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Books: 2014年10月アーカイブ

October 28, 2014

古都のオーケストラ、世界へ! オーケストラ・アンサンブル金沢がひらく地方文化の未来(潮博恵/アルテスパブリッシング)

古都のオーケストラ、世界へ!●「古都のオーケストラ、世界へ!  オーケストラ・アンサンブル金沢がひらく地方文化の未来」(潮博恵著/アルテスパブリッシング)を読む。同じ著者の「オーケストラは未来をつくる マイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の挑戦」と同様の視点、そして綿密な取材によってオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のたどってきた道のりと現在地を記したノンフィクション。ほとんど下地のなかった土地でどうしてOEKが誕生し、地域との結びつきを深めながらも、国内外で膨大な数のツアーを敢行し、成功を収めることができたのか。よく知られていることも、今まで知らなかったことも、この一冊にしっかりとまとまっている。やはり草創期のエピソードがおもしろい。
●読んで改めて思うのは生みの親である岩城宏之さんの先見の明と実行力。こんなに一人の指揮者のヴィジョンがそのまま形になったオーケストラ(しかも自治体のオーケストラ)なんてないんじゃないかな。なんといっても最初の第一歩として「はじめるからには日本一になれるように」と室内オーケストラというサイズで始まったのが大きい。数多くのツアーもこのサイズゆえの機動力あってこそ。発足にあたって、地元の市民オーケストラを母体にしない、国籍不問で優秀な奏者を集める等、いろんな方針が打ち立てられているけど、特にスゴいと思うのは名称を「オーケストラ・アンサンブル金沢」に定めたことだと思う。自治体の補助は石川県が60%で、金沢市が40%という割合なのに、岩城さんが当時の中西知事に対して「申し訳ないけど石川なんて誰も知りません。買いかぶりかもしれないけど、金沢っていうと日本中の人が文化のイメージを抱いている。石川ではだめです」って主張したっていうんすよね。逆にいえばそれを受け入れた県も懐が深いというか。岩城さんのアイディアを実現するために、現場でずいぶん多くの人が奔走したにちがいない。
●あと、このオーケストラは本拠地として県立音楽堂っていう立派なコンサートホールがあるんだけど、ホールがあってオーケストラができたわけではなくて、オーケストラが先にあってその後でホールができたというのも、なかなかないことだろう。
●この一冊は芸術的な成果だけではなく、財務面にも目を向けているのが特徴。第6章の「オーケストラの持続可能性(サステナビリティ)とは」で明らかにされているように、自治体の補助があっても中規模の地方都市でオーケストラを維持していくことはなかなか大変。2010年度から3期続けて赤字を計上したけれど、2013年は辻井伸行&アシュケナージの全国ツアーが全公演完売になったおかげでリーマンショック以降の最高益を記録したなんて書いてあるのを読むと、まさしく興行以外のなにものでもないわけだ。そこでサステナビリティの観点からなにが必要かという点に対して用意される著者の提言は着実な正攻法というべきものだが、特にブランディングとマーケティングの重要性に言及されているのが興味深かった。

October 23, 2014

ゾンビとわたし その31:「火星の人」(アンディ・ウィアー著/ハヤカワ文庫SF)

