May 25, 2022

佐渡裕「すみだ音楽大使」「新日本フィル・ミュージック・アドヴァイザー」就任記者発表会

●24日は午後イチで新日本フィルの記者会見、夕方からN響の記者会見、夜は読響の演奏会と「在京オーケストラ巡り」みたいな一日になった。ほんの少し前まで「記者会見はリモートでないと……」と思っていたのだが、世の中の雰囲気も変わって、会見はどちらもリアルのみ。今後、シンプルに元に戻るのか、それとも一歩進んで「ウチはメタバースでやります!」みたいなところが出てくるのか、どうなんでしょ。
佐渡裕「すみだ音楽大使」「新日本フィル・ミュージック・アドヴァイザー」就任記者発表会
●で、それぞれの内容は順次ご紹介することにして、本日は時系列で新日本フィルの記者会見から。会場はすみだトリフォニーホール。「すみだ音楽大使」「新日本フィル・ミュージック・アドヴァイザー」指揮者・佐渡裕就任記者発表会と題され、登壇は写真左より宮内義彦理事長、佐渡裕、山本亨墨田区長の各氏。佐渡さんは4月1日より「すみだ音楽大使」と新日本フィルの「ミュージック・アドヴァイザー」を務めており、2023年4月より音楽監督に就任する。また、これに伴い新日本フィルはシーズンの開始を9月から4月に変更、定期演奏会のラインナップも簡潔化し、「トリフォニーホール・シリーズ」「サントリーホール・シリーズ」「すみだクラシックへの扉」の3本立てに再編成された(以前の「トパーズ」とか「ジェイド」は、名前から中身が推測できなかったので、これは歓迎)。
●印象的だったのは「すみだ音楽大使」としての地元密着の姿勢。山本区長より、すみだトリフォニーホール開館25周年、新日本フィル創立50周年の節目を迎え、ポストコロナの墨田区で音楽が魅力ある街づくりを進める柱となる旨が述べられた。佐渡さんも自身が街に出かけることで、地域に根差していこうという意欲を打ち出す。「墨田区は大きな街だけど人情味があって親しみを感じる」「町内会単位でオーケストラを聴きに来てもらって、お店で『新日フィルすごいよね』と話題になることを目指したい」。「新日の監督になるって言ったらプロレスのほうとまちがえられた」のお約束ギャグも。
●佐渡さんにはなんといっても兵庫西宮のPACでゼロから作ったオーケストラを同一プログラムで3日間満席にできるまで育てた実績があるのが強み。まずはYouTubeで「すみだ佐渡さんぽ」第1弾を配信中(以下に貼り付け)。音楽監督としてのレパートリーの中心はハイドンからブルックナー、マーラーに至るまでの「ウィーン・ライン」が中心になるが、フランス音楽、武満徹などもとりあげたいと抱負が述べられた。



May 24, 2022

ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団のウォルトン「ベルシャザールの饗宴」他

レンブラント / ベルシャザールの饗宴
●21日はサントリーホールでジョナサン・ノット指揮東響。プログラムがすごい。シュトラウスの「ドン・ファン」、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第1番(ペーター・ヤブロンスキー)、ウォルトンの「ベルシャザールの饗宴」(バリトン:ジェームズ・アトキンソン、東響コーラス)。山に次ぐ山、山山山のハイテンションなサービス満点プロ。一曲目の豊麗な「ドン・ファン」からすでに最上級のスペクタクルなのだが、それに鮮烈なショスタコーヴィチが続き、その後で目玉のウォルトン。なんという凝縮度。
●で、「ベルシャザールの饗宴」だが、合唱団は市松配置ということもあってP席だけでは足りず、LA&RAブロックも使うワイド仕様。左右いっぱいに音像が広がるステレオ感をコンサートホールで体験できるとは。東響コーラスは暗譜。字幕なし。もうこれ以上はないというほど圧倒的な壮麗さ。サントリーホールの壁面に「メネ、メネ、テケル、ウパルシン」と書く指が見えてきそうなレベル。この曲でなにが歌われているか、一応は知っているわけだけど、いったん忘れて音楽だけ聴いていると、終曲の高揚感はジェダイが銀河帝国を倒したっていうくらいのインパクトで、「スター・ウォーズ」でいえばエピソード6でイウォーク族とC-3POが手を取り合って踊っている場面に匹敵する祝祭感がある。
●プログラムノートの「ベルシャザールの饗宴」曲目解説がオヤマダアツシさんの執筆だった。もともとは2020年4月に中止になった公演のために書かれていたもの。そういえば、この曲の存在は昔、オヤマダさんの文章で知ったのだった。

