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January 18, 2022

映画「ディーバ」とカタラーニ「ワリー」のアリア

●映画監督ジャン=ジャック・ベネックスの訃報に接して、彼の長編デビュー作「ディーバ」のことを思い出した。この映画の主人公はパリに住むオペラ・ファンの若い郵便配達員。決してレコーディングをしないことで知られるアメリカ人歌手の熱狂的なファンで、このディーバがパリ公演を開いた際、主人公はこっそり音声を隠し録りしたばかりか、楽屋でドレスを盗んでしまう。そんなファンの過ちが思わぬトラブルに発展する……。オペラオタクを主人公にした映画がこれだけ美しくスタイリッシュな作品になるとは。と、かつて驚嘆しノックアウトされてしまったのだが、以来観る機会もなく、どういうわけか今も配信で観ることができないようだ(自分の知る限りでは)。
●この映画で圧倒的な印象を残すのがカタラーニのオペラ「ワリー」のアリア「さようなら、ふるさとの家よ」。オペラ本編のどんな場面でなにを歌っているのか、一切知らないまま聴いてもなお神がかり的な名曲だと思う。なぜこんなに偉大な曲を書ける人のオペラが今ほとんど上演されていないのか、不思議に思うくらい。あるいは、これは映画「ディーバ」の美しい記憶のせいで、自分のなかで曲の魅力が何倍にも膨れ上がっているからなんだろうか。
●そういえば映画のなかで「ワリー」のアリアを歌っていた歌手はだれなんだろう。ワタシの脳内では、映画のディーバ役が放つフィクションのオーラは、やがて現実世界のバーバラ・ヘンドリックスへと転写されてしまったのだが、実際には声質が違う。さてだれの録音を使っていたのかなと思って調べてみたら、なんと、だれの録音でもなく、本人が歌っていた! ディーバ役のウィルヘルメニア・フェルナンデスという人は本物のオペラ歌手だったんである(ということをすっかり忘れていた)。といっても、オペラ歌手として名前を耳にする機会はこれまであったかどうか。録音は映画のサウンドトラック以外にガーシュウィンや黒人霊歌集が少しだけ見つかった。
●映画を観た頃はまだ大学生くらいだったと思うので、今観たらずいぶん発見が多いだろうとは思う。でも案外がっかりするということもありうるわけで、もう一度観たいような、観たくないような……。