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Books: 2025年8月アーカイブ

August 22, 2025

「ブックセラーズ・ダイアリー3 スコットランドの古書店主がまたまたぼやく」(ショーン・バイセル)

●スコットランドの名物古書店の店主が日々を綴ったシリーズ第3弾、「ブックセラーズ・ダイアリー3 スコットランドの古書店主がまたまたぼやく」(ショーン・バイセル著/阿部将大訳/原書房)を読む。今回も冴えている。これまでに第1弾第2弾をご紹介しているが、中身は要は日記というか、ブログなのだ。どんな客が来て、どんな本を買った、あるいは売ったという話が中心なのだが、著者の率直なボヤキや日常業務の様子がおもしろい。
●驚くのは奇天烈な客の多さ。日本でも本好きには風変わりな人が多そうだということはなんとなく察せられるが、スコットランドとなるとその数段上を行っている。そもそも普通の人々のわがまま度合いがヨーロッパのほうが日本より高いということもあるかもしれない。たとえば、4ポンドの値札が付いたジョン・ウェインの伝記を持ってきて、ただでいいかと尋ねる客。なぜそう思うのか。定価8.99ポンドの新品同様のペーパーバックを手にして「本当に2.50ポンドなのかい」と客が聞くから、あまりに安くて信じられなかったのかと思いきや、高すぎるから値引きを求めてきたという男性。えー。わざわざ電話してきて「おたくのお店のネット広告を見たら、1817年の競馬記録が200ポンドで売ってるけど、そんな金はないから買わない」と言ってくる人。わけがわからない。世の中にはいろんな人間がいる。
●あと、本の話題が意外とわれわれにも通じる。つまり、スコットランドの話だから知らない本、知らない著者のオンパレードになるかと思いきや(まあ、そういう面もあるんだけど)、知ってる本もたくさん出てくる。たとえば日本でもカルト的な人気がある(ワタシも好きだった)ダグラス・アダムズの小説「さようなら、いままで魚をありがとう」(銀河ヒッチハイクガイドシリーズ)が誤って釣りコーナーの書棚に置いてあったみたいな愉快な話は、日本でもありそう。
●ある常連客についての記述。

二人ともとてもフレンドリーで、熱心な読書家だ──いつも、ぼくが読んでいないことを恥ずかしく思うような本を買っていく。わざとそういう本を選んでいるのではないかと思うほどだ。今日買っていったのは『ユリシーズ』『灯台へ』『ミドルマーチ』(これは読んだことがある)、『キャッチ=22』『おとなしいアメリカ人』(すべてペーパーバック)だった。

この一節は感動した。だって、ぜんぶ日本語訳で読める本ではないか。しかも、どれも文庫で買える。日本の翻訳出版はすごい! と、同時に「読んでいないことを恥ずかしく思うような本」という価値観がかなりの程度、スコットランドと日本で共有されていることも驚き。それが世界文学だといえば、それまでだけど。

August 15, 2025

「刑事コロンボとピーター・フォーク その誕生から終幕まで」

●これは驚きの一冊。デイヴィッド・ケーニッヒ著「刑事コロンボとピーター・フォーク その誕生から終幕まで」(町田暁雄著/白須清美訳/原書房)。ミステリドラマの大傑作、「刑事コロンボ」シリーズがいかにして誕生し、ひとつひとつのエピソードがどう作られたかをたどる。著者はもちろん「刑事コロンボ」の大ファンであるわけだが、秀逸なのはこれがファンブックにはなっておらず、丹念な取材と一次資料をもとにひたすら事実を追いかけているという点。よくもまあ、ここまで個々のエピソードの成立を克明に追いかけられたものと感心するばかり。自分はごく普通の「刑事コロンボ」好きであって、熱心なファンとは言えないが、それでも読みだすと止まらなくなる。
●とくに一本一本を作る制作過程が興味深い。この業界ではそれが常識なのかもしれないけど、だれかのメモ書き程度のアイディアから始まって、脚本家が書いて、別の脚本家が書き直して、脚本家じゃないだれかが書き足したり削ったりして、長いプロセスをたどって撮影まで行く。と思えば、撮影現場でさらに書き直しがあったり。だれをプロデューサーにするのか、監督はだれを雇うのか、キャスティングはどうするのか、音楽をだれにするのか、人の出入りが激しい。最初期にスティーヴン・スピルバーグが一回だけ監督を務めているのは有名な話だけど、いろんな人がやってきては去ってゆく。でも、コロンボ役のピーター・フォークだけは変わらないし、変えられない。
●で、誕生した当初は「刑事コロンボ」は原作者のリチャード・レビンソンとウィリアム・リンクのものだったと思う。それが進むにつれて、ギャラの高騰とともにピーター・フォークのものに変わってゆく。途中からはピーター・フォークが全権を握って、気に入らないシーンがあれば何度でも撮り直し、製作費も膨れ上がってゆく。スタイルを確立し、ファンが定着し、勢いのある時代が続いた後は、ゆっくりと下り坂を降りていく。終盤の作品はあまり記憶に残っていないんだけど、ある頃からコロンボの老いが目立ってきたのは覚えている。かつての盟友たちが次第に引退し、人が少しずついなくなり、やがてピーター・フォークが取り残されるような雰囲気になるのが味わい深い。
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●18日(月)の当欄はお休みです。お盆休み。

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