December 10, 2019

アラン・ギルバート指揮都響のバルトーク、アデス、ハイドン他

●9日は東京文化会館でアラン・ギルバート指揮都響。プログラムが実に魅力的。前半にリスト(ジョン・アダムズ編曲)の「悲しみのゴンドラ」、バルトークのヴァイオリン協奏曲第1番(矢部達哉)、後半にアデスの「クープランからの3つの習作」(2006/日本初演)、ハイドンの交響曲第90番。ジョン・アダムズとアデスというふたりの現代の作曲家がそれぞれリストとクープランを題材にぜんぜん違ったスタイルで編曲しているというおもしろさがあり、一方でリスト、バルトーク、エステルハージ家のハイドンというハンガリー要素も含んでいる。
●ジョン・アダムズが「悲しみのゴンドラ」を編曲したのは1989年。絢爛たるオーケストレーションで彩られるのかと思いきや、オーソドックスな2管編成を用いたもので、アデスよりもむしろこちらのほうが習作的というか、なにかを試している感あり。一方、アデスのほうはクープランのクラヴサン曲「気晴らし」「手品」「魂の苦しみ」の3曲を題材とした再創造。2群に分けた弦楽器や、打楽器群の活用などで独自の音響を生み出す。マリンバや大太鼓を使いながらももっぱら弱奏で、繊細な音色のうつろいを実現する。バルトークのヴァイオリン協奏曲、第1番はめったに聴けないので貴重な機会。聴き終えてすぐにもう一度聴きたくなる。
●白眉はハイドン。ギルバートは以前も感じたけど、明るく爽快な音色を引き出す。磨き上げられたアンサンブルによる軽快でのびやかなハイドンで、隅々にまで音楽の愉悦が溢れている。この第90番の終楽章にはハイドン一流の仕掛けがあって、途中でニセのエンディングが入る。曲が終わったように見せかけて、実は終わっていないという罠。4小節の総休止が入る。ここで拍手が起きるのが本来のあり方だが、心配だったのは都響のお客さんは作品知識があるのでだれも騙されないのでは?という点。だれも拍手してくれないとこの曲を選んだ甲斐がない。が、ちゃんと拍手は出た! たぶん、終わってないと承知であえて拍手してくれた人が何人もいたのでは。で、そのあと、素直に終わってもいいのだが、ラトルとベルリン・フィルの録音のようにリピートしてもう一回騙すという手があって、2周目へ。ただし、2度目は小芝居が入って、拍手が起きた後にコンサートマスターが指揮者に「まだ終わってないですよ?」と言わんばかりに楽譜を見せてアピール。騙されたのは指揮者という体でギルバートが「ゴメンナサイ」とつぶやいて続きを演奏する。会場はどっと沸く。本当に演奏が終わった後、カーテンコールでギルバートはさっと指揮の構えを見せて、まだやるよとばかりに戯れのポーズ。笑。この曲、「驚愕」がだれもびっくりしない「驚愕」になったように、いずれはだれも騙されないニセエンディングになってしまうのかもしれないが、今のところはまだ大丈夫。

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