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January 24, 2022

METライブビューイング「ボリス・ゴドゥノフ」初稿

●21日は東銀座の東劇で超久々にMETライブビューイング。コロナ禍以来、復活のシーズン第一弾はムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」。うわ、いきなり怪物級の大作か……と一瞬思ったが、落ち着け、これは1869年初稿だ。改訂稿よりもずっとコンパクトで、休憩なしで正味140分ぽっきり。休憩がないのでMETライブビューイング名物の幕間インタビューもないが、帰宅が遅くならないのはありがたい。18時半スタートで21時少し前に終映。
●で、「ボリス・ゴドゥノフ」は以前にもMETライブビューイングでとりあげられており、そのときは改訂稿の長丁場だったのだが、あの作品はこれまでに目にしたオペラのなかでも一二を争うインパクトがあった。史劇として壮大で、オペラ的な文法に収まらない型破りな野心作であり、観た後にキシキシと心を乱されるような異形のオペラだった。ただの修道士が反ボリス勢力を味方につけて僭王として君臨する。この筋立てにワタシは魅了されたのだが、今回の初稿ではあくまでボリス個人の苦悩にフォーカスしており、孤独な権力者の姿を浮き彫りにする。スペクタクルには乏しい分、ボリスの内面に迫っている。ボリスはロシアを統治するが、その権力は幼い皇位継承者ドミトリーを殺して手にしたものだと、ずっと民衆から噂されている。飢饉になれば民に施しを与えるが、民は喜ぶどころか統治者の無能を嘆く。そもそもボリスはドミトリーを殺したのか。ワタシはボリスを「本当はドミトリーを殺していないのに、狂気に飲み込まれて殺したと信じてしまった男」と受け止めた。
●指揮は日本でもおなじみ、現在読響の常任指揮者を務めるセバスティアン・ヴァイグレ。演出はスティーヴン・ワズワース。題名役はルネ・パーペ。これは前回の改訂稿と同じキャストで、圧巻。シュイスキー公にマクシム・パステル、グリゴリーにデイヴィッド・バット・フィリップ、ピーメンにアイン・アンガー。前回改訂稿ではボリスの息子、フョードル役にボーイ・ソプラノが起用されていたが、今回は大人の女声で。表の主役がボリスだとすれば、陰の主役は合唱。MET合唱団が底力を発揮。