February 18, 2019

「紫苑物語」(石川淳著/新潮文庫 Kindle版)

●新国立劇場では西村朗作曲の新作「紫苑物語」が初演されたところである。後日足を運ぶのだが、先に予習も兼ねて、原作の「紫苑物語」(石川淳著/新潮文庫 Kindle版)を読んだ。もちろん、どんな場合でもオペラと原作は別物というのが大前提だが、情報量の多い舞台を予想して読んでおくことに。以下、すべて原作の話。
●主人公は国の守、宗頼。歌の家に生まれ、生まれながらの和歌の才に恵まれるが、やがて歌を捨て、叔父の弓麻呂を師として弓に生きる。宗頼はまず「知の矢」を習得する。しかし宗頼が放った矢はことごとく獲物を仕留めるが、射ると同時に獲物が消えてしまう。次に宗頼は「殺の矢」に開眼する。弓麻呂の導きにより、人を射ることを覚える。ついには「魔の矢」を身につけ、敵対する者を次々と殺め、さらには無辜の者まで手にかけるようになる。死骸の後には紫苑を植えよという。悪霊を背負うまでになった宗頼は、人の立ち入らない岩山で、岩肌に仏像を彫る平太なる者に出会う。ただ仏像を彫るだけの平太に、宗頼は自分自身の影を見て、宿敵とみなす。宗頼は仏像に立ち向かい、矢を射る……。
●といった一種の神話的な雰囲気をまとった自分探しの物語。主人公は「知の矢」「殺の矢」「魔の矢」と三段階にわたって弓術を究めることで、同時に三段階にわたって自己の分身を乗り越える。まずは父を越え、次に叔父を倒し、最後に平太と対決する。弓麻呂は主人公にフォースのダークサイドを教えるダースベイダーのようなもの。ならば平太はジェダイである。宗頼と平太の対決は、アナキン・スカイウォーカーvsオビ=ワン・ケノビか。ただ、剣ではなく、ここでの武器は弓矢だ。最後のエンディングは、炎のモチーフが少し「ワルキューレ」を連想させる。
●最後のシーンは、魔と仏、善と悪の対消滅と読むか、必定の合一と読むか。

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