ドミノ・ピザ
January 5, 2018

映画「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」

●ようやく映画館で観た、「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」。同シリーズのエピソード8。監督は前作のJ・J・エイブラムスとは変わってライアン・ジョンソンに。ちなみにエピソード9ではJ・J・エイブラムスが再登場するそう。それにしても先日の「ブレードランナー2049」も長かったが、これも2時間30分超の大作。せめて延々続く予告編を免除するとか、トイレ休憩を入れてほしくなる。だいたい課金モデルなのにCMをたくさん見なきゃいけないのはどういうことか(って、これは前にも言ったか)。以下、ネタバレ若干ありで。
●で、今回の「最後のジェダイ」。ひとつひとつのシーンはよくできているし、従来のマッチョな物語が女性やマイノリティが活躍する多様性のある物語に生まれ変わっているのは大歓迎、映像表現や細かなプロットから旧作へのリスペクトが感じられるのも吉。しかし、もっと驚くような、ダイナミックな展開が欲しかったとも思う。前作「フォースの覚醒」は過去作品のリメイク的なところもあったが、新たな三部作の一作目でもあるし、主要登場人物が刷新されていることで救いがあった。となれば今作には「起承転結」の「転」を期待したいところ。ところがむしろ新キャラクターより旧キャラクターのほうが目立っている。そして主人公レイの両親はだれなのかという点や、敵の大ボスであるスノークがあんなことであんなになってしまうとか、広げたと思われた風呂敷が早々と畳まれている。
●いちばん気になったのは自己犠牲のシーンの多さ。外伝的な位置づけの「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」はワーグナーのオペラ以上に「みんな死ぬ」という話でどうかと思ったが、エピソード4の前史であるという点で耐えた。でも正史のほうでもこんなに自己犠牲が続くようでは、レジスタンスが細っていくのも無理はない。そもそも彼らの側の正義ってなんだったのよ。狂信的なカルト集団とどう違うのか。
●それからフォース。従来設定と辻褄が合わないくらい応用力のある力になっている。特にレイアが九死に一生を得る場面が理解できない。あと、大詰めのルーク。カイロ・レンとの対決シーンは大変カッコいいのだが、その種明かし部分でワタシゃ思わず吹き出したよっ! あれってどうなの。そんなフォースってあり? あの是非について、だれかと語り合いたい。
●自分が期待していたのは、カイロ・レンがライトサイドに目覚めてジェダイとなる一方で、レイがダークサイドに落ちて敵の大ボスになるくらいの落ち着かない展開だったかも。あと、全般に「家族の物語」ではなくなってきた分、このシリーズにあった神話性が薄れている。
●ルークとレイの掛け合いでユーモラスな場面があったのはとてもいい。あの場面って、いかにも父と娘って感じなのに、それなのに、それなのに……。

このブログ記事について

ひとつ前の記事は「「屍人荘の殺人」(今村昌弘著/東京創元社)」です。

次の記事は「ミステリ批評家ハロルド・ショーンバーグ」です。

最新のコンテンツはインデックスページへ。過去に書かれた記事はアーカイブのページへ。

ショップ