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Books: 2018年2月アーカイブ

February 27, 2018

続・「巡り逢う才能 音楽家たちの1853年」(ヒュー・マクドナルド著/春秋社)

先日当欄でご紹介した、ヒュー・マクドナルド著「巡り逢う才能 音楽家たちの1853年」を読んで印象的だったことをもう一つ。この本は1853年というわずか一年に焦点を当てて、リストやワーグナー、ベルリオーズ、ブラームス、シューマンといった音楽家の伝記を「水平的に」描いているのだが、たびたびクローズアップされるのが「書き言葉」が担う役割の大きさだ。たとえばワーグナー。チューリッヒ滞在中のワーグナーは、「途切れなく創作活動をしていたが、楽曲はほとんど書いていない」。つまり論文などは書いているし、オペラの台本も作っているが、曲は書いていない。それだけではない。ワーグナーは「さまよえるオランダ人」「タンホイザー」「ローエングリン」の三作の台本朗読会を行なっている。「ワーグナーの生き生きとした劇的な朗読スタイル」は人気を呼び、回を追うごとに参加者は増えたという。オペラへの手引きとして、作曲者自身による朗読会を開くというのは秀逸なアイディアではないだろうか。もちろん、これは台本もワーグナーの「作品」だからこそ。
●ベルリオーズの新しい音楽が不評を買っていたという話は前回にも紹介したが、一方で彼がパリで文筆家として人気を呼んでいたというのも興味深い。原稿料がほとんど唯一の収入源となっており、パリではベルリオーズの音楽を聴きたいという人より、ベルリオーズの文章を読みたい人のほうが多かったのではないかというくらいの堂々たる文筆家ぶり。
●そして、なによりおもしろいのは「手紙」を読んだり書いたりすることに、ワーグナーやリストが一日のうちのかなりの時間を割いていると思われるところ。

 ワーグナーには遠く離れた友もおり、彼らとの間に膨大な量の手紙を交換しあった。朝一番の郵便が届くのは11時ごろで、ワーグナーは毎朝それをじりじりと待った。

 前回書いたように日に何度も手紙が届くとなると、これはもう現代のPCによるメールと感覚的にそう変わらない。11時は朝イチのメールチェックといったところか。一方、リストのほうにはこんな記述がある。

 夜行列車の長旅の後でもリストは、家で短い睡眠をとるとすぐ、留守のあいだに届いた手紙に目を通し始めた。ベルリオーズが、ロンドンでの『ベンヴェヌート・チェッリーニ』の悲惨な結果について報告した長い手紙も、その中に含まれていた。カロリーネから届いていた三通の手紙を読み通すには「数時間が」かかったという。カロリーネの多弁はワーグナーをも上回り、愛や家族についての思いや、とりわけ神についての思いを、何枚もの紙にとどまることなく書き連ねた。彼女の関心は永遠性にあり、日常の出来事についてはいっさい筆を割かなかった。いっぽうのリストはカロリーネへの返信にいつも、彼女への愛の言葉のほかに、出会った人々や訪れた場所についての詳細を記した。

 20世紀になって電話時代に入ると、こうした手紙のやり取りは激減したはずだが、一方でメール時代になると、デスクワークをする人々はふたたび仕事時間の多くをメールの読み書きに割くようになった(さらにSNSに)。そういう意味では19世紀の手紙ライフは現代人にも割とイメージしやすいコミュニケーション形態だともいえる。ただ、彼らの手紙は半ば保存され公開されるべくあったのに対し、メールのほうは電子の藻屑となって消えてしまう運命ではあるが。

February 20, 2018

「巡り逢う才能 音楽家たちの1853年」(ヒュー・マクドナルド著/春秋社)

●「巡り逢う才能 音楽家たちの1853年」(ヒュー・マクドナルド著/春秋社)を読んでいる。装画はおなじみIKEさん。これは1853年という一年間に起きた音楽史上の出来事を描いた一冊で、当時の音楽家たちの交流の軌跡を追った「水平的な伝記」(うまい表現だ)。1853年というと、シューマンに見出されたブラームスが作曲家としてデビューし、ワーグナーは「ニーベルングの指環」の作曲に着手したという年。ブラームス19歳、ヨアヒム21歳、シューマン42歳、ワーグナー39歳、リスト41歳、ベルリオーズ49歳。これら作曲家の生涯を年代を追って垂直的に描くのではなく、水平的に一年間を切り取るというのは実に秀逸なアイディア。そして一年間の密度の濃さにもくらくらする。これは以前にも何度か書いていることだけど、変化の緩やかな現代と違って19世紀は(音楽史的な見方でいえば)ギュンギュンと世の中が猛スピードで動いていた。
●巻頭の「はじめに」で指摘されているのは、当時の芸術家たちの活発で密度の濃い交流を可能にしたのは郵便と鉄道という二大技術の発達だということ。1853年には欧州の郵便システムは成熟しており、速く確実に郵便が届くようになったばかりか、大都市では一日に3回以上も配達が行われたという。「午前中に郵便を送れば、午後に返事が返ってくることもあった」。すげえ。ヨドバシカメラのエクストリームサービス便もびっくりの速さである。いまの東京じゃ、郵便なんて一日に1回しか配達してくれないっすよ? ていうか、一日3便なんてもうメール感覚じゃないすか。現代とは桁違いにトラフィックが小さかったからこそ可能だったのだろうけど、こういった19世紀のスピード感をワタシらは見くびりがちだと思い知る。
●ベルリオーズがかわいそうなんすよ。彼がフランスでは認められず、もっぱら外国で評価されていたという話はよく目にするが、この年、ロンドンでオペラ「ベンヴェヌート・チェッリーニ」が上演されることになった。かつてパリの初演では散々だったオペラをロンドンで上演して巻き返そう。そんな好機が到来したにもかかわらず、客席では組織的らしき妨害行為が行われて、またしても無残な結果に終わってしまう。もう49歳にもなってて、まだこんな目に合わなければならないとは。このとき臨席していたヴィクトリア女王の言葉が強烈なので引用する。

 およそこれまでに作曲されたオペラの中で、もっとも魅力がなく、もっともくだらない作品だと感じた。メロディーらしいものはかけらもなく、支離滅裂でこのうえなく混乱した音は、不安をかきたてる騒音にしか聞こえない。まったく、犬や猫のたてる騒音と比べるのがちょうどよいくらいの音楽だ!

どんな辛口批評家もここまでは書けない。っていうか、むしろある種の文才を感じる。
●じゃあ、ベルリオーズが支離滅裂だとすると、当時のロンドンで歓迎されていたのはだれかというと、シュポア。安心して聴けると評判だったシュポアの交響曲がどんなものかと、試しに本書で言及されているいくつかの曲を少し聴いてみたが、起伏に乏しくて聴き続けられない。展開力が足りないというか、いつになっても前に進まないというか……。

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