November 7, 2019

アンドレス・オロスコ=エストラーダ指揮ウィーン・フィルのラフマニノフ&ストラヴィンスキー

●6日はミューザ川崎でアンドレス・オロスコ=エストラーダ指揮ウィーン・フィル。今年のウィーン・フィル来日公演はティーレマンに加えて、コロンビア出身のオロスコ=エストラーダが帯同。1977年生まれ。「なかなか名前の覚えられない新星」のひとりだったのだが、ようやくこれで記憶に刻むことができた、たぶん。
●プログラムはラフマニノフのピアノ協奏曲第3番(イェフィム・ブロンフマン)とストラヴィンスキーの「春の祭典」の2曲のみ。ブロンフマンは久々。剛腕のイメージだが、ささやくような弱音で弾き始めたのが印象的。難曲を難曲と感じさせない貫禄のラフマニノフ。アンコールにショパンのノクターン第8番op27-2。絶美。偶然だが前夜のハオチェン・チャンとそっくりの展開に。
●後半の「春の祭典」は、ウィーン・フィルではなかなか聴けない貴重な機会。録音ではマゼールの演奏でかつて親しんだものだけど……。楽員も相当に世代交代しているし、率いるのは新世代の指揮者ということで、冒頭のファゴットのソロをたっぷりとソリスティックに吹かせるなど、今の「春の祭典」風である一方で、全体の音色にはやはりノーブルさや温かみがあって、マイルドな手触り。ステンレススチールの輝きではなく、木目調のぬくもりというか。もうひとつ思ったのは、ある意味で、この曲はウィーン・フィルにとって本来はオーセンティックなレパートリーでもあること。一般に彼らの伝統を体現するとされるモーツァルトやベートーヴェンは楽団創設時の伝統にはつながっても、作曲者が生きた時代の歴史的な演奏スタイルからは遠く見えるのに対し、「春の祭典」であれば自分たちが1925年にウィーン初演を果たした正真正銘のゆかりの作品であるわけだ。この曲はパリでの初演時の騒動が有名だが、オットー・ビーバ博士のプログラムノートによれば楽友協会大ホールでのウィーン初演も聴衆の抗議で音楽がかき消されるようなスキャンダルを引き起こしたのだとか。指揮のフランツ・シャルクは、翌日の演奏で「もっとも挑発的な部分」を削除して演奏したそう。シャルクは「春の祭典」にも手を入れたのかよっ!と思うと、少し楽しい。
●で、「春の祭典」だけだと後半が短いので、なにかアンコールはあるだろうと思っていたら、ヨハン・シュトラウス2世の「憂いもなく」。まさか禍々しい異教の儀式に、ご機嫌なポルカが続くとは。演奏中に楽員がワッハッハと笑うあの曲。乙女を生贄に捧げて長老と村人たちがワッハッハというブラックな展開をうっかり想像する。曲の途中にオロスコ=エストラーダが客席を向いて、手を叩かせるパフォーマンスもあり。

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