ドミノ・ピザ
June 12, 2009

「リヒャルト・シュトラウス 『自画像』としてのオペラ」(広瀬大介著)

「リヒャルト・シュトラウス 『自画像』としてのオペラ」●これは大変な力作。あと少しで読み終えるところなのだが、「リヒャルト・シュトラウス 『自画像』としてのオペラ」(広瀬大介著/アルテスパブリッシング)が実におもしろく、ためになる。副題に「『無口な女』の成立史と音楽」とあることからもわかるように、この本はシュトラウスの後半生、それも台本作家ホフマンスタールを失った後についての研究書である。
●R.シュトラウスというと、一番人気のあるのは若き日に書かれた交響詩群だろう。オペラを聴かない人はもっぱらこのあたりを聴く。で、オペラ好きであれば、後の「サロメ」や「ばらの騎士」も聴く。うまくいけば「影のない女」や「アラベラ」も聴くだろう。が、シュトラウスは長寿なんである。「アラベラ」の後もまだまだ生きて、作曲も続けている。「英雄の生涯」とかを書いてた頃は19世紀だったのに、「無口な女」を書く頃にはもうナチスが台頭している!
●で、ワタシなんかにとっては、「アラベラ」より後のシュトラウスというのは、ところどころ見えてるところもあるけど、全体としては光の差し込まない鬱蒼とした森みたいなもので、特にシュトラウスの生涯、その社会背景といったものについてはさっぱり見えていなかった(世界が激動していた時代なのに)。それがこの本を読んで、ぱっと一気に明るく見通せるようになったような気がする。
●特に興味深かったのが第2章と第3章にかけての、シュトラウスとツヴァイク、そしてシュトラウスとナチ政府の関係。ツヴァイクはあの「マリー・アントワネット」の作者として知られていると思うが、ツヴァイクとシュトラウスの往復書簡に加えて、ツヴァイクとロマン・ロランとの往復書簡も残っていて、ツヴァイクのシュトラウス観、驚くほど確かな音楽観といったものもうかがい知れる。シュトラウスとナチスとの関係についても知らなかったことだらけで(特にゲッベルスとのやり取り)、これを読んでいなかったらうっかりするととんでもない誤解をしかねなかったなと思うところ多々あり。
●この「リヒャルト・シュトラウス 『自画像』としてのオペラ」は、もともと広瀬大介さんが博士論文として執筆されたもの。ミュンヘン大学に留学し、現地で一次資料をはじめとする多くの資料・文献に触れた著者にしか書けない本であり、広瀬さんのシュトラウスへの情熱や見識が300ページ以上にわたってぎっしりと詰まった好著である。でも研究書として立派だっていうこと以上にワタシが感心したのは、この本が実に読みやすく、読み手に対して「読書の楽しみ」まで与えてくれるところ。一ページ読んだら、次にどんなことが書かれているか、その先の一ページを読みたくなる。おもしろい本を読み慣れている方は「そんなのフツーじゃん」って思うかもしれないけど、そういう音楽書は決して多くはないし、書き手の側に立てば、これは全身全霊を尽くして一種の奇跡を起こしてようやく実現できることだと思う。

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