September 17, 2021

鈴木秀美指揮NHK交響楽団のバッハ父子、ハイドン

●16日はサントリーホールで鈴木秀美指揮N響。本来ならトン・コープマンの指揮が予定されていたのだが、やはり来日が叶わず、代役に鈴木秀美。結果的にこの代役は大成功だったのでは。鈴木雅明、鈴木優人に続いて鈴木ファミリー続々登場のN響。曲は大バッハの(管弦楽)組曲第3番、C.P.E.バッハのシンフォニア変ロ長調Wq182-2と同ニ長調Wq183-1、ハイドンの交響曲第98番。コンサートマスターに白井圭。一曲目のバッハからN響がNHKバロックアンサンブルに大変身。ピュアで澄んだ弦楽器の響き、明確なアクセントで祝祭性を際立たせるトランペット、舞踊性を感じさせるリズム。この後にエマヌエル・バッハのシンフォニア2曲を聴くと、これはキラッキラの未来の音楽だと感じる。踊りの要素は雲散霧消して、次に何が飛び出すかまったく予想不能の驚きの音楽。アグレッシブで切れ味鋭い。ナチュラルホルン使用。N響のフレキシビリティに感嘆。
●この日のプログラムは歴史をたどる旅で、エマヌエル・バッハの冒険が架け橋となって、ハイドンという成熟に到着するストーリーを体感できる。野心家の若者からオヤジギャグを連発する自信満々のオッサンに変貌するくらいの跳躍度。交響曲第98番は壮麗でエネルギッシュ。この曲の第2楽章を聴くと、ゴッド・セイブ・ザ・クイーン(そして試合前に一列に並ぶイングランド代表)を連想せずにはいられない。終楽章、最後はチェンバロ・ソロまで飛び出す終盤の執拗なサービス精神に、ノリノリの巨匠の姿を感じる。
●今月から新シーズンを迎え、N響の定期公演が再開。これまでも演奏会は開かれていたが、20/21シーズンは定期公演という形では中止になっていた。客席の雰囲気は半ばもとに戻りつつある。最初の楽員入場時の拍手はあった。

September 16, 2021

小石川後楽園 2021 疎

小石川後楽園 1
●ウイルス禍で一変したのが外国人観光客でにぎわっていた場所。昨年、新宿御苑のガラガラっぷりをお伝えしたが、今度は小石川後楽園へ。飯田橋、水道橋、後楽園いずれの駅からも徒歩で数分。中に入れば外界とは別世界の静かで落ち着いた大名庭園が広がっている。遠くに東京ドームとジェットコースターのレールが見えるミスマッチ感も吉。
小石川後楽園 2
●小石川後楽園は江戸時代の初期に水戸徳川家の祖である頼房が江戸の中屋敷の庭として作ったもの。二代藩主の光圀の代に完成し、作庭に際し中国趣味が取り入れられているのが特徴。作り込んだ庭園なので開放感はそれほどないのだが、ぜいたく感に浸れるのが魅力。
小石川後楽園 3
●最近はこういった風光明媚な庭園に来ると、スマホを取り出してポケモンGOに興じることにしている。大名気分でポケモン探しはすこぶる乙。かつて光圀もここでピカチュウをゲットしていたのかなあなどと想像すると、なんとも風情があって歴史ロマンに浸れる。

September 15, 2021

ヴィキングル・オラフソンの「モーツァルト&コンテンポラリーズ」

●ヴィキングル・オラフソンの最新アルバム「モーツァルト&コンテンポラリーズ」を聴いた。タイトルだけ見ると、モーツァルトと現代音楽を組み合わせたのかな?と誤解しそうになるが、そうではなく、「モーツァルトとその同時代の作品」という意味。モーツァルトのピアノ・ソナタ第14番ハ短調やロンド、アダージョなどの小品に、ガルッピ、チマローザ、C.P.E.バッハ、ハイドンの作品が加わっている。オラフソンのコンセプトは個々の作品をただ並列するのではなく、アルバム全体としてひとつの作品にするというもの。「編集」的な視点による再創造というか。オラフソン自身は「私の他のアルバムと同様、コラージュ作品」と言っている。
●で、特に目をひいたのはモーツァルトの幻想曲ニ短調 K.397。この曲は厳密には未完成の作品で、ニ長調のコーダの最後の10小節が他人による補筆だと知られている。でも、そのあたりは気にせずに、モーツァルトの作品として演奏されるのが一般的。この補筆がイマイチだと思う人は多いようで(内田光子の録音でも一工夫してあった)、オラフソンは失敗作と切り捨てている。で、短調のセクションで演奏を終わらせ、代わりにニ長調のロンド K.485をつなげて弾いている。他人の手が入ったニ長調のコーダをつなげるくらいなら、モーツァルト真作のニ長調をつなげたほうがいいだろうという発想で、おもしろい(先例があるのかどうかは知らない)。しかもこの幻想曲ニ短調に先立って置かれているのが、チマローザ~オラフソン編のソナタ第42番ニ短調。これはかなりオラフソンが原曲に手を入れているらしいのだが、モーツァルトの幻想曲ニ短調の序奏に同じ雰囲気でつながる趣向になっていて、トータルで3部作みたいな連なりができている。
●「モーツァルト&コンテンポラリーズ」と銘打っておいて、ガルッピの曲からスタートするのも味わい深い。




