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March 3, 2022

映画「ウエスト・サイド・ストーリー」(スティーヴン・スピルバーグ監督)

●ようやく映画館で観ることができた、スティーヴン・スピルバーグ監督の映画「ウエスト・サイド・ストーリー」(CD)。もうこれはなんといったらいいのか、すべてにおいて完璧だと思った。才能のある人間が束になって創造した至高の映像作品。この世にこんなスゴいものを作れる人間がいるということに、ただただ畏怖の念を抱く。歌唱もオーケストラもすばらしく、ダンスがキレッキレで、レトロテイストの映像は心地よく、現代に通じる問題を鋭くかつ正当に扱い、ユーモアもあり、なによりやるせない悲劇である。
●といっても自分は旧作の映画に思い入れがなく、バーンスタインの音楽からこの作品を好んでいる者なので、映画に対する基本スタンスはバーンスタイン作曲のオペラ「ロメオとジュリエット」。モンタギュー家とキャピュレット家というヴェローナの名家の対立では現代人にとっては共感が難しいが、20世紀のニューヨークなら等身大の物語になる。違うのはジェット団もシャーク団も名家どころか居場所の見つけられない少年ギャングだというところ。原作にある物語の畳み方は現代的視点からはあまりに不条理だが(仮死の薬を飲むが、計画を伝える手紙が届かず、勘違いからロミオが毒をあおる……ああ、郵便屋さん!)、これを少年たちにふさわしい形に置き換えた。和解はかすかにトニーの遺体を両団の少年たちが担ぐ点で示唆される。一種の読み替え演出として、本当によく出来ている。それは旧作もそうだろうが、今回の新作はリアリティの解像度を桁違いに高めて、舞台作品であれば残される余白を、きっちりと埋めてゆく。「ああ、なるほど、だから○○○は×××なんだね」みたいな納得感の連続体。これが映画の作法なんだなと感心する。
●で、自分が観る前に心配していたのは、あまりに映画的なリアリティが優先されて、刺激が増す代わりに、古典性を失ってしまっていたらどうしようということ。でも、これは杞憂だったんすよ。たしかに律義にリアルになってるんだけど、大丈夫、やっぱり登場人物がいきなり歌いだしたり踊りだしたりするというミュージカルの作法のおかげで、古典性は担保されている。オペラがそうであるように、絶対的にバーンスタインの音楽が主役であることは変わらない。こんな鮮烈な新作もいずれは旧作と同様に古びていくと思うけど、音楽は古びない、おそらく。
●マリア役のレイチェル・ゼグラーが出色。これだけのびやかで清澄な声を持っていて、しかも役柄にぴったりのキャラクターを持った人がよく見つかったなと思う。アニータ役のアリアナ・デボーズはダンスシーンに圧倒的なダイナミズムをもたらしていた。男性陣ではトニー役のアンセル・エルゴートの歌唱が勝手の違う感じではあったが、リフ役のマイク・ファイストがいい。指揮はグスターボ・ドゥダメル。オーケストラはニューヨーク・フィル、一部LAフィル。ハイテンションでキラッキラの輝かしいサウンド。聴きどころ満載でどの曲も名曲だけど、やっぱり「トゥナイト」(クインテット)は神がかっている。