May 12, 2006

ワンダー・ボーイズ(マイケル・シェイボン著)

ワンダー・ボーイズ●人間関係や仕事についてあれこれと気を遣いながら、気忙しく日々が過ぎ去っていくとき、ふとこんな風に考えることはないだろうか。「なーにをチマチマと小賢しく生きてるんだか。いいだろが、くっだらないことにこだわらずに、行き当たりばったりで自由に生きれば」。「ワンダー・ボーイズ」の登場人物はそんな気分を喚起する。
●以前、映画版「ワンダー・ボーイズ」をテレビで見たとき、「ずいぶんヘンな話だな。こんなのだれが考えつくんだろう」と思った。主人公は作家で大学教授のグレイディ(役者はマイケル・ダグラス)。かつて作家として騒がれた時期もあったが、近年は未完の大作「ワンダー・ボーイズ」にかかりきりでなにも完成させることができない。車のダッシュボードにマリファナを隠すタイプ。3回結婚してて、3度目の離婚の危機にあり、愛人はカレッジの学長。教授の学生役ジェイムズにトビー・マグワイア(スパイダーマンの人)。才能は一見ありそうなんだけど、言うこと書くこと全部ウソくさい。自殺願望があるが、それすらウソくさい。主人公の担当編集者は会社から最後通牒をつきつけられた崖っぷちに立つゲイ。
●招かれたパーティで、ささいなことがきっかけとなって学生がその家の犬を銃で撃ってしまったがために、3人は次々とナンセンスな事件に巻き込まれていく。一見ドタバタ風、でもまあ、大人になりきれない男たちが人生のいろんな局面でサスペンドしていたものを、ついに決着をつけるという話。ただ、映画を見ていて少々意味のつかめないところもあって、マイケル・シェイボンの原作「ワンダーボーイズ」(ハヤカワ文庫NV)を読んでみた。
●で、驚いたのだが、これが実におもしろいんすよ。呆れるほど饒舌、でもとても豊か。登場人物たちにはぐっと奥行きが出てくる。たとえば主人公グレイディ。愛人の学長サラから電話がかかってくる。ちなみに愛人の亭主も同僚の大学教授というのっぴきならない関係にある。

「ああ、グレイディ、連絡が取れてほんとうによかった。恐ろしいことがいちどきにたくさん起こっているのよ」
「ちょっと待ってくれないか、ハニー?」と言うなり、私は電話を切ってしまった。そうして、書斎に入っていき、テレビのスイッチを切った。
「この家からズラかるっていうのはどうかな?」私はジェイムズに言った。

 爆笑。困ったことが起きたら逃げ出すダメ男? そうだけど、一見頼りになる男も本当はいつも心の中でこんなふうに電話を切っている(かもしれない)。
●主人公は、自分の小説、出版社、編集者、妻、愛人、教え子の敬慕、そしてかつて抱いていた輝かしい自己イメージといったものを、すべて失っていく。そしてハッピーになる。シニカルな話はしばしば心温まる物語でもある。

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