December 27, 2019

映画「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」

●映画館で「スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」を見てきた。1978年にオリジナル三部作の第1作が公開されたとき、シリーズ生みの親、ジョージ・ルーカスは「スター・ウォーズ・サーガ」は全9部作であることを明言していた。1983年にオリジナル三部作が終わった時点では、続編の見込みはまったく立っていなかったはず。それが紆余曲折を経て、当初の構想通りついに全9部作が2019年に完結した。まさか完結する時点で作品がルーカスの手を離れ、ディズニー傘下で作られることになるとは。この伝説的な映画の製作そのものがひとつのサーガだったんだと思う。9部作すべてを映画館で見ることができた今、ワタシは感動に浸っている……と言いたいところだが。なんだこりゃ。
●シナリオ以外はとてもよくできている。音楽も映像もクリーチャーのデザインも。しかし、ストーリーに新しいアイディアや驚きの展開がなく、前作のおしまいからシリーズの結末までを最短経路でつなげたような話で、あっけに取られているうちに思わせぶりなエンディングを迎えてしまった。ラストシーンをあの場所で迎えるというのはとてもいいんだけど、ディテールはともかく、幹となる物語の弱さ、別の言い方をすると「スター・ウォーズ」の肝となる神話性の欠如を感じずにはいられなかった。
●いや、それとも自分がもうアクションだとかカーチェイスならぬ宇宙船チェイスを楽しめなくなったというだけのことなのか? オリジナルの三部作だって、実のところ練りあげられたものではなかっただろうし、今から思えばずいぶん雑な話だったのかもしれない。続く「アナキン三部作」(とワタシは呼ぶ)は、圧倒的な映像美の一方で演出に頭を抱えつつ、しかし最後にやってくるクライマックスに留飲を下げることができた。だから今回の「レイ三部作」(とワタシは呼ぶ)も、最後の最後で大きな見せ場があるのではないかと期待していたのだが、結局のところ旧作をなぞったものとしか思えなかった。でも、こうなるのはしょうがないのかも。シリーズそのものがあまりに伝説化してしまったために、だれも大胆なアイディア、予想外の展開を盛り込めなくなってしまった。生みの親のルーカス以外に予定調和を覆すことなど、許されるだろうか。
●「スター・ウォーズ」がディズニー傘下に移った時、多くのファンが心配したのは、男の子が夢中になる「スター・ウォーズ」的なカッコよさがディズニーによって失われ、角の取れたファミリー映画になってしまうのではないかということだった。でも、今はその心配が見当違いだったとよくわかる。ルークからレイによって置き換えられた、現代のディズニー的な主人公像は諸手を挙げて歓迎できる。女の子は王子様を待つのではなく、自分で戦い、自分で生き方を選ぶ。すばらしい。むしろ、新しい「スター・ウォーズ」がディズニーらしいウェルメイドな物語になれなかったことが惜しくてならない。「アナと雪の女王」とか「ズートピア」とか「マレフィセント」とか「シュガー・ラッシュ オンライン」みたいな、練り上げられた脚本で「スター・ウォーズ」が更新されていたらどんなによかっただろう。

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