January 22, 2021

新国立劇場「くるみ割り人形」オンデマンド配信

くるみ割り人形新国立劇場のバレエ「くるみ割り人形」をオンデマンド配信で楽しんだ。これは昨年12月にライブ配信された公演を、1月15日から2月14日までオンデマンドで配信しているもの。ふだん、この劇場でオペラしか観ていない者としては、同じ劇場の見知らぬもうひとつの顔に触れたわけで、もうびっくり。うわー、バレエ、すげー!と興奮しながら観てしまった。細部まで丁寧に作りこまれた洗練された舞台で実に華やか。舞台からダンサーまで、どこを見ても美しい。惜しみなくリソースがつぎ込まれている様子に軽く嫉妬するのだが、これは人気演目の「くるみ割り人形」だからってこともあるのかな。画質、音質、カメラワークも上々。
●振付はウエイン・イーグリング、音楽は冨田実里指揮東京フィル。で、有名な振付なんだろうけど、ワタシは初めてなので素直に感じたことを書くと、オペラのすぐれた演出のように、隙間なくふんだんにアイディアが盛り込まれている。全般にとても演劇的な振付で、たとえば、冒頭の小序曲の間に小芝居が入っている。オペラの序曲で小芝居を見せるタイプの演出みたいな感じ。クララは二人一役で現実の世界では本物の少女が踊り、夢の世界では大人のダンサーが踊る。一方、相手役となるくるみ割り人形/王子/ドロッセルマイヤーの甥は一人三役で大人の男性が踊る。これはE.T.A.ホフマンの原作にある「少女が大人への階段を上る」というテーマをよく伝えるものだと思った。ドロッセルマイヤーの甥は少女クララの夢想的な恋の対象であり、それが夢のなかで実体化したのが王子であることがわかりやすく描かれる。本質的に「くるみ割り人形」とは女の子が親もとから巣立つ話であるというのがワタシの理解。同じ話を少女側から見ることも、大人側から見ることもできる多層性が、名作を名作たらしめている。
●自分の知っている「くるみ割り人形」とぜんぜん違ってて驚いたのは、ネズミ軍団との戦い。本来、クララはくるみ割り人形に加勢してスリッパを投げつけてネズミの王様に勝利するはず。ところが、この振付では勝てないんすよ! クララは大砲を打つんだけど(スリッパは出てこない)、それが不発で弾がころころ転がってしまい、ネズミの王様が弾にじゃれる始末(笑える。あちこちにユーモアの要素がある)。そして、第1幕の終わり、ドロッセルマイヤーの気球に乗ってクララと王子がお菓子の国へと旅立つ場面で、なんと、ネズミの王様が気球にぶらさがって追いかけてくる。ネズミ軍団との戦いが第2幕にまで持ち越されるという驚天動地の展開!
●でも、そうするとチャイコフスキーの音楽はどうするのかなと思うじゃないすか。だって、戦いの音楽は第1幕にしかないよ? で、第2幕に突入して2曲目、クララと王子の場面の中盤に一瞬緊迫した曲想が出てくるところで、ネズミの王様を再登場させて、王子との決戦に挑む。なるほど、こんな手があるのかー。すぐに王子はネズミを倒して、曲はハッピーな調子に戻る。音楽とダンスの連動性はとても高い。なんだか巧みなオペラの読み替え演出を観たかのような気分。あと、ラストシーンにも一工夫ある。終曲「終幕のワルツとアポテオーズ」のアポテオーズをカットして、代わりに第1幕の「クララとくるみ割り人形」前半の音楽を使ってしんみりと幕を閉じる。考えてみれば、クララが夢から現実に戻るというストーリー展開なのに、派手な音楽で終わるのもおかしなこと。クララは現実の少女に戻っているのだが、実は空にはドロッセルマイヤーの気球が浮かんでいて、現実と幻想の境界はあいまいになる。これも形は違うけど、原作の趣向を踏まえている。チャイコフスキーから一歩、E.T.A.ホフマンまで立ち返るというのがこの演出、じゃないや振付のコンセプトなのかなと思った。
●配信メディアはU-NEXT、観劇三昧、vimeoの3種類。U-NEXTに入っていないワタシは、観劇三昧かvimeoの二択。迷った末に観劇三昧を使った。料金は980円でお手頃。チケットは購入後72時間のみ有効で、分割して観ようと思うとわりと慌ただしい感じ。1週間くらい有効だと気が楽なんだけど。

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