August 26, 2003

「ジェノサイドの丘」

●昨日の朝刊に「ルワンダ、25日に大統領選投票」という小さな記事が載っていた。ルワンダってのは中央アフリカの小国である。「選挙戦は、ツチ族で現職のカガメ大統領と、フツ族のトゥワギラムング氏の事実上の一騎打ちとなっている」そうだが、ちょっと戦慄を覚えたですよ。
●っていうのは、ちょうど今、「ジェノサイドの丘~ルワンダ虐殺の隠された真実」(上下巻:フィリップ・ゴーレイヴィッチ著、柳下毅一郎訳/WAVE出版)を読んでいたから。あちこちの書評で取り上げられているのでご存知の方も多いと思うが、中央アフリカの小国ルワンダで起きた100万人規模のジェノサイド(民族殺戮)についてのノンフィクションである。この事件が起きたのは1994年。まだ10年も経っていない。
●多数派のフツが、少数派のツチを殺した。しかしフツとツチには積年の民族対立というほどの争いの歴史はなく、宗教対立もない。ヒットラーのような人物があらわれたわけでもない。そもそもフツとツチには遺伝学的特徴に基づく明白な民族の区別などなく、一方は背が高いとか牛乳を飲むとか、あくまで人々の「物語」が生み出した幻想でしかなかったわけだ。したがって一つの家族のなかにもツチとフツが同居していた。それが、フツが山刀を持ってツチを虐待し、凌辱し、根絶すべく殺しつづけた。メディアはラジオ、武器は山刀といった小さな世界で、隣人が隣人を殺す集団殺戮が静かに組織的に短期間のうちに行われた。そういう地獄が生まれるまでの無慈悲なメカニズムがここに記されている。
●これほどまでに大規模な殺戮があっても、当時国際的な関心はほとんど持たれず、それどころかジェノサイドの後、国際社会は殺戮した側を「難民」として扱い、人道団体が援助に駆けつけ、そして助けられた殺戮者たちはなおも人を殺しつづけたという悪夢。国連が軍を派遣していてもその目の前で人が人を殺すことを止められないというリアリティを、ゴーレイヴィッチは恐るべき取材力で伝える。イデオロギーなんて、ここじゃ全然無力だし関係なかったんすね。事件後、もはや国中が犯罪者で誰にも裁かれようのない殺戮者たちと、ジェノサイドの生き残りとなった人々が同じ国家に共存し、そして今日大統領選を迎えたというのも、信じられないような話である。(08/26)

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