August 17, 2004

「中二階」 ニコルソン・ベイカー

中二階●ニコルソン・ベイカーの「中二階」(岸本佐知子訳/白水uブックス)を読んでいて、こんな描写にぶつかった。主人公がレコード店に入った場面を思い起こすところであるが、この情景、ピンと来るだろうか。

店に入ると、”二本の指でとことこ歩き”の動作でもって、アルバムを次々と繰っていく。たまに同じアルバムが何枚か続くと、まるで昔の五セント映画の原始的なアニメーションのように、<ドイツ・グラモフォン>の装飾的な黄色のタイトル枠の下で、ピアノに向かったアーティストが気取ったポーズのままじっと静止しているように見えた。ときたま二枚のアルバムの密封包装のあいだに軽い真空状態ができていて、そんなときには、一枚目を繰ると次のも一緒に身を起こし、途中でぱたんと倒れるのだった。

 20代だと意味不明という方のほうがきっと多い。「二本の指でとことこ歩き」も「途中でぱたん」もアナログ・レコード体験のある方にはおなじみの光景。懐かしいっすね。この小説は微細な観察のみから成り立っている。
●ニコルソン・ベイカーは日常のきわめて些細な事象をミクロ的な考察によって描写するといった特異な作風を持っていて、この「中二階」などは一人のビジネスマンが昼休みからオフィスに戻ろうとして、中二階へ向かうエスカレーターに乗る瞬間からスタートし、エスカレーターを降りる瞬間で終わるというユニークな小説である。日常のディテールを掘り起こしていくと見えてくる真実やユーモアがある。ご存じなければ、ぜひ。
●ちなみにニコルソン・ベイカーは元作曲家志望で、イーストマン音楽学校で学んでいる。ニューヨーク州のロチェスター交響楽団で代理のファゴット奏者をしていたこともあるという。ファゴットというあたりが「らしい」気がする。

トラックバック(5)

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.classicajapan.com/mtmt/m--toraba.cgi/210

最近タイトルの本の訳者の『気になる部分』という本を読み、そのつながりでこの本を手にとって読んでいる途中。 今日、電車の中で 店に入ると、”二本の指でとことこ歩き”の動作でもって、アルバムを次々と繰っていく。たまに同じアルバムが何枚か続くと、まるで昔の五... 続きを読む

 CLASSICAでニコルソン・ベイカーという作家の小説「中二階」が紹介されてい 続きを読む

Classica のiioさんのブログを読んでおりますと、その読書センスの良さに惚れ惚れしてしまいます。今回もニコルソン・ベイカーの「中二階」という本を紹介しているのですが、以下の部分が振るっています。 店に入ると、”二本の指でとことこ歩き”の動作でもって、アルバ... 続きを読む

以前にiioさんのclassicaで紹介のあったニコルソン・ベイーカー『中二階』(白水uブックス)を読んでみました。 iioさんのエントリーにもあるように、日常生活に対するミクロ的考察が主体の本になっているのですが、これが「合う」か「合わない」かで好みが分かれるかも... 続きを読む

●先日、当欄にニコルソン・ベイカーの「中二階」についてのエントリーを載せた。で、そのニコルソン・ベイカー作品の翻訳者である岸本佐知子のエッセイ「気になる部分」(白水社)を読んだのだが、これがもうムチャクチャに可笑しいんである。翻訳についてのエッセイでは... 続きを読む

このブログ記事について

ひとつ前の記事は「ニッポンvsイタリア@アテネ五輪」です。

次の記事は「ニッポンvsアルゼンチン@キリン・チャレンジ」です。

最新のコンテンツはインデックスページへ。過去に書かれた記事はアーカイブのページへ。

ショップ

国内盤は日本語で、輸入盤は欧文で検索。