ドミノ・ピザ
July 12, 2013

ゾンビと私 その27 映画「コン・ティキ」

●昨日、アメリカの放送局で番組が中断され、「死人が人間を攻撃しています。死人に近づかないでください。非常に危険です」という警報が流れた。全米の放送局が採用している「緊急警報システム」が作動したのである。が、これは誤作動であった。ひとまずは胸をなでおろしてよい。しかしこれは偶然が生んだ予行演習、来るべきその日に備えよというメッセージとも受けとれる。
●いよいよ地上にゾンビがあふれ出したら、どこに逃げるべきか。不定期終末連載「ゾンビと私」では繰り返しこの問題を取りあげ、原則としては「人口密度の疎らな低山」への避難を有力としてきた。しかし、ここに来て新たな可能性について検討すべきであると思い至った。海である。ゾンビは泳がない。地表の71%は海。地上がゾンビで埋め尽くされそうとも、この地球上はいまだ大半がゾンビ・フリーであるともいえる。
●この連載の第6回で「大西洋漂流76日間」を紹介し、海がいかに過酷で生存困難な場所であるかを示した。だが、あれは予期せぬ遭難者の話。もし準備を整えて海に出たらどうなるか。それも航海技術を必要とするような船舶ではなく、木材で作られたいかだで大洋に出たとしたら?
コン・ティキ●その回答を雄大なスケールの映像美で伝えてくれるのが、現在公開中の映画「コン・ティキ」だ。コン・ティキ? 「コンチキ号の冒険」のこと? そう。これは1947年、ノルウェーの海洋生物学者であり探検家であるトール・ヘイエルダールの有名な航海を映画化したものだ。ヘイエルダールは南太平洋のポリネシア諸島が大陸から遠くに位置するにもかかわらず、古くから人が住んでいることに興味を持った。定説では彼らはアジアから渡ってきたとされるが、ポリネシア文明とインカ文明には共通点が多い。ポリネシア人の祖先は南米から海を渡ってやってきたのではないか?
●この仮説を実証するために、ヘイエルダールは1500年前の古代でも入手可能な素材と技術のみを用いていかだを作り、仲間たちとペルーからポリネシアへ向かった。いかだであるから動力もなければ、それどころか舵すらきかない。風と波を頼りに8000キロにわたる太平洋横断に挑んだ。あらゆる脅威に立ち向かいながらも、彼らは予定通り101日間をかけて、ポリネシアにたどり着いた。
●「大西洋漂流76日間」では生死ギリギリの絶望的な漂流が描かれたが、「コン・ティキ」の101日間はその大半が気楽な旅で、危険が訪れたのは数日のことだったという。メンバーは全員無事帰還している。奇妙なことにヘイエルダールは泳げなかった。泳げもせずに、だれもが無謀だといったこの冒険に出かけた。とてつもない信念がなければこんな命がけの旅になど出られるものではないし、実際幸運に助けられた面もあったはず。しかし、ともあれ、人は準備さえあれば海上で100日以上を暮らせるのである。ときにはサメとも遭遇する。クジラもいる。ひょっとしたら巨大イカもいるかもしれない。しかし、ゾンビはいない。
●この「コン・ティキ」でもっとも重要だと思われるのは、彼らのいかだが古代人の材料と技術だけで建造された点だろう。Zday以後、われわれはいったんテクノロジーを失う。そのような文明を失った時点であっても、知恵さえあればコン・ティキ号は建造可能なのだ。わたしたちは海について、そしていかだについて学ぶべきではないだろうか。テレビが本物のゾンビ警報を鳴らす前に。

>> 不定期終末連載「ゾンビと私

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