September 14, 2021

アーティゾン美術館 STEPS AHEAD展 新収蔵作品展示 その3

●(その1その2より続く)アーティゾン美術館STEPS AHEAD展の音楽関連作品として、前回はギュスターヴ・カイユボットの「ピアノを弾く若い男」とジーノ・セヴェリーニの「金管奏者(路上演奏者)」をとりあげた。引き続いて2作品をご紹介。
ジョゼフ・コーネル 「ペニー・アーケイド(ランナー・ワルツ)」
●まずは、ジョゼフ・コーネルの「ペニー・アーケイド(ランナー・ワルツ)」(1964-66頃、コラージュ)。このタイトルは謎めいている。ここでいうランナーとはウィンナ・ワルツの作曲家、ヨーゼフ・ランナーを指すのだとか。しかし、なぜこの絵柄でランナーなのか。モチーフとなっているのは星、人形、星座。星でワルツと来たら、まっさきに連想するのはヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「天体の音楽だ」だろう。それなのにヨーゼフ・ランナーとは。ヨーゼフ・ランナーに星を題材にした曲があればと思って軽く探したが、それらしいものは見つからず(ワルツ「宵の明星」があるが、この絵にそぐわない)。ペニー・アーケイドとはコインを投入して遊ぶゲームセンターのことだと思うが、1960年代なのでビデオゲーム以前のアナログなタイプのゲームや占いを置いた遊技場を指すのだろう。ひょっとすると、そこにジュークボックスみたいなものが置かれていて、ヨーゼフ・ランナーのワルツが聞こえてきたのだろうか?
カンディンスキー 「響き」
●こちらはカンディンスキーの「響き」(1913)。音をテーマとした挿絵入書籍で、詩と木版画で構成されている。新収蔵資料。目で見る音。絵画でも彫刻でもなく、本が展示されているというシチュエーションにグッとくる。ミュンヘンのビーバー社がしぶしぶ刊行したものなのだそうだが、出版から2年以上経っても販売部数は120部に満たなかったという。価格は知らないがロマンを感じる。
アーティゾン美術館 STEPS AHEAD展

September 13, 2021

山田和樹指揮日本フィルのショーソン&水野修孝

●10日はサントリーホールで山田和樹指揮日本フィル。プログラムはショーソンの交響曲変ロ長調と水野修孝の交響曲第4番という2曲。どちらも生で聴けるのは貴重な機会。あえてくくれば越境的横断的な交響曲2曲の組合せとでも。ショーソンはフランクそっくりに始まって、ワーグナーで終わる。もしも「トリスタン」以降のワーグナーが交響曲を書いたら?みたいなうねるロマンと官能性。終盤は「ジークフリート」や「神々の黄昏」を連想させずにはいられない。その一方でショーソンの確固たるオリジナリティも共存していて、フランクの交響曲に負けず劣らず傑作だと思う。めったに演奏されないのが不思議だ……と言いたいところだが、7月に川瀬賢太郎指揮神奈川フィルが演奏したばかりという奇遇。
●後半、水野修孝の交響曲第4番はぶっ飛んでいた。こちらはマーラーの延長にあるような後期ロマン派的スタイルから、思い切りベタな昭和ポップス(?)を経て、パロディ化されたディスコ・ミュージック調に至るという異色作で、もう痛快というほかない。最高にシャレているし、今日的だなと感じる。本当はなにも知らずに聴いていればもっと驚いたと思うのだが、つい事前に録音を聴いてしまいセルフネタバレしていたのであった……。作曲は2003年。なんと21世紀の交響曲だ。87歳の作曲者が臨席しているのがスゴい。もちろん、終演後は大喝采。拍手が鳴りやまず、山田和樹のソロ・カーテンコールへ(最近、自分が足を運ぶ公演はそういう公演ばかりなのだが)。これは作曲者への称賛も込めた拍手だろう。近年の山田和樹&日フィルのコンビではもっとも感銘を受けた公演。
●両曲ともすごく盛り上がるのだが、最後は静かに終わる。