●地上がゾンビたちで埋めつくされようとしている今、いったいワタシたちはどこに逃げればいいのか。この不定期連載「ゾンビと私」では、これまでに山、海、荒野等、さまざまな場所に逃れの地の可能性を探ってきたが、これまでの30回にわたる連載で一度も検討してこなかった領域がある。ずばり、宇宙だ。地球外。ゾンビどころか人っ子一人いない、いやそれどころか微生物も細菌もいない、ノーゾンビ、ノーライフな土地。そう、たとえば火星なんてどうだろう?
火星の人●そこで両腕に力こぶを作ってオススメしたいのが、アンディ・ウィアー著の「火星の人」である。この小説、一言でいえば火星版ロビンソン・クルーソー。舞台設定はこうだ。NASAによる3度目の有人火星探査が行なわれたが、火星到着後、激しい砂嵐により急遽クルーは火星を離脱することになる。しかし、その一人が不運な事故により、やむをえず火星に残されてしまう。もちろん、人は火星では生きられない。酸素も水も食糧も手に入らない。彼はすぐに死ぬ……と思いきや、そこから驚くべきサバイバルが始まる。
●この小説はSFではあるが、あくまでもリアリズムにのっとって描かれている。火星に残された主人公は、この苛烈な土地で少しでも生き延びようと孤独な戦いに挑む。条件としては、あらかじめ火星に持ち込んだ様々な機材や物資、限られた糧食がある。スペーススーツ、移動用のローバー、酸素供給器、水再生器、動力源の太陽電池パネル。水や酸素は限られた量しかないが、火星の薄い大気のほとんどは二酸化炭素。二酸化炭素は供給できる。酸素は二酸化炭素から得ることができる。あとは水素があれば、酸素を加えて燃やすことができれば水が手に入る。では水素はどうするのか。そして食糧はどうするのか、生産できるのか。さらに奇跡的に食糧を得たとして、生存日数を増やしたところで、それでどうなるというのか。地球との通信手段はどうするのか。仮に救助してもらうにしても何年かかるのか……。
●どう考えても絶望しかないという状況のなかで、主人公の宇宙飛行士は恐るべき知恵と工夫、創意と冷静さによって、ひとつひとつ試練に立ち向かう。これがまあ、あきれるほどおもしろい。発生する問題とそれに対する解答のバリエーションの豊かさ、それに加えてどんな状況でもユーモアの精神を忘れない主人公の人物造形がキモだろうか。
●しかし「火星の人」は不慮の事故によって火星に取り残されたのである。もし、前もって火星で生きるという前提のもと、人間が入植するのであれば、この主人公よりはるかに有利な条件で火星生活をスタートさせることができるはず。エンジョイ、火星ライフ。この物語は最上級のエンタテインメントであると同時に、来たるべきZdayに対するかつてないもっとも射程の長い解決策を示唆している。そういえば、しばらく前に、人類初の火星コロニー建設を計画するプロジェクトとして、火星への片道旅行に各国から応募が殺到したというニュースがあった。なにをバカな、そんなにも危険な、そしてどんなにうまくいったとしても火星で生涯を終えなければいけない夢物語になど、1ミリも現実味を感じない……と思ったものだが、なるほど、彼らは夢を見ているのではなく、違った現実を見ているのかもしれない。地球がヤツらでいっぱいになる現実を。

>> 不定期終末連載「ゾンビと私
October 6, 2014

「貴様いつまで女子でいるつもりだ問題」(ジェーン・スー著/幻冬舎)

貴様いつまで女子でいるつもりだ問題●もう書名だけでも読むしかないと思わせる秀逸な一冊。人気ブログが書籍化された、ジェーン・スー(←まるっきり日本人です)の「貴様いつまで女子でいるつもりだ問題」(幻冬舎)。そう、それなんすよ! と思わず膝を連打。最初に目にしたときはいくらかひっかかりを感じた「30代女子」なんて言葉はすでになんの違和感ももたらすことなく、いまや「40代女子」にもまったく抵抗がない(少なくともワタシは)。「還暦女子」もぜんぜんあり。でもさ、どうしてこういうことになったんだっけ? カバー裏に引用された一文がステキすぎる。

理屈より気分を優先する女子メンタリティは、社会的弱者に宿るからこそ輝くもの。社会経験とコズルイ知恵と小金を備えた女たちが「女子! 私たちはずっと女子」と騒ぎだしたら、暴動みたいなものです。

●書名は最初の一章の見出しにすぎないんだけど、ほかの章も傑作。「ていねいな暮らしオブセッション」とか「私はオバさんになったが森高はどうだ」など、見出しも内容も鋭い。一冊のテーマとしては、女子の生き方&働き方なので女性読者が多いと思うけど、男性側から見てもうなずけるところ多数。
●もう一昔前の話だけど、業界のとある大先輩が「元気で仕事ができるのは若い女性ばかり。なんで若い男はみんなダメなの?」と、当時若かった会社員時代のワタシに問いかけてきたことがあった(笑)。「とあるゲームの攻略法」の一章を読むと、その現象を生むメカニズムが見事に解き明かされていて笑うしかない。30代独身女子の無敵っぷりに対して、勤労意欲のあるんだかないんだかわからない男たち。「頼りない男連中にイライラする時間がなくなれば、もっと楽しく生きられるのに……」と感じたっていうんだけど、ホント、これって容易に目に浮かぶ光景なんすよね。それは会社員の世界で男女が違うゲームをプレイしているから、という話なんだけど。

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