ドミノ・ピザ
June 8, 2015

テミルカーノフ指揮読響のマーラー、ノット指揮東響のシュトラウス&ブルックナー

●週末はオケ公演がたくさん。5日はテミルカーノフ指揮読響へ(サントリーホール)。マーラーの交響曲第3番のみのプログラムで、小山由美(Ms)、女声合唱に新国立劇場合唱団、NHK東京児童合唱団。満喫。ただでさえ長大な作品だが、第1楽章が悠然としたテンポで開始され、自重に耐えきれないような巨大な音楽に。前夜に聴いたヘンゲルブロックのマーラーとはネガポジ反転したようなマーラー。よく鳴り、土臭く、混沌としたエネルギーを感じさせる。統率のとれた児童合唱の存在感がすごい。声の質はもちろんのこと、立ち上がるだけで動きにキレがあって、異質な存在の混入感が半端ではない。終楽章はいつ聴いても落ち着かない音楽。半分感動するけど、もう半分で額面通りに受け取れない疎外感を覚えるというか……。
●6日はジョナサン・ノット&東響(サントリーホール)。R・シュトラウスの「メタモルフォーゼン」とブルックナーの交響曲第7番。これまでに聴いたこのコンビのなかでは最強の満足度。精緻な「メタモルフォーゼン」の後に続くブルックナーが、前半からひと続きの音楽として機能していたというか。第2楽章の遅いテンポは意外だったけど、前半を受けての葬送の音楽と考えれば納得。ここしばらくブルックナーをとりあげる公演に意識的にたくさん足を運んでいたんだけど、最後にもっとも説得力のある解釈に出会った感。宗教的恍惚感と無縁でありながら、心を揺さぶるにはどうしたらよいか、という非大伽藍系ブルックナーとして。絶美。
●個人的な勝手なイメージとしては、「メタモルフォーゼン」という言葉の意味は第一に「変態」。典型的には、青虫がサナギになり、やがて蝶になるという変態。幼虫の体を形作る各部分が複雑に変化して新たに成虫の羽とか足とか摂食器官が形成されてゆく驚異と、23人の弦楽器奏者がそれぞれ独立したパートを奏でて有機的なアンサンブルを織りなす様子が重ね合わされる。そこに大戦の終結などの時代背景や「エロイカ」引用などふんだんなメタファーを読みとるべきとしても、自分の心のなかでは隠された昆虫名曲。弦楽器もどこか昆虫的だし。

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