February 1, 2023

新国立劇場 ワーグナー「タンホイザー」 ハンス=ペーター・レーマン演出

新国立劇場 タンホイザー
●31日は新国立劇場でワーグナー「タンホイザー」(ハンス=ペーター・レーマン演出/2007年プレミエ)。演出は一部で映像の投影なども使用するが、奇を衒わないオーソドックスなスタイル。久々に登場のステファン・グールドが題名役で貫禄の歌唱。エリーザベトのサビーナ・ツヴィラク、ヴェーヌスのエグレ・シドラウスカイテが役柄にふさわしく好演。ヴォルフラムにデイヴィッド・スタウト、領主ヘルマンに妻屋秀和、ヴァルターに鈴木准。出番はわずかだが、牧童役の前川依子の清澄な声が印象深い。一声でがらりと空気が変わる。新国立劇場合唱団が大活躍。第1幕のバレエは東京シティ・バレエ団。いわゆるパリ版とドレスデン版の折衷版ということだが、ここでバレエが入ると得した気分。歌手が歌うより先にバレエを楽しめるという眼福仕様で、メインディッシュの前にデザートを平らげる背徳感が吉。ピットにはアレホ・ペレス指揮東京交響楽団。冒頭序曲は抑制的で、第1幕はもう少し煮詰めた表現が欲しくなるところもあったが、尻上がりに調子を上げて第3幕では堂々たるクライマックスを築いた。
●で、作品についてなんだけど、このオペラ、久々に見て「逆カルメン」だなと思った。「カルメン」は終場に男と女の別れがあって、自由を求めた女が破滅するじゃないすか。「タンホイザー」は最初の場に男と女(ヴェーヌス)の別れがあって、自由を求めた男が破滅するっていう話。ヴェーヌスを娼婦のように見るんじゃなくて、タンホイザーとヴェーヌスという恋人同士の別れとして見ると、このオペラは最初がクライマックスにして修羅場。後から出てくるエリーザベトとの対話よりも、タンホイザーとヴェーヌスの別れ話のほうがずっと生々しい人間の感情が描かれている。
●が、そんなタンホイザーを許さないのが、ヴァルトブルク城のモテない騎士軍団。気高さや純粋さをお題目に掲げるが、本音のところではセクシー派にも清純派にもモテモテのタンホイザーに嫉妬し、宗教権力を振りかざして排除する。イラッと来たタンホイザーは、つい騎士のひとりに言ってしまう。「はっ?お前、モテたことなんか一度もないくせに、なに偉そうに愛を語ってんの?」うっかり言ってはいけないことを言ってしまったタンホイザー。モテない騎士軍団は激おこ。男の嫉妬は無尽蔵、モテない騎士軍団のボスが「その杖が芽吹いたら許す」と、かぐや姫級の無理難題をふっかける。不寛容と同調圧力に屈したタンホイザーは、無駄に辛いだけの巡礼までやらされて気の毒というほかない。もうこうなったらヴェーヌスのもとに帰って、頭を下げるしかない。そんな決断をするも、見てないところでいつの間にかエリーザベトが絶命している。なんでそこで勝手に逝くのよ!? 絶望したタンホイザーは現世から離脱。きっとワーグナーもあの手の連中にはずいぶんと辟易したにちがいない……という話だと思って観ている、毎回。