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Books: 2016年8月アーカイブ

August 1, 2016

「ハイ・ライズ」(J.G.バラード著/創元SF文庫)

●J.G.バラードのなかでも屈指の名作だと思うのが「ハイ・ライズ」(創元SF文庫)。大昔にハヤカワ文庫で読んでいるし、新訳でもないのだが、映画化をきっかけに創元から復刊したということで欣喜して再読。すごく好きなのだ。初読時は自分が若すぎてピンと来ていなかった部分がたくさんあったと気づく。古ぼけてぼんやりしていた映像がフルHDで鮮明に蘇ったかのような感動。
●舞台はロンドンにそびえたつ新築の40階建1000戸からなる巨大高級マンション。この本が書かれた1975年時点ではこの高層マンションの存在が空想上の産物だったのだろうが、今読むともはやSFでもなんでもなくて、完全に普通小説。外部から独立性の高いひとつの閉鎖的な街のような高層マンションのなかで、(文字通りの)階層によってヒエラルキーが生み出され、そこに住む専門職を中心とするエリートたちの間で鋭い対立が起きる。住民たちはやがて階層ごとにグループを作りだし、グループ間の抗争へと発展する。そして、断絶した閉鎖空間のなかですくすくと狂気が育まれ、人々はその異常な事態に目を輝かせる……。
●バラードの先駆性があちこちに感じられるのだが、たとえば同じバラードの傑作「コカイン・ナイト」では、高級リゾート地を舞台として、富める都市生活者が快適性を追求した結果として手に入れるのが「停滞したリゾート地で引きこもって眺める衛星テレビ」であると描かれていた。これ自体、かなり辛辣だと思うのだが、「ハイ・ライズ」の高層マンション住民たちも社会的地位の高さの報酬として退屈を手に入れている。だからこそ住民たちは互いに暗黙のルールを共有しながら常軌を逸した対立を渇望するようになる。この対立はやはりバラードが「楽園への疾走」でも描いていた、大人たちによるゴールディング「蝿の王」といったテーマを想起させる。
●テーマについては古びていないどころか、むしろ今の時代にこそ鮮烈に訴えかけてくるものだと思うが(だから映画化されたんだろう)、ただもし現代の人気作家がこの話を書いていたら少なくとも2倍以上の長さに膨れ上がっていたはず。それぞれの登場人物たちのキャラクターや背景やら内面やらが入念に書き込まれた分厚い長篇になっていてもおかしくない。でも、バラードはそっけないくらい簡潔。そこがまたいいんじゃないかな。

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