ドミノ・ピザ
January 23, 2012

オペラ「高野聖」

●昨日は新国立劇場中劇場で池辺晋一郎作曲の新作オペラ「高野聖」(日本オペラ協会主催、大勝秀也指揮オーケストラ・アンサンブル金沢、日本オペラ協会合唱団)。東京での二日目、全席完売。お隣の大劇場は同じ時刻に「ボエーム」だったようで、いつにもましてホワイエがにぎわってた。
●原作の泉鏡花「高野聖」って今どれくらい読まれているんすかね。1900年の作だっていうから、100年以上経っている。R・シュトラウスでいえば「英雄の生涯」より新しいけど「家庭交響曲」や「サロメ」より古い(←どんな比較だ?)。でも意外と古びてないといえば古びていない。若い坊主が山奥で妖女に出会い心を通わせるという幻想譚。設定はマスネの「タイス」を連想させるけど、筋立ては違う。オペラになると山奥という閉塞空間の中での坊主(中鉢聡)と女(川越塔子)の対話が目立ち、むしろ男女逆転版のバルトーク「青ひげ公の城」の趣。女が川の水を浴びる場面に「サロメ」を思い出す。
●第1幕後半、秘密の谷川の場面からが秀逸。精彩に富んだオーケストレーションで坊主と女の心の動きを雄弁に描く。よく考えると舞台上では女に背中を流してもらったついでに体がくっついたくらいのことして起きていないわけだが、音楽の力で坊主の抗うことのできない高揚と恍惚とを鮮烈に伝える。一方でコミカルな部分も多い(原作もそうなってるはず)。客席はやや遠慮がちだったけど、笑える場面はたくさんあった。
●日本語歌唱は聴き取りやすく(でも字幕は読む)、そもそもの日本語が美しい。原作でも駅のことを「ステイション」ってカタカナ語で言ってるんすよね。ただ、基本的に原作を忠実に追ったためか、オペラとしては全般に説明過剰かも。特に2幕に入ってからなんだけど、すでに視覚で十分に説明がされていることを、重ねて登場人物の口から歌うことになる(あの馬は富山の薬売りだったんだよ……等)。動物は小道具。猿を猿のぬいぐるみ的なもので表現するのはありなんだろうか。女が谷川で着物から肩しか出さないのも、最近のすぐに全裸になるオペラを見ていると意外感あり(笑)。
●テーマに普遍性があるから、今後再演を重ねる内にぜんぜん別の演出の「高野聖」が生まれてくるかもしれない。明治の日本ではなく、平成でも、西洋でも、あるいはいつのどこでもない舞台設定でもまったく問題なくオペラとして成立しそう。

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