September 10, 2021

デイヴィッド・レイランド指揮東京都交響楽団のシューマン他

●9日はサントリーホールでデイヴィッド・レイランド指揮都響。なじみのない指揮者だが、ベルギー出身でフランス国立メス管弦楽団とローザンヌ・シンフォニエッタの音楽監督を務める。都響初登場。プログラムはシューマンの「ゲノフェーファ」序曲、モーツァルトのピアノ協奏曲第24番(北村朋幹)、シューマンの交響曲第2番というハ短調/ハ長調プロ。弦楽器は対向配置。
●北村朋幹のモーツァルトは詩情豊か。弱音表現に持ち味がある人だと思うので、弦楽器はもっと小編成でもよかったかも。ピアノが埋もれがちで、本来ならもっと近距離で聴きたいタイプ。カデンツァは自作だろうか。なぜかピアノ椅子ではなく、オーケストラ椅子を三段重ねにして使用。アンコールは本日のシューマン・プロに寄せてか、シューマン「天使の主題による変奏曲」の主題部分。これは絶品。陰影豊かでニュアンスに富む。
●レイランドのシューマンは都響のサウンドと相まって非常に明快ですっきり。狂気寸前の鬱屈したロマンよりも、健全なダイナミズムにフォーカスした交響曲第2番。ドイツのオーケストラでも実績のある人なので、プロフィールから漠然とドイツ系の暗く深い音色を想像していたら、むしろ逆で、キレがあり、細身だが芯の強い音。清潔感がある。堪能。
●珍しく客席がガラガラだったのだが(一時期よくあった残響過剰な状態を久々に体験)、その分、熱心な聴衆が集まったのか拍手が鳴りやまず、指揮者のソロ・カーテンコールに。この曲ではやや意外。でも、シューマンの交響曲第2番は神がかった傑作だと改めて感じる。シューマンの交響曲、4曲どれも大傑作だけど、好きな順に挙げるなら2-4-1-3か、4-2-1-3か。ブラームスも同じように4曲書いてるけど、ブラームスだったら4-3-2-1か、4-2-3-1。なんだかサッカーのフォーメーションを書いているみたいだが。

September 9, 2021

東京ニューシティ管弦楽団からパシフィック フィルハーモニア東京へ。新音楽監督&新楽団名称発表記者会見


●8日は東京ニューシティ管弦楽団(旧称)の新音楽監督&新楽団名称発表記者会見。会場は東京芸術劇場だが、感染状況を考慮してYouTubeのライブ中継でリモート参加。登壇者は日野洋一理事長、飯森範親新音楽監督、齋藤正志楽団長、執行恒宏コンサートマスターの各氏。大きな話題は楽団名の変更。新楽団名は「パシフィックフィルハーモニア東京」。単なる名称変更にとどまらずリブランディングの狙いがあるということで、ロゴマークも新たにデザインされ、日野理事長より今後の方向性についても発表があった。飯森範親新音楽監督を迎え、東京の聴衆に愛され世界に誇れるオーケストラを目指すこと、アカデミーの設置、音楽を通じたコミュニティの形成という3つの方向性が掲げられた。
●執行コンサートマスター「昨年、飯森さんとの共演で3日間のリハーサルを通して音がどんどん変化するのを経験した」。齋藤楽団長「飯森さんが指揮することでオーケストラの音色が変わり、楽団員からの支持も高かった」。オーケストラの印象について飯森は「練習初日からみなさんがものすごく準備してくるので、高いレベルから始められる。メンバーとのディスカッションが自由にできる」と語る。
パシフィックフィルハーモニア東京 ロゴ
●こちらが新しいロゴ。「パシフィックフィルハーモニア東京」、略称で呼ぶなら「パシフィック・フィル」あるいは「パシフィル」だろうか。今、東京にはたくさんのプロオーケストラがあるわけだが、ほかとはっきり差別化できる名称になったのはよかったと思う(似た名前が多いので)。2022年度は9回の定期演奏会が予定され、その内の7回が東京芸術劇場、2回がサントリーホール。ほかに練馬文化センターで練馬定期も開かれる。さっそく新音楽監督のカラーが打ち出されており、日本初演作品としてメイソン・ベイツの「マザーシップ」、トーマス・アデスのピアノと管弦楽のための協奏曲(角野隼斗)、イェルク・ヴィトマンのヴァイオリン協奏曲第1番(神尾真由子)といった作品が挙がっていた。定期の指揮者陣は飯森のほか、園田隆一郎、鈴木秀美、ステファン・アズベリー、オーギュスタン・デュメイ、秋山和慶。全般に意欲的なプログラムが並んでいる印象を受けた。

