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August 24, 2018

元銀行員のサッリを新監督に迎えたチェルシー

チェルシーvsアーセナルのマッチデイ・プログラム●イングランドの夏は短い。すでにプレミアリーグは開幕しており、この週末で3節目を迎える。で、今季もっとも注目したいのがチェルシー。このビッグクラブが今季新たに監督に招いたのは、ウワサの異才、マウリツィオ・サッリ。なんと、元銀行員というイタリア人監督だ。もちろん、プロ・サッカー選手の経験などない。大手銀行に勤務するかたわら、趣味で地元のアマチュア・クラブの監督を率いたところ、毎シーズンごとにチームは上のカテゴリーへと昇格を果たした。そして6部チームを率いていた40歳で銀行を退職し、監督業に専念すると、セリエD、セリエC2、セリエC1とどんどんステップアップ、セリエBからはさすがにしばらく伸び悩んだようだが、やがてセリエBのエンポリをセリエAに昇格させることに成功。銀行を辞めてから15年をかけて、55歳でついにトップリーグにまで到達した。それからナポリに引き抜かれると、ここでも実績を残してスター選手たち相手にもチームを指導できることを証明した。そして、今季からは、ついにチェルシーで指揮を執ることになった。
●こういう話を聞くと、ヨーロッパの指導者たちの日本とは次元の違う層の厚みを感じずにはいられない。監督としてゼロから始めても、才能があれば頂点のビッグクラブまで到達できてしまう。そして、サッリが掲げるのは革新的な攻撃的サッカー。サッリの戦術は「トータル・ゾーン」と呼ばれている。マンマークを放棄した完全なゾーン・ディフェンスで、ディフェンス・ラインは極端に高く、一糸乱れぬ上げ下げのコントロールを要求されるのだとか。約束事の多い戦術らしく、先発メンバーの固定を好み、しかも戦術が浸透するまで時間がかかるからシーズン最初はうまくいかないみたいなことを公言してしまう。ハイラインでポゼッション重視の攻撃サッカーということでは、マリノスでポステコグルー監督がやりたかったのはこれなのかなという気もしなくはない(結果的に似て非なるものになっているが)。
●ここまでは、ハダーズフィールド・タウン、アーセナルを相手に快調に2連勝。シーズン当初から結果が出ている。サッリは自分の戦術を実現するために、ナポリから教え子ともいえるジョルジーニョを連れてきて、アンカーのポジションに置いている。彼が後方のコンダクター。で、おもしろいのは、ジョルジーニョを底に置いた結果、本来この位置でボールを「狩る」役割のカンテがひとつ前の、いわゆるインサイドハーフにロス・バークリーと並んで入っている。すると、カンテが攻撃参加する場面ががぜん増えて、こんなに攻撃もできる人だったのかという驚きあり。4-3-3を採用していて、センターバックにダビド・ルイスが復権しているのも特徴。前線の3枚は今のところ中央がモラタ、左右にウィリアンとペドロが入っている。ということは、ワールドカップで優勝したフランスのジルーがベンチにいる。そしてアザールもなぜか2試合ともベンチスタートだったのだが、その理由はコンディションなのか、戦術的理由なのか、一部でウワサされる移籍が近く発表されるのか、理由は謎だ。
●世界の名監督には、サッリのようにプロサッカー選手の経験がない人はそう珍しくない。元祖革命的戦術家のサッキにはじまり、ザッケローニ、モウリーニョ、ビラス・ボアス、マンサーノ、マノ・メネーゼス、Jリーグでおなじみのオリヴェイラやジョアン・カルロスなどなど。彼らはプロ選手にならなかったからこそ、早期からコーチやスカウトとして体系立ててサッカーを学べたのだと理解しているのだが、それにしてもサッリのように銀行員から転身するというのは異例だろう。会社を辞めて15年を経て、世界の頂点へ。最強のオッサン版シンデレラ・ストーリーだ。