ドミノ・ピザ
May 14, 2013

1993年5月15日、Jリーグ開幕

マリノス 旧ユニ●今年でJリーグ20周年。20年前の明日5月15日、国立競技場でのヴェルディ川崎vs横浜マリノスで日本のプロサッカーリーグが幕を開けた。この日は、「伝統の一戦」とでもいうべきこの一試合だけが行われた(残りの試合は翌日だったっけ?)。
●当時はJ2もなく、Jリーグは10チームのみ。ヴェルディ、マリノス、鹿島、JEF、浦和、横浜フリューゲルス、清水、名古屋、ガンバ大阪、広島。この内、鹿島と清水以外は前年の日本サッカーリーグ1部に属していたチーム。鹿島(住友金属)は例外的に2部リーグからの参加、清水は母体のないところに市民クラブとして誕生した。1部リーグに所属していたにもかかわらず、磐田(ヤマハ)と柏(日立)はJリーグ入りできなかったわけで、今にして考えると鹿島と清水を参加させた決断はスゴい。
●ヴェルディvsマリノスが黄金カードだったというのも「今は昔」という感じ。国立競技場で記念すべきリーグ第1号ゴールを奪ったのは、オランダ人のマイヤー。「J第1号ゴール、覚えていますか? 決めた無名選手は今」(asahi.com)で取材されている。もうすっかりオッサンだ。
●マイヤーは記念のゴールを決めたことで、むしろ無名性を際立たせている感があるが、オランダ1部で100ゴール以上を決めているんだから、実際には当時のJリーグのレベルを超えた選手だったはずである(1試合のみながらオランダ代表歴もあり)。ヴェルディで監督から「ゴール前にいて点を取ってくれ」という草サッカー並みの戦術レスな指示をもらって驚愕したという話がおかしい。
●この日の国立競技場にはワタシもいた。歴史的第1号ゴールがだれになるか、勝敗以上に気になっていた。マリノスなら世界的なスター選手であるラモン・ディアスが、ヴェルディならカズやラモスがふさわしいと思っていたが、あっさりとマイヤー。誰よ、マイヤー? その後、マリノスは日本リーグ時代からの生き残りエバートンとラモン・ディアスのゴールで1-2で逆転した。マイヤーは3カ月で解雇されてしまい、日本では歴史的ゴールのみで知られる外国人選手として記憶された。

このブログ記事について

ひとつ前の記事は「尾高忠明&N響オール・イギリス・プロ」です。

次の記事は「「ねじの回転」「オーエン・ウィングレイヴ」 (ヘンリー・ジェイムズ)」です。

最新のコンテンツはインデックスページへ。過去に書かれた記事はアーカイブのページへ。

ショップ