November 10, 2010

ウェルザー=メスト指揮ウィーン・フィル@サントリーホール

ウィーン・フィル●もう一日、ウィーン・フィルへ。こちらはサロネンのブルックナーの6番が予定されていた公演だったんだけど、彼の突然のキャンセルのため、ちょうどこの後クリーヴランド管弦楽団との来日公演が予定されていたウェルザー=メストが指揮することになった。曲はブルックナーの9番に変更(「トリスタンとイゾルデ」の前奏曲と「愛の死」はそのまま)。たまたまウィーン国立歌劇場音楽監督がそこにいる11月の東京って。
●「刷り込み」って現象があるじゃないすか、クラヲタ的世界には。最初の頃に繰り返し聴いた演奏のインパクトがあまりにも強くて、その後もずっとそれが標準形として頭に残ってしまう。ワタシの場合、ブルックナーの交響曲第9番はFMで放送されたチェリビダッケのライヴで刷り込まれているっぽい。というのは、いつ聴いても第1楽章のコーダの決まった場所で「ヒッ!」とチェリビダッケがオケに喝を入れる声が空耳で聞こえてくるんである。すぐ目の前で、本物のウィーン・フィルが演奏しているにもかかわらず、脳内にはチェリビダッケの喝が入る。なんと恐ろしい……。(あ、チェリビダッケって人は昔の指揮者で、音楽が高潮してくるとオケに「ヒッ!ヒッ!」って大声で喝を入れる奇人だったんすよ。今時そんな指揮者いたら大ヒンシュクだろう、オケから「オレたち馬じゃねえぞ」とか言われそうで)
●そんな影響もあって、ワタシの脳内世界ではブルックナーの9番は銀河を飲み込むほど限りなく肥大化した音楽なのだが、ウェルザー=メストとウィーン・フィルはそんな救いのない行き過ぎた妄想にストップをかけてくれた。ブルックナーの9番は本当に抒情的で、気品のある音楽なのだ。ウィーン・フィルの唯一無二の美しい響きを堪能した。「神が見える!」(笑)的なブルックナー観とは違うのだ。もっとも「神は細部に宿る」ともいう。細部に不足があったともいえるかもしれない。それでもワタシは十分に幸せな気分になれた。ここ数年のサントリーホールでのウィーン・フィル演奏会に感じるんだけど、全曲が終わった後もお客さんは水を打ったような静けさで、余韻をじっくりと味わえる。吉である。

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