April 22, 2014

ネーメ・ヤルヴィ指揮N響の北欧プロ、BCJの「マタイ受難曲」

●18日はネーメ・ヤルヴィ指揮N響へ(NHKホール)。急に東京が寒くなったところで、グリーグの「ペール・ギュント」組曲第1番、スヴェンセンの交響曲第2番、 シベリウスの交響曲第2番という北欧プロ。スヴェンセンを生で聴けたのが嬉しい。自然でのびやかな旋律の魅力、民族色の豊かさ、作品にみなぎる推進力など様々な点で、「ノルウェーのドヴォルザーク」と呼びたい。生年(1840)はスヴェンセンのほうがドヴォルザークより一年早くて、没年も大きくは違わない同時代人。後半のシベリウスはパパ・ヤルヴィ自家薬篭中のレパートリーで、開放的で大らかな響きを満喫。テンポを落としてじっくりと盛り上げるフィナーレは圧倒的。スペクタクルだった。
●ネーメの息子、パーヴォ・ヤルヴィの風貌が年とともに父親に似てきたように感じる。パーヴォ・ヤルヴィはプーチンに似ている。ということは、プーチンがもっと年をとったらネーメ・ヤルヴィにそっくりになるにちがいない。と、どうでもいいことを思いつく。
●19日は彩の国さいたま芸術劇場音楽ホールで、鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパンによるバッハ「マタイ受難曲」。最寄りの与野本町駅は都心からはそれなりに距離はあるし、さらにホールも駅からそこそこ歩くんだけど、それだけの価値のあるホールで、約600席の小ぢんまりした空間で聴けるのが大吉。これくらいのサイズだと舞台と客席が一体になって濃密な空気が生まれやすいというか。特に「マタイ受難曲」のような作品であればなおさら。エヴァンゲリストにゲルト・テュルク、イエスにペーター・コーイ他の独唱陣。鬼気迫るバッハ。
●字幕はなく、プログラムに鈴木雅明訳による対訳を掲載。マタイのような宗教音楽に接するときに自分のスタンスをどこに置くかはいつも悩むところで、かつては仮想的に彼らに寄り添うような気持ちで聴かなければいけないんじゃないか的なことを思ったけど、今はもう少し異教徒への視線で眺めるというか。自分が異教徒、ではなく彼らが自分たちから見た異教徒。磔刑シーンで、イエスの両脇にはりつけられた強盗までもがイエスを罵るっていう場面がスゴい。近所のお寺さんに「人は縁あって生まれ、縁尽きて死ぬのです」って書いてあったんだけど、この人もご縁が尽きたんだろうか。ユダといい、ペテロといい、ったく。

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