December 12, 2016

デュトワ&N響の「カルメン」

●9日はNHKホールでデュトワ&N響のビゼー「カルメン」(演奏会形式)。時間が立つのがあっという間に感じられるおもしろさ。演奏会形式といえども独唱陣の演技が達者だったのと、主要キャストが視覚的にも役柄に完璧に合っていたこともあって、並の舞台よりよっぽど真に迫る「カルメン」だった。ケイト・アルドリッチのカルメン、マルセロ・プエンテのドン・ホセ、シルヴィア・シュヴァルツのミカエラ、イルデブランド・ダルカンジェロのエスカミーリョ。みんな歌も演技もすばらしい。カーテンコールの一番人気はミカエラか。ケイト・アルドリッチのカルメンは華やかでいかにもカルメン。オーケストラは通常のオペラ公演ではまず出会えないような精緻さ。独唱陣のかなり劇場寄りの雰囲気に対して、合唱は直立不動でオラトリオでも歌うみたいなムードで、この落差もなんだか妙に楽しい。新国立劇場合唱団とNHK東京児童合唱団。子供たちのうまさとかわいさは異次元。
●これはオペラなのか、コンサートなのか。見えない綱引きは指揮台と客席の間でもあったと思う。「ハバネラ」で客席の一部から拍手が出るが、デュトワはお構いなしに振り続ける。そんなシーンがその後何度も繰り返されていたのもおもしろかった。拍手で途切れさせずに演奏会形式だからこその密度を求めるマエストロと、せっかくの「カルメン」なんだから少しでもオペラらしさを味わい尽くしたいというお客さん。どちらにも共感できる。
●歌手の演技はあるんだけど、あるところ以上からはやらないという節度もあって、終幕でホセがカルメンを刺すアクションはなし。うっかりしてると「あれ、さっき死んじゃったのね」で先に進んでしまう油断大敵仕様。
●オペラの「カルメン」とバレエの「くるみ割り人形」は、二大「名曲密度の高さが尋常じゃない」傑作だと思う。神が降りてる。この日の「カルメン」はレチタティーヴォの入るギロー版。これで最初に親しんでるから、自分にとってはこれが「カルメン」。
●「カルメン」って、いつもミカエラの内なる邪悪さにイライラさせられるじゃないすか。第1幕でミカエラが歌う。「あなたのお母さんから預かってきたものがあるの。お金よりもっといいものよ(ポッ)」。もうこれってイヤな予感しかしないっすよねっ! うわー、その先を言うな、みたいな。でも、この日のミカエラは少し許せる気がした。このミカエラならいいんじゃないのか? いいのかも。
●第4幕、背景で闘牛が派手に盛り上がっているところに、ホセとカルメンの陰惨な修羅場がくりひろげられる。闘牛が仕留められるのと相似形を成すようにホセがカルメンを刺す。オペラ史上屈指の名場面だ。これってカルメンはエスカミーリョに招かれて闘牛を見に来てるわけじゃないすか。それなのに元カレが出てきてああだこうだとごねるから、肝心のシーンを見逃しちゃったんすよね。合唱が「見ろ! 心臓を一突きだ、勝ったぞ!」って歌ってる。たとえるならクリスチャーノ・ロナウドに試合を招待されてやってきた女子が、スタジアムに入る前に決勝ゴールが入っちゃったみたいな展開なわけで、これはカルメンは怒っていい。むしろホセより先に逆上すべき。カルメン「ホセ! どうしてくれんのよ、あんたのせいで肝心なシーンを見逃しちまったよっ!(ブスッ!)」。そんなカルメンがホセを刺す結末だってありうるんじゃないか。ホセは競技というものに対するリスペクトが不足している。

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