ドミノ・ピザ
October 17, 2017

ノーベル文学賞にカズオ・イシグロ

●今さらの話題だけど、2017年のノーベル文学賞がカズオ・イシグロに決定。これはびっくり。近年のノーベル賞というと、縁のない人ばかりだった(去年のボブ・ディランも。どんな詩を書いたのかぜんぜん知らない)。それが急にカズオ・イシグロ。2010年のバルガス=リョサ以来、久々に知ってる人気作家が受賞したという感じ。
●で、せっかくなので好きなカズオ・イシグロ作品を挙げてみる。まず1位は月並みだけど「日の名残り」。どうしても挙げざるを得ない。イギリスの名家の執事を主人公に、とても美しくてノスタルジックな物語が紡がれていって、それが心地よいんだけど、次第に一人称で語られる物語と客観的現実の間にずれがあることがわかってくる。最後まで読み終えて呆然。容赦なく苦くて、意地が悪い。完璧な小説というほかない。あと、執事の主人公がご主人様の車に乗る場面があるじゃないすか。あのはらはらさせる意地悪さも秀逸。
●2位は「充たされざる者」。これはカズオ・イシグロ作品のなかではもっとも長く、しかも読みづらい小説。ただ、世界的ピアニストが主人公ということで音楽ファンの興味をそそるかも。テーマは夢。眠っているときの夢には、絶対にありえない不条理が当たり前に起きる一方で、やたらと具体的でディテールがリアルなことがあるじゃないすか。それを小説化したらどうなるか。ほかの作品と違って粗削りで読者を選ぶが、一種の悪夢がこれほど見事に言語化されていることに驚嘆する。たとえるなら高級なJ.G.バラードとでも。
●3位は「わたしたちが孤児だったころ」。ほかの多くの作品と同様に、ここでも記憶やアイデンティティがテーマになっている。「日の名残り」と同様、とても読みやすくて美しく、そしてやはり底意地が悪い。探偵小説風の体裁も吉。
●あと、番外で短篇集だが「夜想曲集」も傑作ぞろい。副題に「音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」とあるように、音楽ファンならより楽しめることは確実。このなかで特に好きなのは「チェリスト」。チェリスト志望の若者が謎の女教師に出会い個人レッスンを受ける。女はどうやら世界的な大家らしい。その批評は辛辣だが的確で、若者はレッスンにのめり込む。で、どうなったかというと……。同じ短篇集の「モールバンヒルズ」にも音楽家が出てくる。どちらも(多くの他の長編もそうだけど)、「美しく切ない物語」みたいな外枠のなかに、おかしくて苦い真実が描かれていて、読んでいて身悶えしそうになる。「痛い」ミュージシャンを描くと、一段と筆が冴えわたる。

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