May 23, 2022

ファビオ・ルイージ指揮NHK交響楽団のモーツァルト&ベートーヴェン

東京芸術劇場
●20日は東京芸術劇場でファビオ・ルイージ指揮N響。この池袋Cプロは「休憩のない約60分~80分程度の公演」で19時30分開演と遅いのだが、実際には18時45分から「開演前の室内楽」が15分程度あるため、これを聴こうと思うと普通より開演が早い。しかも本編プログラムが序曲+協奏曲+交響曲の3点セットだったので、実質的にはたっぷり。お得。開演前の室内楽はモーツァルトのクラリネット五重奏曲より第1楽章。伊藤圭のクラリネット、白井篤、田中晶子のヴァイオリン、谷口真弓のヴィオラ、西山健一のチェロ。小さなN響といった趣。トークあり。この時間帯は客席への出入り自由で、リラックスした雰囲気で聴けるのが吉。
●で、本編はモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」序曲、ピアノ協奏曲第20番ニ短調(アレクサンドル・メルニコフ)、ベートーヴェンの交響曲第8番ヘ長調。メルニコフは冒頭、管弦楽のみの提示部から演奏に参加して、ソロが始まると自由奔放、独自のカデンツァなど表現意欲にあふれユニーク。これだけでも十分にびっくりだったが、アンコールに弾いたモーツァルトの幻想曲ニ短調はさらにエキセントリック。風変わりなアーティキュレーション、意外性のあるダイナミクス。うーん、モーツァルトを聴いているというよりはメルニコフを聴いているとしか……と思っていたら、コーダの途中で弾くのを止めてパッと立ち上がって、おしまい。この曲、おしまいの部分はモーツァルト本人が書いておらず、他人の補筆で演奏されるのが一般的だが、その補筆部分を演奏せずに止めたということなんだろう。勢いよく立ち上がったから即座に拍手が出たけど、事情のわからないお客さんは困惑したはずで、リサイタルならともかく協奏曲のアンコールでそれをやるとは。ニ短調でそろえる趣旨の選曲かもしれないが、ずいぶんトリッキー。
●ベートーヴェンの交響曲第8番は端正ながらも推進力にあふれた快演。ユーモアの要素も十分。ティンパニは見慣れない方が客演。オーケストラのサウンドがすこぶる美麗で、聴き惚れる。当初、芸劇とN響の組合せを奇妙に感じたけど、今やこのホールで聴くN響は本当に充実した響きを聴かせてくれる。といっても、芸劇は今シーズン限りなのだが。惜しい。

May 20, 2022

新国立劇場 グルック「オルフェオとエウリディーチェ」新制作

新国立劇場
●19日は新国立劇場でグルック「オルフェオとエウリディーチェ」新制作。勅使川原三郎の演出・振付・美術・衣裳・照明、劇場デビューとなる鈴木優人の指揮。ピットには東京フィル。登場人物の少ないオペラなので独唱は3人のみ。ローレンス・ザッゾのオルフェオ、ヴァルダ・ウィルソンのエウリディーチェ、三宅理恵のアモーレ。これにダンスが加わるのが今回の演出の特徴で、ダンサーは佐東利穂子、アレクサンドル・リアブコ、高橋慈生、佐藤静佳。特に前半の第1幕と第2幕はダンスの役割が非常に大きい。ダンス、歌唱、オーケストラ、見る角度によっていずれもが主役となりうるけど、やっぱりダンスあってのプロダクションなんだと思う。舞台はきわめて簡素。ポスターにもあしらわれているユリの花がモチーフ。
●ONTOMOの「神話と音楽Who's Who」でも書いたけど、本来、神話上のオルフェオとエウリディーチェは悲劇で終わるのに対して、グルックのオペラではアモーレがちゃぶ台を返してハッピーエンドで決着する。当時のオペラとしてはやむをえないにしても、現代人の感性からするとこれではドラマが壊れてしまう。で、そこは台本上しっかり書き込まれているので動かせないところではあるんだけど、それでも最後は含みを持たせる終わり方になっていた(と解釈した)。
●描写性に富み、雄弁なオーケストラが聴きもの。鈴木優人が珍しく指揮棒を持って登場。モダン・オーケストラながらも語り口豊かで古楽テイスト十分。
●この物語、神話だから許されるのかもしれないんだけど、落ち着かない話ではあるんすよね。男はちゃんと事情を理解しているんだけど、女は状況が飲み込めずに感情的にふるまって計画を台無しにする。客席でそわそわするパターンだ。METのマシュー・オーコインの新作が「エウリディーチェ」と題されていて、神話を妻の側の視点から描くって聞いたとき、「だよなあ」と思ったもの。でも、そっちはせっかくMETライブビューイングで上映してくれたのにタイミングが合わずに見損ねてしまったのだった……。

