May 2, 2022

「鑑識レコード倶楽部」(マグナス・ミルズ著/柴田元幸訳/アルテスパブリッシング)

●イギリスの作家マグナス・ミルズの小説「鑑識レコード倶楽部」(アルテスパブリッシング)を読む。なぜこれがアルテスパブリッシングから刊行されているのかはすぐにわかった。主人公たちはパブの小部屋で「鑑識レコード倶楽部」なるレコードの鑑賞会を始める。ルールは簡単。メンバーは各々3枚のアナログ・レコードを持ち寄る(シングルのみ)。そして1枚ずつ順番に聴く。ただし、そこには厳格なルールがあって、メンバーは決して意見や感想を述べてはならず、ただ黙って聴かなければならない。その行為を「鑑識的に聴く」と表現しているのだ。小説中には次々とロックやポップの楽曲名が登場する(が、どんな曲か知らなくても問題ないと思う)。
●せっかく音楽を聴いても、それについてなにひとつ語れないなんて! と、たいていのクラシック音楽ファンは思うんじゃないだろうか。ワタシらは音楽について語るのが大好きな人種だから。鑑識レコード倶楽部はひとまず成功を収めるが、あまりにルールが厳しいことから、やがてライバルが登場する。レコードを聴くだけではなく語ることに重きを置いた「告白レコード倶楽部」が作られ、爆発的な人気を呼ぶ……。
●つまり、これは音楽の聴き方についての小説なんである。音楽をどう聴くか。これについてワタシら音楽ファンはずっと見えない宗教戦争のなかで生きている。ある者は楽曲の構造を語る。ある者は歴史を語る。ある者はミュージシャンの物語を語る。ある者は自分の物語を語る。ある者は理解不能な特殊言語を操る。なあ、でもそんな語り、本当に要るのか? ただ黙って聴けよ、一言も発するな。そんな純度の高い鑑識レコード倶楽部の聴き方に一面の真理があることも否定できない。
●もし自分が同様のクラブのクラシック音楽版に参加するとしたら、なにを持ち寄るか想像してみる(クラシックでシングル盤は無理なので、たとえばCDでも配信でもいいから1曲12分以下で3曲選ぶとしてみよう)。すると、なにをどう選んでも、そのセレクション自体がものすごく雄弁になにかを語ってしまうことに気づく。言葉によってなぜそれを選んだかを釈明するチャンスがない分、難度は高い。昔ながらの名曲名盤を選べば退屈なヤツだと思われるし、尖がったセレクトに偏れば嫌味なヤツだと思われるし、小難しそうな曲を並べればバカだと思われる。無難な選択というものはない。他人に向けて3つ選んだ時点で、もう必要なことを語り切っているんじゃないか。そんなふうにも思ってしまう。

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