June 13, 2017

METライブビューイング 「ばらの騎士」新演出

●12日はMETライブビューイングでリヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」。ロバート・カーセンの新演出。元帥夫人のルネ・フレミング、オクタヴィアンのエリーナ・ガランチャ、ともにこの役からは本公演をもって卒業する。「時の移ろい」がテーマのこのオペラにあって、主要キャストふたりが身をもってそのテーマを体感するという特別な公演になった。指揮はセバスティアン・ヴァイグレ。
metlv_rosen_moriya.jpg●開映に先立ってこの日は特別にトークショーが開かれ、7月に二期会「ばらの騎士」公演で元帥夫人役を歌う森谷真理さん(写真)が登場。森谷さんはメトロポリタン・オペラでも「魔笛」で夜の女王を歌っている。「元帥夫人は33、34歳くらいの役柄。女性がいやがおうでも感じる老いに対する恐怖心と愛情が描かれている。時の移ろいを鏡からではなくオクタヴィアンから思い知らされる。これは東西、人種を問わず、女性が感じること」(森谷さん)。司会は林田直樹さん。
●さて、ロバート・カーセン演出の「ばらの騎士」だが、舞台を18世紀ではなく、20世紀初頭の第1次世界大戦前夜に置き換えている。つまり作曲当時の時代に置き換えて、より直接的に当時の人々が感じていたであろうことを伝えている。一段とはっきりとハプスブルク帝国の終焉、血縁がものをいう貴族社会から個人の才覚が求められる市民社会への変化が表現され、そこに元帥夫人個人の時の流れが重ね合わされる。ホーフマンスタールの演劇として鑑賞可能な綿密で普遍性の感じられる台本に、リヒャルト・シュトラウスの壮麗で官能的なスコアがついて、歌手、衣裳、舞台、オーケストラとありったけのリソースを注ぎこんだぜいたくなMETのプロダクション。もう完璧なオペラ。これを見て感動しないことは不可能だと思うほど。
●で、主役はもちろんルネ・フレミングの元帥夫人で、ピークを過ぎる前にこの役から退きたかったというだけあってクリーミーボイスは健在だが、それ以上の強烈な存在感を放っていたのがオックス男爵のギュンター・グロイスベック。名門に生まれたという「血」しか誇るものがない野卑で乱暴なオックスであるが、しかし太ってはいない。マッチョなオックスなんである。この説得力はすごい。というのもこのオペラ、男性が見ても基本的に元帥夫人に共感可能な作品だとは思うが、一方でどこかでオックスに対しても共感を抱けないとおもしろくない。いや、オックスは100%、イヤなヤツなんすよ。男はだれもあんなふうになりたくない。そこは元帥夫人とは違う。でも、イヤなヤツなんだけど、真実味はあるし、彼が未来のオクタヴィアンであることは明らかで、男の側にも「時の移ろい」があるんだと思い知らせる役でもある。だから幕間のインタビューでも言われてたけど、オックスはセクシーでもある。これはともに滅びゆく体制側にある元帥夫人とオックスが性別をたがえて合わせ鏡の関係にあることを示すためにも納得の表現。
●エリーナ・ガランチャが歌うオクタヴィアンの「青年感」もすごい。ズボン役が女装するというアクロバティックなストーリー展開になんの無理も感じさせない。ゾフィー役はエリン・モーリー。彼女のゾフィー像も興味深い。一見、気立てのいい近所のおばちゃん感があってゾフィーにはどうかなと思ったら、はっきりと主張をする女性、自分の意志で生きる女性としてのゾフィーが描かれていて、これも自分で生き方を選びようがない元帥夫人との鮮やかなコントラストをなしていた。ゾフィーの父、ファーニナルが武器商人であることを明確に描いているのも吉。第1次世界大戦前夜に置き換えられて前景化しているが、もとからこのオペラは「元帥」夫人の話であるわけで、隠れがちなミリタリー・オペラの側面に光が当てられていたともいえる。
●第1幕、元帥夫人のお屋敷がめちゃくちゃ豪華じゃないすか。あんな立派な屋敷に住んでいて、元帥夫人にもオックス男爵にもお付きの者が何人もかしずいている。いわんとすることはわかる。こんな非生産的な階級、早々に滅びなきゃおかしい。この間にもファーニナルはせっせと社会の需要を満たしているんだぜー。
●このオペラって、見るときの年齢でずいぶん受け取り方が変わってくるんすよね。自分が最初に舞台で見たときはまだ大学生だったので、元帥夫人もオックスも別の惑星の生物くらいの遠さだった。第1幕で元帥夫人が美容師に「あら、おばあちゃんみたいな髪型にしちゃったのね……」ってつぶやくとき、「あー、あるある、美容師がダメだとババアになっちゃうよな! ハハハ」みたいな。これって、そうじゃないんすよね。鏡を見て、おや今日は老けて見える、髪型がおかしいからかな、それとも睡眠不足で疲れてるからかな、目の下にクマができてるかな、(男性だったら)ヒゲをきちんと剃ってないからかな……とあれこれ思った末に悟る。老けて見えるんじゃない。実際に老けたんだって。

photo © 松竹

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