンサートマスターを引き連れて退出して、解散を促すのが吉。すぐに客席の熱が冷めるはずもなく、サロネンのソロ・カーテンコールが2回あって、盛大なブラボー。テレビ収録あり。
●芸劇の地下で VRサウンド・ステージTokyo というイベントが開催されていた。これはサロネンとフィルハーモニア管弦楽団によるマーラーの交響曲第3番の終盤5分間を、VRヘッドセットとヘッドフォンを装着して、あたかもステージ上にいるかのように体験できるというもの。

January 23, 2020

ファビオ・ルイージ指揮NHK交響楽団のシュトラウス

●22日はサントリーホールでファビオ・ルイージ指揮NHK交響楽団。ウェーバーのオペラ「オイリアンテ」序曲、リヒャルト・シュトラウスの「4つの最後の歌」(クリスティーネ・オポライスのソプラノ)と交響詩「英雄の生涯」。コンサートマスターはライナー・キュッヒルで、キュッヒルの活躍の場がふんだんに用意されたプログラム。
●最近、コンサートの冒頭に序曲を置くパターンが減ってきているせいか、ウェーバーは久々な気がする。やはり名曲。そして、しみじみとした「4つの最後の歌」を艶やかなオポライスが歌う。豊麗なオーケストラのサウンドと歌唱が絶妙のバランスで溶け合う。「英雄の生涯」は聴きごたえ満点のスペクタクル。キュッヒルの存在感が半端ではない。N響の「英雄の生涯」はパーヴォとの精緻な演奏が記憶に新しいところだが、ルイージが率いるとパッションと推進力が前面に出てくる感。ルイージは指揮棒を持たず。後半は持つのかなと思っていたら、最後まで使わなかった。
●ルイージは読響で「英雄の生涯」を指揮したときもそうだったけど、終結部に一般的なバージョンを使わず、静かに消え入るように終わる初稿を用いていた。以前、ルイージが語っていたところによると、「人生を静かに振り返る老人の姿」が描かれるのだからこちらのほうがふさわしいのだとか。納得。同じように「後からより派手な終結部」が作られた例にバルトークの「管弦楽のための協奏曲」があるが、バルトークのほうは初稿だと損した感があるけど(なんだそりゃ)、シュトラウスのほうは初稿でもぜんぜん惜しくない。

January 22, 2020

Jリーグ新戦術レポート2019(西部謙司著/三栄書房)

●これは良書。「Jリーグ新戦術レポート2019」(西部謙司著/三栄書房)。現在のJリーグの戦術のトレンドがチームごとにコンパクトかつ明快にまとめられている。今季はもっとも急進的な戦術を採用するマリノスが優勝したとあって、戦術面で語るべきところの大きなシーズンだったと思う。マリノスのハイライン、ハイプレス、偽サイドバックの超攻撃的サッカーもさることながら、片野坂監督の大分やペトロヴィッチ監督の札幌など非常に多彩。ゴールキーパーにも足元がうまいタイプと、セーブ力を武器とする伝統的なタイプがいて、それぞれにチーム哲学が反映されていたと思う。
●マリノス以外で印象的だったのは大分。この本では「疑似カウンター」って名付けられていて、なるほど。大分もマリノスと同様に自陣深くでもパスをつないでボールを保持するのだが、狙いはマリノスとぜんぜん違う。ハイプレスをかけてくるチームがボールを奪おうと前がかりになったところで、キーパー高木から正確なキックで前線の藤本憲明(神戸に移籍)につないで、あたかもカウンターアタックのような攻撃を作り出す。「疑似カウンター」というか、「セルフカウンターアタック」というか。最初の対戦でマリノスはまんまと罠にはまった。
●あと、Jリーグで3-4-2-1(3-6-1)がこれだけ広まっていたのも軽い驚き。森保監督も好む布陣で、J1だと広島、大分、札幌、浦和、湘南が採用している(J2ではもっと多いかも)。これに3-5-2のガンバ大阪、神戸、松本を加えた8チームが3バック勢。だいぶ4バックと拮抗している。そう考えると森保監督が3バックを敷くのも無理はないのか。ただし上位5チームはすべて4バックだったことも見逃せない。
●現代のサッカーは、バックラインに相手フォワードがプレスをかけてくるのが前提になっているので、いかに後方から相手のプレスをかわしてビルドアップするか、という点でチームごとになんらかの工夫が必要になる。キーパーを含むバックラインから、中盤の選手に前を向かせるまでのプロセスで、どれだけオートマティズムを持ち込めるか、というのがゲームを支配する鍵。

January 21, 2020

十二月の十日(ジョージ・ソーンダーズ著/岸本佐知子訳/河出書房新社)

●ジョージ・ソーンダーズの新刊「十二月の十日」(岸本佐知子訳/河出書房新社)を読む。多様な奇想で彩られた短篇集なのだが、おおむね共通するのはダメ男たちのストーリーであること。貧乏だったり、賢さが足りなかったりする男たちが、ピンチに直面して悪戦苦闘する。印象的だったのは「センプリカ・ガール日記」。娘が誕生パーティで惨めな思いをしないように、経済的な苦境にある父親が駆けずり回って、一発逆転の華やかなパーティを開く。ところが……。一見普通の現代アメリカの光景のように思えて、読み進める内に庭に設置する「SG飾り」なるものの正体がわかって慄く。笑ったのは「スパイダーヘッドからの脱出」。人間モルモットになって感覚を増幅する薬を投与された若者たちを描く。
●全体に「トホホ」では済まされない、身につまされる話が多い。苦くて、切ない。同時に、多くは救いのある話でもある。孤独ないじめられっ子の少年と自ら命を絶とうとする男の奇妙な出会いを描いた表題作もそうだし、巻頭のモテない少年の「ビクトリー・ラン」や、暴力的衝動に突き動かされる孤独な帰還兵の「ホーム」もそう。ダメ男たちに訪れるささやかな栄光の瞬間、と言えるのか。

