June 5, 2018

METライブビューイング「サンドリヨン」 ロラン・ペリー演出


●4日は東劇でMETライブビューイングのマスネ作曲のオペラ「サンドリヨン」。つまり「シンデレラ」。MET初演/新演出。ロラン・ペリーの演出(衣裳も)、指揮はベルトラン・ド・ビリー。「シンデレラ」といえば、ロッシーニの「チェネレントラ」のほうがオペラ作品としては知られているかもしれないが、あちらは魔法もガラスの靴も登場しない別系統のシンデレラ。ワタシたちがよく知っている「シンデレラ」に近いのは、こちらのマスネの「サンドリヨン」のほうだ。ロラン・ペリーの演出はもう完璧。洗練されていてオシャレ、ディテールまで作り込まれていて、しかも上質なユーモアにあふれている。本気で笑えて、しかもほろりとさせられる(シンデレラなのに!)。真のラブコメだ。つい先日のカタリーナ・ワーグナー版「フィデリオ」のいい解毒剤になった。女子だけではなく、男子も見る価値ありと断言。
●サンドリヨン(リュセット)役がジョイス・ディドナート、シャルマン王子役がアリス・クート。つまり、シンデレラと王子さまはどちらも女声なんである。だからハイライトは女声同士の二重唱になり、さらにそこに妖精役のキャスリーン・キムが絡んでくる。女声だらけで、なんだかシュトラウスの「ばらの騎士」を連想させる。もちろん、マスネのほうが先なんだけど。そしてシンデレラで王子が女声ということは、このオペラにテノールの居場所はないってことなんすよね。幕間インタビューでド・ビリーもちらっと言ってたように、そのあたりがやや人気にも影響しているのかも。継母がステファニー・ブライズ、パパさんがロラン・ナウリ。歌手陣はみな歌もすばらしいし、演技も達者。キャスリーン・キムのコロラトゥーラが人外魔境の妖精感。
●アリス・クートはちゃんと男性に変装していた。レオノーレは本当にフィデリオになれるのかもしれない。前半の第1幕と第2幕はコメディタッチで、特に第2幕のコミカルなバレエは秀逸。第3幕は一転してトーンが変わって、シンデレラと父のやりとりにしんみり。このパパさんの人物像がよく描けていて、娘シンデレラに対して本物の愛情を持ったやさしいパパなんだけど、一方でつまらない野心にもとらわれているがゆえに怪物的な妻(継母)と結婚してしまった。娘に「ここから逃げて幸せになろう」とか言うんだけど、彼が口先だけでなにもできない弱い男であることはわかり切っている。「シンデレラ」でありながら、ちゃんと男性側の人物像が描けているのって、スゴくない? 同様にシャルマン王子も薄っぺらい書割みたいな人物ではなく、苦悩する王子になっている(ところでシャルマン王子って、そんな名前が付いていたっけなあと思いながら見ていたのだが、途中でこれが「プリンス・チャーミング」のことをフランス語で言っているのだと思い当たった。プリンス・チャーミング=人間性を感じさせない王子のシンボルと解していたのだが、ここではそうではない)。
●すごく小さなことなんだけど、シンデレラって深夜12時になって、あわてて帰るじゃないすか。あの帰り道はどうやって帰ってるんだろうって気にならないすか。魔法が解けたんならカボチャの馬車はもう乗れないのでは? だったら歩いて帰るのか、でも歩いて帰れる距離なのか? ドレスはボロ着に戻るのか?とか。このあたりは童話でははしょられがちでは。あ、でもディズニー映画ではちゃんと描かれているのか。このオペラでは歌詞で回想されていて、やっぱりカボチャの馬車は使えなくて、人目を避けながら道の端を歩いて必死で帰ってきたみたいなことが歌われる。うん、そこが疑問だったので、ちゃんと説明してくれてうれしい。みんなジェイソンが13日の金曜日になにをしているかは知っていても、14日の土曜日をどんなふうにくつろいでいるかは知らないわけで、12時を過ぎたシンデレラの帰り道はもっと語られてしかるべきって気がする。

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