May 19, 2022

ふりかえれば「うえぱん」

うえぱん
●先日、上野駅の公園口に見慣れないパンダを見かけた。インスタに挙げたところ、これは「うえぱん」という上野駅のゆるキャラなんだとか。「ゆるペディア」の記述によれば、かなりのレアキャラ。一緒に写真を撮ってもらうべきだったか……。
●都合がつかず聴き逃したのだが、5月15日のジョナサン・ノット指揮東響の公演を「ニコ響」で視聴。こうしてアーカイブを聴けるのはありがたい。ブラームスの交響曲第3番が驚きの演奏で、一般的な解釈とはずいぶん違う。ノットは自在にテンポを動かしながら、いかにもその場で音楽を生み出している様子で、コンサートとはリハーサルの再現ではなく一回性の体験なのだと教えてくれる。この曲にイメージするほとばしる情熱や推進力、流麗さは影を潜め、過去をしみじみと追想するような音楽に。ときにテンポを落とし、先に進むのを拒むかのような様子に、ついチェリビダッケを連想。アンコールにマーラー「花の章」というのもびっくり。
●最近の美術展関連では東京オペラシティアートギャラリーの「篠田桃紅展」と東京国立近代美術館「没後50年 鏑木清方展」(こちらはもう終わったけど)に足を運んだのだが、写真が撮れなかったのでブログ向きではない感じ。

May 18, 2022

映画「シン・ウルトラマン」(樋口真嗣監督、庵野秀明脚本)

●これは余計な情報を目にする前に早く観たほうがいい案件では!? と、気がついて慌てて映画館で「シン・ウルトラマン」(樋口真嗣監督、庵野秀明脚本)を観てきた。自分はリアルタイムでは「帰りマン」世代なのだが、今どきの子供たちがポケモン図鑑を隅から隅まで読むのと同じように怪獣図鑑を眺め、日々スペシウム光線のポーズをとってきた人間なので、もちろん、熱い気持ちで鑑賞した。さすが「シン・ウルトラマン」。ぐっと来る瞬間はなんども訪れる。基本的に「ゴジラ」が「シン・ゴジラ」に再構築されたのと同じ方法論でウルトラマンが再構築されている。
●荒唐無稽な特撮怪獣シリーズをどう現代に甦らせるか。リアリズムを持ち込めばたちまち陳腐化するわけで、現代の技術を駆使しつつも、あくまで怪獣映画に徹している。「シン・ゴジラ」同様、政治家や官僚の姿も描かれ、一応、現代社会とつながる視点はあるわけだけど、あまりメッセージ性が前面に出ていないのは吉。これはウルトラマン。カラータイマーがなかったり、「シュワッチ!」を叫ばなかったりするというのは些細なことで、むしろ原典尊重への強いこだわりを感じさせる作りになっている。というか、原典が足枷になっているような気もしたほど。最後はあれで正しいのかもしれないけど、正直なところ、困惑した。そこに至る物語の肝心なところが描かれていなかったのでは、と。あと、「昭和のオッサン臭さ」が漂う場面は引っかかった。
●冒頭、次々と怪獣が現れ、それを自衛隊が処置してきたことが示される。あ、これって「エヴァンゲリオン」の使徒襲来じゃないの。と一瞬思ったけど、順番が逆で、「エヴァ」がウルトラマンの血脈を受け継いでいるのだった。
●いちばんすばらしいなと思ったのは、ウルトラマンの造形の美しさ。見惚れる。フォルム自体も美しいし、所作も美しい。スペシウム光線を発する姿勢や、重力感ゼロの飛翔ポーズも、最高度に洗練されている。

