November 12, 2019

新国立劇場のドニゼッティ「ドン・パスクワーレ」


●11日は新国立劇場でドニゼッティの「ドン・パスクワーレ」(新制作)。演出はステファノ・ヴィツィオーリ。コメディをストレートに伝える舞台で、作品にふさわしいほのぼのとした笑いとイジワルさが同居している。金持ちの独身老人ドン・パスクワーレを、主治医のマラテスタ、頼りない甥っ子エルネストとその恋人のノリーナが計略にかける。若者たちはめでたく結婚できてハッピー、老人は結婚の夢が破れて「年寄りが若い女と結婚するなどとんでもないこと」とたしなめられる。ノリーナ側に寄せて見ればラブコメなんだけど、ドン・パスクワーレ側に寄せて見れば老人虐待オペラ。一見、ひどい話だなあと思うんだけど、そもそもオペラの主要客層はどちらかといえば金持ち老人の側にあるわけで、このオペラは一種の自虐ギャグとして受け入れられてきた面もあるんじゃないだろうか。つい年齢を忘れて若い女の子に惹かれてしまう男たちの戒めとしての笑い、というか。
●初日のハイライト映像があがっているので、これを見ればどんな雰囲気か一目瞭然。なんて便利な時代なんだ。舞台装置はとてもよく練られている。可動式の箱形の装置を横に伸ばしたり畳んだりと、動くのが吉。クラシカルな衣装も麗しい。映像の後半にも出てくるけど、たびたび水平方向に物や人が高速移動するのが愉快。これはドン・パスクワーレの垂直方向への緩慢な動作(ヨッコイショ)と対照をなすユーモア。
●歌手陣は当初ノリーナ役にドゥ・ニースが予定されていたが、惜しくも降板。しかし代役のハスミック・トロシャンが予想以上にすばらしくて満足。機敏で軽やかな声といい溌溂とした演技といい、ノリーナにぴったり。マラテスタ役のビアジオ・ピッツーティは芸達者、ドン・パスクワーレ役ロベルト・スカンディウッツィとの早口二重唱(っていうの?)は痛快。エルネスト役のマキシム・ミロノフは甘く軽い声で、いかにも頼りない甥っ子。ピットにはコッラード・ロヴァーリス指揮東フィル。
●第2幕、計略により結婚が成立したとたん豹変するノリーナの姿は、鬼嫁マニア必見。オペラ三大鬼嫁シーンの一角に入れたい(あとのふたりは? 「ワルキューレ」のフリッカと……)。オペラ三大被虐爺はドン・パスクワーレ、ファルスタッフ、オックス男爵。

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