Books: 2012年1月アーカイブ

January 19, 2012

「都市と都市」(チャイナ・ミエヴィル著)

「都市と都市」(チャイナ・ミエヴィル著)●気になっていた「都市と都市」(チャイナ・ミエヴィル著/ハヤカワ文庫)を読了。世界幻想文学大賞、ヒューゴー賞、ローカス賞等々を総なめにした上に、帯に「カズオ・イシグロ絶賛!」の惹句。そりゃ読むしか。
●舞台設定のアイディアが秀逸。ヨーロッパ(おそらくバルカン半島)に位置する架空の都市国家ベジェルとウル・コーマが舞台となるのだが、この両都市は物理的には同じ領土を共有しているんである。というと東ベルリンと西ベルリンみたいな感じかと思うが、壁で分断されているのではなく、モザイク状に土地を共有しているのだ。同じストリートのこの建物はベジェルに属するけど、こっちの建物はウル・コーマに属するとか、複雑に入り組む。
●で、ベジェルの住民はウル・コーマに属する建物や人を「見ない」ように法律で義務付けされ、見てはいけないものは「見ない」ように子供の頃から訓練付けられている(ウル・コーマ側も同じようにベジェルを「見ない」)。ウル・コーマ側でにぎわっている繁華街に出かけても、そこがベジェル側でさびれた街であれば、ベジェル人は「ああ、さびれているなあ」と感じるわけだ。ウル・コーマ側で人が倒れていても、ベジェル人はそれに気がついてはいけないし、事実気がつかない。相手側の国家を「見てしまう」ことは重大犯罪であり、この罪に対する監視機関は絶大な権力を持つ。両国家間にはうっすらとした緊張関係がある。
●この設定は、「本当は見えるはずのものを見てはいけないものとして過ごし、なかったものとする」という点で、とても寓意的だ。でもこんな設定を用意しておきつつも、ストーリーは完全に警察小説の意匠をとる。一人称の警官が犯人を追いかけるんである。ベジェルからウル・コーマへと。
●たとえばベジェルの住民がご近所のウル・コーマの家を訪ねるとしたら、それは海外旅行になるんすよ。「国境」の役割をする施設に出向いて、いったん出国手続きを経てウル・コーマに入国し、よく知っている街を知らない街として歩き直して、ウル・コーマの家にたどり着く。その際に、物理的には隣にあるわが家は「見えない」ものとして視界に入らないわけ(笑)。スゴいすよね、このアイディアは。

January 10, 2012

「ラテンアメリカ五人集」「砂の本」(ラテンアメリカの文学/集英社文庫)

●昨年集英社文庫で「ラテンアメリカの文学」として何冊か新装されたので。
「ラテンアメリカ五人集」●短編集「ラテンアメリカ五人集」。パチェーコ、バルガス=リョサ、カルロス・フエンテス、オクタビオ・パス、アストゥリアスの5人の作品が収録されている。パチェーコとバルガス=リョサがすばらしすぎて、この2作だけのために買っても損はない。
●パチェーコの「砂漠の戦い」は、40年代末のメキシコを舞台に、友達の母親に恋をした少年を描く。子供が友達の家に遊びに行ったら、そこのお母さんがステキな人でときめいたという他愛のない話のはずなんだけど、当時のメキシコ社会の背景や、後になって知る事の顛末が物語に奥行きを与えている。いたく切ない。年老いた主人公の回想として語られるという点も秀逸。そんな話の題が「砂漠の戦い」なんだから、もうこれは。
●バルガス=リョサの「小犬たち」も名作。これはクソガキたちの世界、最初は。ガキどもの中に転校生がやってきた。勉強ができる。クソガキたちはサッカーが好きだ。転校生は努力家で、一生懸命練習してサッカーでもエースストライカーになった。そんな人気者のカッコをつけたガキが、ある悲しい事件を境に「ちんこ」って呼ばれるようになる(笑)。「ちんこ」すよ、「ちんこ」。どうやってもカッコよくない。で、クソガキ時代は「ちんこ」なんてカッコ悪い名前がついてしまったよー、てへ、くらいの凋落で済んでいたんだけど、だんだん思春期を迎えると彼の苦悩はそんなものじゃ済まなくなる。大人になるとともに彼の傷口は開き、人生から輝きが失われ、そしてエネルギーのぶつけどころを見失ってしまう。複眼的な文体もすばらしいし、あと、話の閉じ方が最高にうまい。これもどうしようもなく切ないんだな。
「砂の本」●ついでに同じシリーズからもう一冊。ボルヘスの短編集「砂の本」。いろんな作品が収録されているけど、「書物」というのが基調テーマになっている。大半は(もしかすると全部)以前に読んだことのあるものだったが、改めて読むと結構わけのわからない話も多い。表題作「砂の本」、「円盤」みたいなそっけない奇譚も味わい深いが、好みで選ぶなら「鏡と仮面」か。アイルランド大王と宮廷詩人の話。王は詩人に頌歌を求める。詩人は見事な詩句を披露し、王はそれを玩味し称賛するが、さらに一段の彫琢を期待する。詩作のやり取りを経て、ついに二人は禁断の美を知ってしまい、その罪を分かち合う。言葉の力をこんなにも美しく信じた物語はない。

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