May 17, 2022

奇妙な試合、湘南ベルマーレvsマリノス J1リーグ第13節

●サッカーにはときどき内容と結果がちぐはぐな奇妙な試合があるが、週末のJ1、湘南ベルマーレvsマリノス戦がまさにそれだった。結果だけ見れば湘南 1対4 マリノス。ハイライト映像を見てもマリノスが快勝したとしか思えないが、中身はまるで逆。湘南の戦術がぴたりとはまって、開始早々から次々とチャンスの山を築き、シュートを打ちまくった。マリノスは防戦一方、キーパー高丘は大忙し。湘南は出足が鋭い。攻撃的なマリノスに対してラインを下げるのではなく、前線から精力的なプレスをかけ、ボールを奪うと効率的にシュートにつなげる。マリノスはポゼッションで上回っていたものの、消極的なパスが目立ち、思うようにビルドアップができない。これはポゼッション重視のチームが負ける典型的な展開で、前半だけでも10本以上シュートを打たれたと思う。
●にもかかわらず、マリノスは前半に水沼宏太と小池龍太のゴールで2点リード。さらに後半はアンデルソン・ロペスが3点目を奪い、アディショナルタイムにはレオ・セアラがゴール。やりたいサッカーをさせてもらえなかったのに、個の力で得点を積み重ねてしまった。湘南は質の高いチャンスをたくさん作っていたのに、シュートが決まらなかっただけ。湘南の山口智監督の戦術は完全に機能していたと思う。
●マリノスは中盤の藤田譲瑠チマが今まさにギュンギュンと成長中。シーズン前に扇原が神戸に移籍したのは痛かったが、ヴェルディ→徳島を経てやってきた藤田はその穴を埋める以上の活躍ぶり。まだ20歳とは思えない冷静さで、視野が広く、足元の精度も高い。遠からず代表に呼ばれるのでは。

May 16, 2022

METライブビューイング ヴェルディ「ドン・カルロス」新制作

●13日は東劇のMETライブビューイングでヴェルディの「ドン・カルロス」新制作。デイヴィッド・マクヴィカー演出による荘厳かつ重厚な舞台を味わう。全5幕、フランス語版で休憩を2回はさんで5時間近い長丁場。これだけの長さだと映画館とはいえ、かなり気合を入れて臨むことになる。愛、嫉妬、友情、王の孤独、旧教と新教の対立、宗教権力者の無慈悲さ、強権的社会vs民衆のための社会など、いろんなテーマが詰め込まれていて、ほとんどオペラというもののキャパシティを超えているんじゃないかという欲張り大作。幕間インタビューでも少し触れられていたが、時節柄、今だから切実さを感じられるテーマとも言えるし、逆にどんな時代にでもふさわしい普遍的なテーマとも言える。幕間にはウクライナ慈善コンサート映像の様子も。
●歌手陣はさすがのMETという強力布陣で、マシュー・ポレンザーニ(ドン・カルロス)、ソニア・ヨンチェヴァ(エリザベート)、ジェイミー・バートン(エボリ公女)、エリック・オーウェンズ(フィリップ2世)、エティエンヌ・デュピュイ(ロドリーグ)、ジョン・レリエ(大審問官)他。このオペラで人物像として唯一共感可能なのはフィリップ2世。残忍でもあり孤独でもある苦悩する権力者。エボリ公女はアイパッチを付けて登場。これは史実の裏付けがあるそうで、ここぞというところで外して傷痕をあらわにする演出がドラマティック。水戸黄門の印籠のよう。そしてエボリ公女って女ヴォータンだとも思った。権力と恋を好む。
●テーマのシリアスさに対して、リアリズムを欠くのがこのオペラでもある。第1幕は描かなくてもいい前史を描いている感は否めない。カルロスとエリザベートは出会いの場面で熱烈に高まり、すぐに結婚相手はカルロスの父親のほうだとわかって失望する。まあ、残念だとは思うけど、ついさっき初対面だった人なんだからさ。少なくとも男のほうは「ドンマイ、ドンマイ。さ、切り替えて行こうぜー」くらいで立ち直ってほしい気もする。いや、立ち直ったらそこでオペラは終わるんだけど。あと、最後の場面。あれはカルロスが夢想した幻と解して観るしかないのかなー。
●指揮はネゼ=セガンの代役としてパトリック・フラー。キレのある壮麗なサウンドをオーケストラから引き出していたのが吉。
●そうだ、東劇の椅子が新しくなっていたんすよ! 快適度アップ、これで長丁場も安心!?

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飯尾洋一(Yoichi Iio)

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