July 30, 2009

映画「パリ・オペラ座のすべて」(フレデリック・ワイズマン監督)

パリ・オペラ座のすべて
●プレス試写会にて映画「パリ・オペラ座のすべて」(フレデリック・ワイズマン監督)。これは大変おもしろい。おっと、でも最初に注釈を。題名に反して、この映画には一切「オペラ」は登場しない。原題はLA DANSE - LE BALLET DE L'OPERA DE PARIS。つまりオペラ座の「バレエ」だけについてのドキュメンタリーだ。でもワタシはワクワクしながら見た。
●これはフレデリック・ワイズマンの基本的な表現スタイルなのだろうが、画面に映っているものに対して一切説明をしない。ナレーションも入らないし、キャプションも入らない。そして、取材対象者へのインタビューも採らない。撮影されている人間がカメラを意識する場面はゼロで、ただひたすらパリ・オペラ座の内側にもぐりこんで目にできるものを映し出す(それが160分も続く)。
●本番公演の映像もほとんどないと思うのだが、じゃあなにが見られるかといえば、まずは第一にレッスン。ダンサーたちの厳しい稽古だ。それから舞台のリハーサル、ゲネプロ。ミーティング。レセプション。劇場のお客さんが普段目にできないものだけを黙って映す。
●たとえばミーティングの場面では、事務局長がダンサーたちに年金制度について説明している。オペラ座のダンサーは国家公務員で、しかも40歳から年金が支給されるという特別な待遇にある(定年は42歳)。「国家公務員の年金特別制度改革が行なわれるが、ダンサーへの待遇は変わりませんよ、でも危機感を持って職務に向かわないと今後どうなるかわかんないですよ」みたいなニュアンスの話。生々しい。ダンサーたちが少し見当違いなところで拍手をする場面とかがあって、これをワイズマンは見せたかったんだろう。
●アメリカの大口寄付者を招待するのに、どんな特典をつけようかと会議をする場面も印象的。「これならリーマンブラザーズは一口か二口は買うわね」みたいな一言が、いま見ると味わい深い。
●舞台のリハーサルは、「くるみ割り人形」みたいな古典的な演目から、コンテンポラリーなものまでさまざま。ワイズマンは説明を入れないから、見る人の立場でもどうとでも受け取れるんだけど、たぶん、バレエもオペラもなにも知らない人が見ると、こんな感想を持つ可能性がある。「バレエなんて古くさい芸術だと思っていたけど、今はヨーロッパでもモダンなスタイルが試みられているんだなあ。本家パリ・オペラ座でもこんなふうに伝統を打ち破ろうとしている」。一方で、たとえばバレエには通じてないがオペラやコンサートには親しんでいる人が見ればこういう見方もありうる。「コンテンポラリーなバレエってこういう舞台で、あんな感じの音楽が付くのか……。なんだか閉塞感があって、古くさいなあ。こうして並べて見ると、古典はぜんぜん古びていないから、やっぱり偉大なものはいつになっても偉大だ」。バレエ・プロパーの方が見れば、さらにぜんぜん違う視点があるはずで、どんな解釈でも成立しうる。普通のドキュメンタリーにあるはずの説明がないから。
●説明がないといえば、本当になくて、ガルニエ宮の「くるみ割り人形」のポスターがアップで映った後に、ささっとバスチーユでの「ロメオとジュリエット」(ベルリオーズ)の舞台に切り替わったりして、これ、「くるみ割り」だと思われないか、とか(笑)。でもワタシだってバレエのことはまったくわからずに楽しんだわけだから、これでいいのか。
●「パリ・オペラ座のすべて」は今秋Bunkamura ル・シネマ他で公開。ちなみに、今回の公開を記念して、ユーロスペースでワイズマンの18作品が上映される(9/12-9/25)。日本初公開となる「エッセネ派」をはじめ、上映時間6時間の「臨死」、屠殺を描いた「肉」、「DV-ドメスティック・バイオレンス」、「DV 2」、精神異常犯罪者のための刑務所を題材にしたデビュー作「チチカット・フォーリーズ」他。問題作が並ぶ中でバレエというテーマが浮いて見えるが、現代社会を映し出す切り口として、病院、福祉施設、軍隊、学校、警察、裁判所といったものと並んで「劇場」があると思えばいいのだろう。

photo © Idéale Audience - Zipporah Films 2009

トラックバック(2)

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.classicajapan.com/mtmt/m--toraba.cgi/1223

バリ島がやっぱり好き! ホテル、スパなど旅行滞在記 - 愛しのニコラが!映画「パリ・オペラ座のすべて」この秋公開 (2009年8月 1日 04:13)

突然ですが私、パリオペラ座のファンです。 バレエです。 ニコラ・ル・リッシュというダンサーが特に好きで、 一時期は生でバレエ公演を見まくりました。 ... 続きを読む

このブログ記事について

ひとつ前の記事は「イブラヒモヴィッチがバルセロナに移籍」です。

次の記事は「ザルツブルク音楽祭のアーノンクール指揮ウィーン・フィル」です。

最新のコンテンツはインデックスページへ。過去に書かれた記事はアーカイブのページへ。

ショップ