January 20, 2020

クリストフ・エッシェンバッハ指揮N響とツィモン・バルト

ブラームス●17日はNHKホールでクリストフ・エッシェンバッハ指揮NHK交響楽団。ブラームスのピアノ協奏曲第2番(ツィモン・バルト)とブラームス~シェーンベルク編のピアノ四重奏曲第1番のプログラム。「ほとんどピアノ付き交響曲」と「ピアノのないピアノ四重奏曲」という異形の傑作を並べたおもしろさ。
●前半はツィモン・バルト・ワールド全開で、まったく独自のブラームス。入念でスケールの大きな表現で、フレーズのひとつひとつに重々しく意味づけするような演奏。古風で大仰ともいえるのだが、冒頭のソロから説得力があってぐいぐいと引き込まれる。エッシェンバッハがかねてより共演を重ねているのも納得。ボディビルダー体形で最強音から最弱音までを自在に繰り出し、余裕で幅広いダイナミックレンジを実現。譜面あり、自分で譜めくり。エッシェンバッハもピアノにぴたりと寄り添い、前へ前へと進むのではなく、一歩一歩立ち止まって考えるような、そして鮮やかではなく鈍色のブラームスを描く。鬱々とした曇天のブラームスは絶品。曇り空を突き抜けて朗々と歌うチェロのソロは辻本玲さん、ホルンは福川さん。強力。
●シェーンベルクは、どうしてブラームスのピアノ四重奏曲第1番を選んだんだろうか。この曲が好きだというシェーンベルク本人の言葉も残っているけど、やっぱりあの強烈な終楽章を編曲したかったんだろうか。三管編成プラス多彩な打楽器を活用したド派手なハンガリー舞曲デラックス。前半とは対照的な開放的なフィナーレに客席はどっと沸いた。
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●アシュケナージが引退を発表。もう82歳だったとは。寂しい話題ではあるが、自ら引退すると決めて、それをウェブサイトで発表するというあり方はいいなと思う。大昔、モーツァルトのピアノ協奏曲(たしか第17番)の弾き振りを聴いて大感激したのを思い出す。

January 17, 2020

カタールU23対ニッポンU23@AFC U-23選手権 グループステージ

カタール●東京オリンピック男子サッカーの予選も兼ねたAFC U-23選手権が開催中。当欄では試合を追いかけていなかったが、ニッポンがグループステージで早々に敗退することになってしまったので、第3戦までを振り返っておこう。ここまで2敗1分。アジアの戦いでは近年まれに見る不調ぶりで、森保監督の解任論まで飛び出している模様。
●この大会、そもそもニッポンはなんのために参加しているのかという大きな疑問がある。東京オリンピックにはニッポンは開催国として出場できる。だったら、この大会、出なくてもいいのでは。そう言いたくもなるが、これはオリンピック委員会の大会ではなく、AFCのU-23選手権だから不参加というわけにはいかない。だから参加するんだけど、もちろんヨーロッパの選手は呼べない。例外的にスコットランドのハーツから食野が招集されているが、ほかに欧州組の五輪代表候補は8人ほどいる。加えて本大会でオーバーエイジを3人呼ぶとすれば、合わせてちょうど11人だ。ちなみに五輪はワールドカップと違って登録メンバーは18人のみ。となると、この大会のU23でオリンピックに出場できるのは何人いるだろう。なんだか、大人の事情だけでできあがったU23のチームっていう感じだ。
●これというのもFIFA(とAFC)の過密スケジュールのなかに、4年に1回、別団体主催の国際大会を無理やり突っ込んでいるからそうなるのであって、もう男子サッカーはオリンピックに参加しなくてもいいんじゃないだろうか。フルメンバーは無理だからU23という妥協点を見つけたはずが、妥協点としても機能していない。どうしてもやるならオリンピックはU17くらいの大会にしちゃうとか? いや、違うな。O35のマスターズ・サッカーにするのはどうか。中村俊輔やカズの雄姿が見られるぞ!
カタール対ニッポン戦は主審がひどすぎた。前半48分に田中碧が一発レッドで退場したが、VARで映像を確認できるのに、まさかそんな判定が出るとは。田中碧の足は先にしっかりとボールの上に乗っていた。ファウルですらあったかどうか。盛大に負け惜しみをすると、後半33分のカタールのPKだってかなり怪しい。だいたいカタールはアジア・チャンピオンで、フル代表のメンバーまで参加しているのに、一人少ないニッポン相手にようやく五分の戦いをして1対1で引き分けたわけで、この試合で頭を抱えるべきはカタール。11人と主審が力を合わせて、10人のニッポンとやっと引き分けた末に、オリンピック出場権を逃す始末。ニッポンは第1戦も第2戦も酷い戦いではあったが、この第3戦は胸を張っていい。
●それにしても森保監督は本大会でも3バックを採用するのだろうか。国内では3-6-1のチームがずいぶん増えているようだが、海外組にとってはなじみが薄いはず。

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飯尾洋一(Yoichi Iio)

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