December 2, 2011

METライブビューイング「ジークフリート」

おもちゃの剣。攻撃力+1●METライブビューイングで「ジークフリート」。昨シーズンの「ワルキューレ」の続きをようやく見れる(ら抜き)。実演に比べれば休憩もカーテンコールも短いわけだが、それでも上映時間5時間超。ほとんど丸一日費やす覚悟が必要だがその価値はあった。
●指揮はレヴァインじゃなくてルイージに。「ワルキューレ」のレヴァインは鬼気迫るものがあって、オケがギリギリまで煽られていたように感じたが、今回はクールで端正。
●で、ジークフリート役がびっくり。本来ギャリー・レイマンが歌う予定だったのが病気降板して、代役にカバーのジェイ・ハンター・モリスという人。テキサス生まれのアメリカ人、METデビュー。デビューどころかほんの数年前までセントラルパークでローラーブレードを売っていたとか、そんな人がよりによってジークフリート。でもキャラがナイスガイで演技中だけでなく地のキャラも若々しくて(実は40代半ばなのに)、全身からエネルギーを発散している。たくましくて見栄えもよく猛烈にジークフリートらしい。しかもリリカルな声の持ち主。実際に劇場で聴いたらどれだけ声が飛んできているかはわからないが、映画館で見るには文句なし。いや、それは言いすぎだな……でも、この役でこれだけできるのは貴重。ニューヨーク・タイムズに記事あり。
●そして「ジークフリート」って作品は本当に味わい深い傑作だと思う。見るたびに同じことを感じてる気もするけど、一幕のミーメとさすらい人のクイズ合戦の可笑しさ! ミーメほど不幸せな男はオペラ界のどこにもいない。男手一つでジークフリートを育てたのに、あんなひどいことを言われ、しまいには……。これは己を知恵者と錯誤した愚か者への罰なのだ。さすらい人が「お前の知りたいこと3つに答えてやる」と言っているのに、ミーメは自分の知っていることを尋ねて相手を試す。他者を信じず、心を開くことができないことの哀れさ。さっさとノートゥングの鍛え方を尋ねればよかったのに、そんなことは思いもつかない。
●第2幕のファフナーの血を舐めたところからの展開もいいよなあ。ジークフリートは動物の言葉を解するようになる。ミーメの心も読めるようになった。ミーメは自分の企みを口に出して歌ってしまう。これはジークフリートにはそう聞こえているという表現だけど、「語るに落ちる」って感じがもういかにも。ミーメ役のゲルハルド・ジーゲルがすばらしい。コミカルな仕草がまったくの自然体に見える。
●第3幕、さすらい人の槍を打ち砕いたジークフリートが炎の岩山へと向かう場面の音楽は、この世のものとも思えないほど美しい。ジークフリートはブリュンヒルデとの出会いを果たす。これは人類史上もっとも崇高な神話的ボーイ・ミーツ・ガールだ。ブリュンヒルデはデボラ・ヴォイト。ブリュンヒルデはあまりに長く岩山で眠っている間にオバチャンになってしまったんである。でもジークフリートは生まれて初めて女性というものに会ったので無問題だ。ジークフリートのキスで目覚めて、「はっ、ここは炎の岩山、わたしは今目覚めて、恐れを知らない男と出会ったのね!」と言わんとするかのようにパッと顔を輝かせるデボラ・ヴォイトの演技に思わず声を出して笑ってしまった、ゴメン。
●演出はロベール・ルパージュ。あのハイテク舞台装置、画面で見ても、幕間の説明を聞いても、なんというかテクノロジーの使い方がホントにオッサン臭い(笑)。オペラの世界って昔からテクノロジーは苦手だ。いまどきあの3D映像は……。でもいいんすよ、たぶん、これで。ギークカルチャーとMETってもっとも縁遠いから、少し古臭くないと大口寄付者にも共感してもらえないんでは。もしかしたら、最初は猛烈にクールなデザインの3D小鳥が制作されたんだけど、ピーター・ゲルブがそんなカッコいいんじゃダメだって言ったのかもしんない。ちなみに大蛇ファフナーはそのまんまの張りぼてっぽい巨大ヘビが出てきて、狙ってるのか外してるのか困惑するようなかわいさ。さすがMET。
●こんなに楽しいものはない。オススメ。と言ったところでもう金曜日で東京の上映は終わってしまった。が、1月に横浜、2月に神戸と広島で上映されるので、近くの方はそちらを狙う手もあり。

このブログ記事について

ひとつ前の記事は「季刊「アルテス」」です。

次の記事は「J1は柏が優勝、J2からは東京、鳥栖、札幌が昇格」です。

最新のコンテンツはインデックスページへ。過去に書かれた記事はアーカイブのページへ。

ショップ