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August 2, 2019

ドキュメンタリー「サー・サイモン・ラトルとベルリン・フィル~16年の軌跡~」

●毎夏、コンサートの数が減る頃にベルリン・フィルのデジタル・コンサートホールを見ることが多いのだが、同サービスにドキュメンタリー「サー・サイモン・ラトルとベルリン・フィル~16年の軌跡~」が日本語字幕付きで置いてあったので視聴する(マーラー「悲劇的」のディスクにも同梱されていたもの)。監督はエリック・シュルツ。ラトル本人と楽団員へのインタビュー中心に構成され、ラトル時代の16年間を総括する。映像の作り方、音楽の選び方も含めて、見ごたえあり。67分。
●冒頭、何人かの楽団員たちが出てきて、ラトルを称賛するんすよ。彼は聡明だ、思いやりがある、みんなが想像する以上にベルリン・フィルにぴったりだった、みたいに。あれれ、まさかこんな調子で前音楽監督いいね!が続くの?と一瞬心配したけど、これは杞憂。オーボエのジョナサン・ケリーが出てきて、サイモンはナイスガイに見えるし、実際ナイスガイなんだけど、でもいかれてるんだよね(wacky)と言い出したあたりから、おもしろくなってくる。やっぱり彼はイギリス人だから皮肉屋なんだ、ブラックユーモアの持ち主だ。そんな人物評が続いた後に、ラトル本人が出てきて語る。「(もう退任するから)以前だったら言えないことでも今なら言える。かつてならケンカになったようなことでもね。われわれはやっとお互いに認め合うようになったんだ。去る頃になって。爆!」。
●ティンパニのゼーガースが「アバドの頃もそうだったけど、いったん退任宣言すると、以前ならケンカになるようなことでもどうでもよくなる」と語っていた。これは一般企業でもまま見られること。逆にいうと、それ以前はずいぶん指揮者とオーケストラの間にいろんな軋轢があったんだろうと思う。ベルリン・フィルはひとりひとりの自己主張が強烈で、はっきりとものを言う集団。でも意見が対立しても、妙な恨みが残ったりはしない。そういう文化なんだということが伝わってくる。ラトルによれば「(指揮者は)公の場で処刑される。でもそれがいい。今ではよさがわかる」。こういう本音が拾われているのがドキュメンタリーのおもしろさか。以前、来日した際の記者会見でも、ベルリン・フィルの指揮台に立つのは猛獣の檻に投げ込まれるようなものみたいなことを言ってたっけ。
●ラトルがロンドン交響楽団の音楽監督になって、なんとなく「ラトルはロンドンに帰る」イメージを持っていたけど、ベルリン・フィルを退任してもラトルと家族はそのままベルリンに残るんだそう。家族会議で全会一致で決定。子供たちが「ここを離れる必要はないんでしょう?」と。
●ラトルのジョークって、ときどきおもしろいけど、ときどきぜんぜんおもしろくない。おもしろくないジョークも言わなければいけないのは、最高に聡明な人間の義務なのかも。