August 31, 2020

サントリーホール サマーフェスティバル2020 芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会

サントリーホール
●29日はサントリーホールでサマーフェスティバル2020、第30回芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会へ。芥川也寸志サントリー作曲賞(旧称は芥川作曲賞)は新進作曲家のオーケストラ作品を対象に演奏会形式により公開選考を行うという賞で、受賞作曲家には新作が委嘱され、2年後にその初演が行われる。まずは、その2年前の受賞者である坂田直樹の委嘱作品「手懐けられない光」が世界初演され、続いてノミネート作品である冷水乃栄流(ひやみず・のえる)「ノット ファウンド」、小野田健太「シンガブル・ラブ II - feat. マジシカーダ」、有吉佑仁郎「メリーゴーラウンド/オーケストラルサーキット」の3作品が演奏された。演奏は沼尻竜典指揮新日本フィル。
●演奏後に公開選考会(選考委員は金子仁美、福井とも子、望月京)が開かれ、意見は小野田作品と冷水作品で2対1に割れたが、多数決的に小野田作品の受賞が決まった。なお、公開選考会に先立って聴衆による非公式な投票「SFA総選挙」が行われ、そちらは1位が冷水作品(45%)、2位が有吉作品(28%)、3位が小野田作品(27%)。受賞作への票がいちばん少なかったという結果に。
●3曲について、自分なりに感じたことを以下にメモ。冷水乃栄流の「ノット ファウンド」はベートーヴェンの「第九」を解体再構築したような作品。2019年5月に初演された曲なんだけど、世界観として「合唱(歓喜の歌)不在の第九」が設定されていて、結果的に時宜を得た作品になっている。ウイルス禍で「第九」が歌えるかどうかわからないベートーヴェン・イヤー、という意味で。しかしそういった文脈がなくとも、崩壊し風化した「第九」として純粋に楽しめる。オーケストレーションは精妙で、基本的なトーンは楽しくて明るい。作曲者のプログラムノートによると、文明が退廃した世界での人間活動の痕跡といった視点があるようで、このノリは共感できる。ポストアポカリプス的な世界観、さらに言えば「ポストアポカリプスなんちて的世界観」でもあって、今日のゾンビ禍(ウイルス禍ではなく)を巡る諸々の表現や考察と遠くなく、また最近当欄で紹介したデイヴィッド・マークソン著の実験的小説「ウィトゲンシュタインの愛人」(国書刊行会)とも通底する要素があると思う。ただ、曲を耳にしてすぐにワタシは別の作品を連想してしまって、それはマイケル・ゴードン作曲の「ベートーヴェンの交響曲第7番を書き直す」。ジョナサン・ノット指揮バンベルク交響楽団の録音があるのだが、第7をリライトしたという、いじわるな笑いとカッコよさが同居する曲。あと、曲名の「ノット ファウンド」からは、まっさきに404のエラーメッセージを連想した。サーバー管理者がいなくなって、ドメインの有効期限が切れて 404 Not Found。そういうイメージも共有可。
●小野田健太の「シンガブル・ラブ II - feat. マジシカーダ」も洗練された美しい響きのする曲。マジシカーダとは北米の周期ゼミで、その周期性を持った生態と求愛行動から90年代J-POPを連想し、作曲者が考える「90年代的ダサさ」を曲に潜ませているという。ところが自分は90年代J-POPというものをまったく知らず、その文脈に従ってこの曲を聴くことができない。この日の候補作のなかではもっとも「ネタがわからない」曲。でも聴衆投票で自分はこの曲に票を投じた。というのも、セミ感や夏感は伝わってきて、ノスタルジーという形で明快に感情に訴えかける要素があったから。包装紙や化粧箱みたいな意匠も大事なんだろうけど、箱の中身、つまり聴いてなにか自分の内面に影響を及ぼす要素がなければ、わざわざ遠い場所まで足を運んで音楽を聴こうとは思えないので。
●有吉佑仁郎「メリーゴーラウンド/オーケストラルサーキット」は、舞台上の指揮者を中心にサークル状に奏者を配置して、円の間を音響を移動するというアイディアを持った作品。しかしサントリーホールの豊かな残響のなかでは、音像に定位感は得られず、ステージ上の音はひとつの塊となって響く。舞台上の指揮者の位置で聴けばエキサイティングな体験だったはずだが、客席にいると音が遠い。しかも指揮者も手前側の奏者も背中を向けているので、視覚的な疎外感も味わう。遊園地のメリーゴーランドに乗るのは大好きだが(怖くない貴重な乗り物)、乗らずに眺めているだけだとかなり寂しい。もっとも、このホールを前提に書かれた曲ではないので、聴衆と演奏者が同じ平面にいるような場所であれば話はぜんぜん違ってくる。

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