September 14, 2006

フィレンツェ歌劇場「ファルスタッフ」(ルカ・ロンコーニ演出)

フィレンツェ歌劇場●文化会館でフィレンツェ歌劇場来日公演「ファルスタッフ」。メータ指揮、ルカ・ロンコーニ演出、ルッジェーロ・ライモンディ、バルバラ・フリットリ、ステファニア・ボンファデッリ他、大変豪華。期待以上のすばらしさで満喫。ああ、ワタシも「ファルスタッフ」を楽しめるくらいオッサンになってしまったということなんであろーか。
●ファルスタッフという人物像、下品で狡猾、好色、大酒飲み、自惚れの強い肥満の老騎士であってもちろんヤなヤツではあるんだが、でも根本的には憎めない魅力的な人間でなければこの話は成り立たない。老人力の一歩手前、オヤジ力が高いっていうか、機智と知恵はあるから、コミカルかつアイロニカルな物語が生きる。ルッジェーロ・ライモンディはそういう意味で完璧にファルスタッフだった。「♪ノーフォーク公爵の小姓だった頃は痩せていた、美しくて軽くてやさしい蜃気楼のように」って歌う場面なんて、最高に笑える。オペラって笑いがやたら安い傾向があるじゃないっすか。ヘンな仕草とか声でおどけてみせて客席の笑いを強要するみたいなのがワタシは耐えられないのだが、この「ファルスタッフ」にはそんな場面はなかった。
●あっ、以下、演出上のネタバレを一部含むので、これから公演をご覧になる方は読まないほうが吉。圧倒的に。
●フリットリのアリーチェとボンファデッリのナンネッタはちゃんと若いお母さんとその娘に見えるからスゴい。ボンファデッリが華奢で美しいからなんだけど、ところがその恋人役フェントンのダニール・シュトーダ、この人が全然青年に見えない。なんだこりゃ、他のキャストは全部役柄にふさわしいのに、こんな中年太りが進行中のフェントンでいいのかね、なんだかナンネッタを抱くときの手つきもオヤジくさいし、衣装も一人だけありえないダサさだし、なんだかなーと最初は思ったのではある。が。
●第3幕に仕掛けがあった。ガーター亭の部屋からウインザーの森に場面転換するところ、あそこでなんとファルスタッフが眠っているベッドだけを取り残して、森に転換するのである。舞台は森だけど、ファルスタッフはベッドでずっと眠ったまま。つまり、第3幕はファルスタッフの夢ということになる。では夢のなかでの主人公はだれだろうか。第3幕に最初に登場する人物と考えるのが自然だ。フェントンとナンネッタ。二人を主人公とするならば、この幕は恋する若者が結婚に反対するお父さんをだまして結ばれるというラブ・ストーリーである。夢の中でファルスタッフはフェントンになっている。ああ、フェントンとはヤング・ファルスタッフだったんだ。なるほどー、だからフェントンは野暮ったいヤツとして描かれていたのかー。もちろんファルスタッフは途中からベッドから起き上がり、本来オペラに含まれるファルスタッフの役を歌う。
●夢の中では、自分が演じる一人称の役柄があって、それとは別に神視点での自分本人が同時に存在するというのは、よくあること。この夢の第3幕では前者がヤング・ファルスタッフたるフェントン(ノーフォーク公爵の小姓だった頃を思い出して見た夢だろうか)、後者がファルスタッフ自身。この夢は大変都合よくハッピーエンドで終わる。夢なんだし。
●でも待てよ。夢に入る前、現実のファルスタッフはどこにいたか。ベッドで寝込んでいたのだ。なぜ寝込んだかといえば、洗濯籠ごと川に捨てられるという酷い仕打ちを受けたから。じゃあ肺炎でも起こして寝ている病人の願望充足夢だったのかと思うとこりゃずいぶん辛辣な話になってしまうじゃないか。そんなシニカルな要素はこの話にはないだろう。ファルスタッフは嫌われたり愛されたりしても、孤独な人物であるはずがない。行け、ジョン。夢なんか見てる場合じゃないぞ……。いや、でもまあ、いいか。夢でも現実でも大したちがいはない。人生なんてみんな悪ふざけだ(って歌ってるんだから)。
●↑と、勝手に解した。あ、オペラの感想を書いてるのに、一言も歌に触れてない(笑)。

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