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February 24, 2021

映画「くるみ割り人形と秘密の王国」(ラッセ・ハルストレム、ジョー・ジョンストン監督)

●2018年に公開されたディズニーの実写映画「くるみ割り人形と秘密の王国」を今頃になって配信で観たのだが、なんすかこれは! ずばり、偉大な傑作。鳥肌が立つ瞬間が何度もやってくる。実は映画公開時の各所レビューを読んで、どうもチャイコフスキーの名作バレエとの関連性が不明瞭だし、評価もパッとしないなあと思い込んでしまったのだが、大まちがい。この映画は「くるみ割り人形」に親しんでいるワタシたちのために作られた映画であって、そうでない人がピンと来なくてもしょうがない。
●で、もう3年前の映画だから、基本的な物語の枠組みを説明してもネタバレにはあたらないと思うので書くと、この映画はE.T.A.ホフマンの原作およびチャイコフスキーのバレエ「くるみ割り人形」から一世代後の物語であり、映画の主人公の少女はバレエ「くるみ割り人形」の主人公の娘だと示唆されている。最初、映画の主人公の名前がクララだから、当然あのクララだと思って見始めるのだが、「ん、なんだか話の前提が妙だぞ」と訝しんでいると、主人公のお母さんの名前がマリーとなっていて「あっ!」と思った。E.T.A.ホフマンの原作では、主人公の名前はマリーなのだ。バレエ化にあたって名前がクララに変わった。それを知らずとも、映画の前日譚として主人公の母マリーが「秘密の王国」の主だと説明されているので、これが「二代目」の話だとわかる。つまり、こういうことだ。ワタシたちのよく知る名作「くるみ割り人形」で、マリー(バレエではクララ)はクリスマスプレゼントにもらったくるみ割り人形と一緒に、夢の国に旅立ち、イマジネーションの王国を創造した。その後、現実の世界で大人になり、結婚して、この映画の主人公クララを産んだ。だが、母マリーは家族を残して世を去ってしまう。映画の主人公クララは、クリスマスプレゼントとして母の形見である卵型の箱をもらう。その箱はかつてドロッセルマイヤーさんが母マリーに与えたものだった。ところが箱を開けるカギが見つからない。クララはカギを求めて、かつて母が女王として治めた秘密の王国へと旅する……。というのが、このお話の入り口。ほら、すごくいいアイディアじゃないっすか。E.T.A.ホフマンの原作が親子二代にわたる物語に拡張されているんすよ!
●で、音楽もバレエも十分にリスペクトされている。チャイコフスキーの音楽もたっぷり使われている(あのオルゴールが鳴らす第2幕パ・ド・ドゥの音楽と来たら……泣ける!)。もちろん、映画向けに曲はアレンジされているし、映画のために書かれたオリジナル曲もたくさん出てくるのだが、ここぞという場面でチャイコフスキーが登場する(サントラで指揮をしたドゥダメルもちらっとシルエットが映る。「ファンタジア」のストコフスキーかよっ!)。映画用のオリジナル曲は永遠の鮮度を誇るチャイコフスキーを前に分が悪いのだが(それはしょうがない)、エンタテインメントを成立させるためのプロフェッショナルな手際の良さを感じさせる。そして、映像美は圧倒的。これは映画ならではの楽しみ。
●もともと原作の「くるみ割り人形」の時点で、主人公はスリッパを投げつけて自ら戦う少女であって、プリンス・チャーミングを待つばかりの無力なプリンセスではない。自分の運命は自分で切り開く。だから今のディズニーが「くるみ割り人形」を再創造するのは理にかなっている。この美しい少女が(ドロッセルマイヤーの発明家精神を受けついで)機械いじり好きであるという設定も冴えている。