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Books: 2020年12月アーカイブ

December 23, 2020

「かがやき」(馳平啓樹著/水窓出版)

●最近読んだ本のなかで忘れがたい印象を残してくれたのが、馳平啓樹著「かがやき」(水窓出版)。2011年文學界新人賞受賞作家の初作品集。5作の短篇が収められていて、どれも広く言えば「労働」をテーマにした短篇なのだが、表題作「かがやき」が抜群に味わい深い。登場人物は製造業の人々。主人公は港で部品を船に収める「積み込み屋」で、部品メーカーや工場の人々とともに海の向こうからの発注に右往左往している。注文がパタリと途絶えて困ったかと思えば、短い納期で大量の注文がやってきて大騒ぎになる。発注者は身勝手で、受注する日本側は翻弄されるばかり。製造業でなくとも、こういった発注側と受注側の関係には見覚えがあるのでは。なにか大事件が起きるというわけではなく、働く人々のかさかさとした日常が淡々と綴られていく。
●で、「うおっ!」と思ったのは、主人公は昼に会社員として働いているのに、夜勤でサンドイッチ工場でも働いているところ。工場のラインでパンにキャベツとハムを載せるのが仕事。単純作業の連続でキツいばかりの仕事だと思いきや、主人公はキャベツとハムを載せるだけの行為に対して、よりよい方法を考えてみたり、最終製品であるサンドイッチを店舗で購入して味わったりしている。つまり、昼の部品の仕事ではできないことをしている。
●働く人はだれもが働くことについて延々と考え続けていると思う。何十年経ってもそう。仕事の楽しさとしんどさの源泉はどこにあるのかなとか、人間関係の築き方だとか、個人と仕事との距離感だとか、暮らしに占める適切な割合だとか。そんなあれこれについて、この本はなんの答えも用意してくれていない。でも、寄り添ってくれる、かもしれない。
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●お知らせ。東京・春・音楽祭のコラム・シリーズ、「好き!好き!ストラヴィンスキー」第2回「ストラヴィンスキーの二大名言」を書いた。今回の短期連載はバッハ3回、ストラヴィンスキー2回でおしまい。

December 18, 2020

「寒い国から帰ってきたスパイ」(ジョン・ル・カレ/早川書房)

●スパイ小説の大家、ジョン・ル・カレ(1931~2020)、逝く。89歳。あちこちで追悼記事が掲載されているが、その量と質がこの作家がなにを築いてきたかを雄弁に語っている。たとえば、BBCの追悼記事、あるいはこの解説記事。すぐれたスパイ小説の書き手が、実際にイギリスのMI5とMI6に所属した情報部員だった。それだけでもすごい話だが、1960年代から2019年にまでわたる創作期間の長さ、コンスタントに新作を発表し続けた持続力にも驚く。本名はコーンウェルで、ル・カレは筆名。どういう由来なんだろう。
●が、ワタシはさっぱり読んでいないのだ、ル・カレを。どうしてなんだろなー、やっぱり、読むべきでは? そして読むなら今しかない。そう思って、いちばん有名な「寒い国から帰ってきたスパイ」(ジョン・ル・カレ/早川書房)を読んでみたら、なるほど、これはおもしろい。ジェイムズ・ボンド的な超越的な存在ではなく、生身の人間としてのスパイ。マッチョでゴージャスではなく、体制と個人の間で揺れ動くスパイ。いや、そんな話は語り尽くされているか。この話、後の作品に比べると練れていないところもあるかもしれないが、ラストシーンがあまりに魅力的で好きにならざるを得ない。
●以前、タイム誌の「英語で書かれた小説オールタイムベスト100」の一冊に、この「寒い国から帰ってきたスパイ」が選ばれたことがあった。でもドイツが東西に分かれていた時代を知らない世代が読んでもおもしろいのかどうかはよくわからない。「ベルリンの壁」とはなにかという説明は、もちろんないので。逆に言えば、今読むから感じる懐メロ的な要素もあると思う。
●ほかの本も読みたくなった。次はどれにしようか、迷う……。

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