October 31, 2003

「キス★キス★バン★バン」

●スチュワート・サッグ監督の映画「キス★キス★バン★バン」は傑作である。映画館で見逃した方はレンタルでぜひ。泣ける、コジャレている、でも本当は辛辣。あまりあちこちのレヴューでは言われていないようだが、実はこれはダメ男が大人になるという話である。テーマはこう。「男は大人になるために死ぬ覚悟でなければならないし、人殺しもしなければならない」。
●主人公は「腕が落ちたので組織を抜け出し引退したい」という中年の殺し屋フィリックス(ステラン・スカルスゲート)。殺し屋を辞めてなにをするかというと、33歳になるまで外出したことがない引きこもりであるババ(クリス・ペン)の「子守り」。ババは外界を知らないので純粋無垢な子どもの精神を持ち合わせている。ババを世間と遭遇させたくない父親が、出張の間の子守りをお願いしたのである。冷血な殺し屋フィリックスと、体は大人だが精神は子どものババという取り合わせがファンタジーを生む。が、ここから先、軽くネタバレさせていただくが、これは到底「ほのぼの」などしていられないキツい映画なのだ。
●殺し屋フィリックス、ババ、ババの父親、いずれもみんな大人になれないダメ男である。フィリックスは仕事では成功したが、真の大人である彼の父親やガールフレンドとのやりとりでわかるように、ずっと人生の階梯を上ることを「先延ばし」にして、仕事に逃げてきただけのとっちゃん坊やである。ババはもちろん精神的幼児であり、外へ出て初めて大人の世界に接する。ババの父親も愛するわが子を世間を出すことができない極端に弱い人物で、子離れできないダメオヤジである。
●世の男どもは皆このように大人になれないダメ男たちである。では、大人になるには? それには命がけの戦いが必要なのだ(そういうテーマだから、主人公が殺し屋なんである)。フィリックスは組織を抜ける(=保護された子ども同士の世界を卒業し、世間に出て大人になる)ために、命をかけて戦い、殺し、殺されそうになった。組織にいる連中はなにもまだわかっちゃいないクソガキどもとして描かれる。ババは準備もなしに大人になろうとしたので、当然の報いとして死んでしまう。なんと大人になるのは大変なことなのであろうか。世には大人になれないまま歳だけを重ねた男が掃いて捨てるほどいる。死屍累々。だがフィリックスはある守護天使の助けを得て、大人になることに成功した。ラスト・シーンで描かれるのは、命をかけて戦った結果に得られる平凡な大人の姿である。ああ、大変、生きるって。われわれ男たちはそう思う。
●だから、ワタシの分類では、この映画は「アバウト・シュミット」や「ハイ・フィデリティ」と同じく、「ダメ男ものの傑作」とされている。(10/31)

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