September 8, 2021

中国vsニッポン代表@ワールドカップ2022カタール大会 アジア最終予選

中国代表●さて、ワールドカップ最終予選の第2戦は対中国代表。初戦、ホームでオマーン相手に完敗していきなり厳しい展開になったニッポン代表だが、第2戦はブラジルからの帰化選手を擁する中国が相手。これは本当に勝たないと苦しくなる試合。なにしろ、この後、ニッポンはサウジアラビア、オーストラリアと最強国と連戦しなければならない。救いなのは中国ホームの試合であるにもかかわらず、中立地カタールのドーハでの開催となったこと。ウイルス禍により中国が国際試合の開催を認めていないため。
●で、森保監督はメンバーを少しだけ変えてきた。といっても、ショック療法的な変更はなし。GK:権田-DF:室屋、吉田、冨安、長友(→佐々木翔)-MF:遠藤航、柴崎-伊東(→鎌田)、久保、古橋(→原口)-FW:大迫。前の試合ではフィジカルコンディションで大きな不利を感じたが、この日のニッポンは動きがよく、パススピードも速い。前半から一方的にボールを回す展開に。中国は早くからカタール入りしているのだが、初戦のオーストラリア戦に完敗。どういう戦い方をするかと思ったが、なんと、5バックで中央を固めてきた。中央を厚くするのはオマーンと同じだが、前からプレスをかけてこない点が決定的に違う。ニッポンはサイドの選手がほとんどフリーでボールを持てるという、近年のサッカーではめったに目にしない光景が出現。しかし、いくらサイドの選手がフリーでも、この中央の厚さではクロスを放り込んでもチャンスにはならない。パスをていねいに出し入れしながら相手のディフェンスをずらし、作ったスペースを突くという戦いになる。有効なシュートがなかなか打てないのだが、なにせ中国のカウンターがほとんど発動しないので、オマーン戦とは違って楽な展開ではある。
●前半40分、ようやくゴールが決まる。伊東が右サイドで一対一の勝負を仕掛け、スピードでワンシェンチャオを置き去りにして低いクロスを入れると、飛び込んできた大迫がワンタッチで合わせてゴール左に鮮やかに決めた。その直前、大迫は外すほうが難しいだろうというチャンスで失敗したばかり。簡単すぎると決まらないけど、難しいと決まるフォワードあるある。
●当然、後半になれば中国は戦い方を変えてくると思ったのだが、1点ビハインドでもやはり5バックで守ってくる。そして、後半17分に一気に3枚替え。4バックに変更し、エウケソンとアランの2トップに。中国のリティエ監督はここで攻撃のスイッチを入れる狙いだったのだろう。ようやく中国の攻撃が増えてノーマルな試合になった。できればニッポンはそこで追加点を取ってしまいたかったのだが、次第に前に出る力を失い、終盤は一手もまちがえられない詰将棋的なヒリヒリした展開に。中国は自陣からのフリーキックでもロングボールを前線に入れて、屈強な帰化選手を頼る。ニッポンはアディショナルタイムにキーパー権田が倒れ込むなど、中東ばりの時間の使い方も披露して、1点を守り切った。中国 0対1 ニッポン
●ニッポンでよかったのは伊東。サイドに攻撃力のある選手はほかにも何人かいるが、高速プレスで守備のスイッチを入れられるのが心強い。古橋はせっかくの先発機会だったがスペースがない試合では活きない。負傷退場。所属チームがないのに2戦連続で先発した長友は終盤に佐々木翔と交代。本当に左サイドバックは選手層が薄い。中国のエウケソンは体幹の強さがアジアレベルではなく脅威。ただ、ピークを過ぎた選手だとも感じる。中国の帰化選手戦略は期待したほどうまく行っていないのでは。遠からず今のエウケソンのレベルを凌ぐ若い中国人選手が台頭してくるだろう。そして、バーレーン人主審はまったく不安定で、国際試合の笛とは思えない。主審の判定ミスからは中国も日本も恩恵を受けていたと思うので、フェアといえばフェアなのだが、これでは選手側にプレイの質を高めるインセンティブがなくなってしまう。
●今回の最終予選からアウェイゲームのテレビ中継がなくなってしまった。アウェイはDAZNが独占配信。スポーツは有料配信で観るものになりつつある。

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飯尾洋一(Yoichi Iio)

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