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Books: 2020年1月アーカイブ

January 31, 2020

「音楽家の食卓」(野田浩資著/誠文堂新光社)

●お知らせを。まずは「音楽家の食卓」(野田浩資著/誠文堂新光社)。バッハ、ベートーヴェン、ブラームス、ワーグナーなど大作曲家ゆかりのレシピとエピソードを、六本木「ツム・アインホルン」の野田浩資シェフが綴った一冊。音楽面の記述について監修でお手伝いさせていただいた。料理を中心に美しい写真満載。ページをめくっているだけでお腹が空いてくる。はたして自分でも作れる料理が見つかるだろうかとレシピを眺めるも、ついつい手抜きと材料の代用ばかりを考えてしまうのは困ったもの。
●もうひとつ。東京・春・音楽祭で毎年書かせていただいている短期連載コラム、今年のテーマはベートーヴェン。「友達はベートーヴェン」第2回「そのコーヒーを飲ませてくれないか」が公開中。ベートーヴェンが一杯あたりのコーヒー豆をきっちり数えていたという逸話はよく知られているが、いったいどうやってコーヒーを淹れていたのか、という話。
●もし現代にベートーヴェンが生きていたら、絶対にコーヒー・ミルにこだわっていたと思う。ワタシはカリタのナイスカットG派。

January 22, 2020

Jリーグ新戦術レポート2019(西部謙司著/三栄書房)

●これは良書。「Jリーグ新戦術レポート2019」(西部謙司著/三栄書房)。現在のJリーグの戦術のトレンドがチームごとにコンパクトかつ明快にまとめられている。今季はもっとも急進的な戦術を採用するマリノスが優勝したとあって、戦術面で語るべきところの大きなシーズンだったと思う。マリノスのハイライン、ハイプレス、偽サイドバックの超攻撃的サッカーもさることながら、片野坂監督の大分やペトロヴィッチ監督の札幌など非常に多彩。ゴールキーパーにも足元がうまいタイプと、セーブ力を武器とする伝統的なタイプがいて、それぞれにチーム哲学が反映されていたと思う。
●マリノス以外で印象的だったのは大分。この本では「疑似カウンター」って名付けられていて、なるほど。大分もマリノスと同様に自陣深くでもパスをつないでボールを保持するのだが、狙いはマリノスとぜんぜん違う。ハイプレスをかけてくるチームがボールを奪おうと前がかりになったところで、キーパー高木から正確なキックで前線の藤本憲明(神戸に移籍)につないで、あたかもカウンターアタックのような攻撃を作り出す。「疑似カウンター」というか、「セルフカウンターアタック」というか。最初の対戦でマリノスはまんまと罠にはまった。
●あと、Jリーグで3-4-2-1(3-6-1)がこれだけ広まっていたのも軽い驚き。森保監督も好む布陣で、J1だと広島、大分、札幌、浦和、湘南が採用している(J2ではもっと多いかも)。これに3-5-2のガンバ大阪、神戸、松本を加えた8チームが3バック勢。だいぶ4バックと拮抗している。そう考えると森保監督が3バックを敷くのも無理はないのか。ただし上位5チームはすべて4バックだったことも見逃せない。
●現代のサッカーは、バックラインに相手フォワードがプレスをかけてくるのが前提になっているので、いかに後方から相手のプレスをかわしてビルドアップするか、という点でチームごとになんらかの工夫が必要になる。キーパーを含むバックラインから、中盤の選手に前を向かせるまでのプロセスで、どれだけオートマティズムを持ち込めるか、というのがゲームを支配する鍵。

January 21, 2020

十二月の十日(ジョージ・ソーンダーズ著/岸本佐知子訳/河出書房新社)

●ジョージ・ソーンダーズの新刊「十二月の十日」(岸本佐知子訳/河出書房新社)を読む。多様な奇想で彩られた短篇集なのだが、おおむね共通するのはダメ男たちのストーリーであること。貧乏だったり、賢さが足りなかったりする男たちが、ピンチに直面して悪戦苦闘する。印象的だったのは「センプリカ・ガール日記」。娘が誕生パーティで惨めな思いをしないように、経済的な苦境にある父親が駆けずり回って、一発逆転の華やかなパーティを開く。ところが……。一見普通の現代アメリカの光景のように思えて、読み進める内に庭に設置する「SG飾り」なるものの正体がわかって慄く。笑ったのは「スパイダーヘッドからの脱出」。人間モルモットになって感覚を増幅する薬を投与された若者たちを描く。
●全体に「トホホ」では済まされない、身につまされる話が多い。苦くて、切ない。同時に、多くは救いのある話でもある。孤独ないじめられっ子の少年と自ら命を絶とうとする男の奇妙な出会いを描いた表題作もそうだし、巻頭のモテない少年の「ビクトリー・ラン」や、暴力的衝動に突き動かされる孤独な帰還兵の「ホーム」もそう。ダメ男たちに訪れるささやかな栄光の瞬間、と言えるのか。

January 10, 2020

バレリア・ルイセリ「俺の歯の話」(白水社)

●(一昨日から続く)もう一冊は新刊でバレリア・ルイセリの「俺の歯の話」(松本健二訳/白水社)。メキシコ出身ながらスペイン語と英語の両方で小説を書く著者による、パチューカ生まれの競売人のささやかな成功と失敗を描いた物語(パチューカといえば本田圭佑が一時期所属していたクラブだ)。歯小説であり収集癖小説でもありアートギャラリー目録小説でもあるという、まったくオリジナルな作品。中南米出身の作家に対して期待されるような、ローカル色豊かな小さな逸話の集積にもたしかにおもしろさがあるのだが、筆致は至って現代的で、アメリカから遠くに眺めるスペインの風景といった感。いくぶん都会的な線の細さも漂う。
●著者はてっきり男性だと誤解して読んでいたが、途中で(名前が示すように)女性だと気づいて軽く驚く。スペイン語と英語を自在に行き来する著者だが、自作をスペイン語から英訳する段階で大幅に改稿され、翻訳が再創造になるという創作プロセスが興味深い。
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●お知らせを。東京・春・音楽祭のサイトに拙稿掲載。毎年短期連載させてもらっているコラムで、昨年のシェーンベルクに続いて、今年はベートーヴェン。「友達はベートーヴェン」第1回「運命はかく扉を叩くvs鳥のさえずり」。ご笑覧ください。

January 8, 2020

「ミゲル・ストリート」(V・S・ナイポール著/岩波文庫)

●年末年始、たまたま続けて強烈な辺境性を宿した新旧ふたつの物語を読んだ。ひとつはV・S・ナイポールの「ミゲル・ストリート」(小沢自然・小野正嗣訳/岩波文庫)。ノーベル賞作家が1959年に書いたデビュー作で。昨年、文庫になった。イギリスの植民地だった頃のトリニダード島の街が舞台で、登場する男たちはだれもかれもダメ男と変人ばかり。ろくに働いていない男だらけで、やたらとラム酒を飲み、子供と奥さんを殴る。どうしようもない連中だが、どんな変人でも共同体の一員として受け入れてしまう南国的な大らかさがあって、だれも飢える者はいない不思議な街。
●おかしな話が満載だが、とりわけ印象的だったのは「機械いじりの天才」の章。クルマをいじられずにはいられないオジサンが、修理するといってはクルマを壊してしまう。わからないのなら触らなければいいのに、どうしてもいじってしまう。なんだか身につまされる。目次を見た時点でわかるように、最後に主人公は教育を受けるためにこの街を後にする。どこか故郷を「見捨てる」ような話の閉じ方が、この連作短編集の肝なんだと感じる。(つづく

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