May 13, 2022

映画「マクベス」(2021) ジョエル・コーエン監督

●Apple TV+でジョエル・コーエン監督の映画「マクベス」を観た。これはいい。ごく短期間映画館でも公開されたようだが、現在はApple TV+でのオリジナル・コンテンツとして配信されている。マクベス役はデンゼル・ワシントン、マクベス夫人役はフランシス・マクドーマンド。全編モノクロ映像で格調高く、セリフはシェイクスピアの戯曲をそのまま用いているようだ。セットは非常に簡素で、映画にしては寂しめだが、舞台を映画化したものだと思えば納得。大胆な読み替え演出などではなく、おおむね原作に忠実という意味で、今後「マクベス」映画のスタンダードとして鑑賞されることになるのかもしれない。少なくともロマン・ポランスキー監督の映画「マクベス」(1971)よりはずっとスタンダード(逆にいえば刺激的なのはポランスキー)。オペラ等で「マクベス」を知った音楽ファンが、原作に近づくための手引きとしても有用。
●監督はコーエン兄弟の兄ジョエル・コーエンが単独で務めている(以下、演出上のネタバレあり)。どんなに原作を尊重しても、映像化する以上は演出家(というか監督)なりの解釈は必要になる。いちばん目に付いたのは主要登場人物以外ではロスに大きく焦点が当てられている点。ロスの人物像は狡猾な日和見主義者。マクベスに忠実なふりをして、時宜を得てマクダフ側に寝返る。「マクベス」には「第3の暗殺者」問題がある。バンクォー父子を暗殺する場面で、脚本上は暗殺者が3人出てくる。でも、前の場面で暗殺者は2人しかいなかったはず。この3人目はだれ? 見ようによっては「うっかりミス」とも取れるし、単に人手をひとり増やしただけの無名の登場人物とも解せるが、このコーエン映画では第3の暗殺者を貴族のロスに設定している。で、この場面でバンクォーは殺されるが、魔女に将来の戴冠を予言されているフリーアンスは逃げる。そして、コーエンはここで、ロスに逃げたフリーアンスを発見させるのだ。フリーアンスを見つけてロスはどうするのか、そこは見せないまま次の場面に移る(映画ならではの演出)。そして、最後の場面、マクベスの首と王冠を拾うのはロスの役目である。ロスはそれぞれの手に首と王冠を持って、新王マルカムに力強く忠誠を誓う(なんて野郎だ)。その後、エピローグ的な場面で、ロスは匿っていたフリーアンスを引き取る。フリーアンスを馬に乗せて走り出すと、そこに魔女を暗示するカラスの大群が飛び交う。近い将来、フリーアンスがマルカムから王位を奪うとき、ロスはしたたかに立ち回るのだろうと予感させる。
●と、いうのがコーエンの「マクベス」。ただ、これはポランスキー版「マクベス」と共通する部分も少なくないかも。ポランスキーを観たのはもう大昔なので記憶が不確かだが、ポランスキーも第3の暗殺者をロスに設定してるのでは。ただし最後のシーンではドナルベインが魔女を訪れるんだっけ? チャンスがあればポランスキーをもう一度見て確かめたい気もするけど、わりとバイオレンス成分多めだったような気がするので、躊躇する。

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