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April 25, 2019

「旅する作曲家たち」(コリンヌ・シュネデール著/アルテスパブリッシング)

●今年もラ・フォル・ジュルネの日仏共通オフィシャルブックが刊行された。「旅する作曲家たち」(コリンヌ・シュネデール著/西久美子訳/アルテスパブリッシング)。これは毎回、音楽祭のテーマに応じてフランスの音楽学者が書き下ろしている本で、「音楽祭の聴きどころを紹介する実用ガイドブック」ではない。ルネ・マルタンの掲げるテーマを音楽史的な観点から敷衍して、聴衆の好奇心を刺激してくれる一冊。旅から生まれた音楽がどれほど多様性に富んでいるか、そして旅がどれだけ作曲家のインスピレーションを刺激してきたかがよくわかる。登場する曲や作曲家のなかにはまったく(あるいはほとんど)知らいないものも少なくなく、ためになる。あと、フランス人視点なので、北アフリカ方面への手厚さが特徴として出ている。そのあたりは、今回の音楽祭のプログラムにも反映されている。
●で、特におもしろいと思ったのは、19世紀欧州における旅の交通手段について。よく曲目解説でだれがどこに旅をして曲を書いたっていう話は見かけるけど、その旅がどういう手段を用いてどれだけ時間をかけた旅なのかはあまり書かれないもの。ローマ賞を受賞したフランスの作曲家が、ローマに行くまでにどれくらいかけているのか。グノーは1839年12月5日にパリを出発して、翌年1月17日にメディチ荘に到着している。交通手段は馬車だ。大変な苦労である。ところが後年、グノーはこの長旅をとてもすばらしい体験だったと述懐し、それに対して今どきの若者は機関車で高速移動させられてかわいそうに、みたいにぼやくんである。なんというか、今も昔も年長者のボヤキは変わっていない。かと思えば、ヴィヴァルディはヴェネツィアの街を一度も徒歩で移動したことがなく、つねに四輪馬車かゴンドラで移動してたのだとか。今で言えばすぐそこに買い物に行くにもハイヤーを頼む、みたいな感じ?
●抱腹絶倒なのはベルリオーズのロシア旅行。ロシアまでは汽車で行けたが、その後は橇(そり)に4日間ひたすら乗り続けたというのだ。ベルリオーズは言う。フランス人たちは橇といったら雪の上をすいすいと走る乗り物だと思っているが、現実はとてもそんなものじゃない。荒れた道をガツンゴツンと激しく揺さぶられながら轟音とともに進むのであり、夜なんて一瞬も居眠りしてはいけない。おまけに凍死しそうなくらい寒いわ、揺れで橇酔いするわでもう大変だ……なんていう調子なのだが、自慢げに武勇伝を語るベルリオーズの姿が想像できて、なんともおかしい。