May 16, 2017

「中世騎士物語」(ブルフィンチ/岩波文庫)~ トリストラムとイゾーデ

●先日の「アルベニスとマーリンとワーグナーと」をきっかけに、ブルフィンチの「中世騎士物語」(岩波文庫)を読みはじめた。おもしろい。というか、今までこれを読んでいなかったことを後悔。アーサー王伝説に登場するキャラクターたちに生き生きとしたイメージを抱くことができる。といっても、伝説の類はみなそうだがバリエーションがさまざまあって、話によって人物像が違っていたり、時系列が矛盾していたりするもの。たとえば、トリスタンとイゾルデの物語。ワーグナーがオペラ化するにあたって参照したのはシュトラースブルクの叙事詩ということのようだが、この「中世騎士物語」では微妙に違ったもうひとつのトリスタンとイゾルデが描かれる。ワーグナーの楽劇より筋が通っているところもあって、いくつか腑に落ちた。
●コーンウォールのマーク王(マルケ王)のもと、騎士となったトリストラム(トリスタン)は、アイルランドの騎士モローントを倒すが、自らも負傷する。モローントの槍には毒が仕掛けてあり、トリストラムの傷は日に日に悪くなる。そこで傷を治そうと英国に渡るのだが、アイルランドに流されてしまう。ここでトリストラムはイゾーデ(イゾルデ)と出会う。ふたりは互いにひかれあう。が、トリストラムの剣の切っ先のこぼれ方がきっかけで、彼がモローントの敵であったことがバレてしまう。でも、トリストラムは許されるんすよ。こんな立派な騎士なんだから寛大に接しようっていうことになって。
●で、コーンウォールに帰ったトリストラムはマーク王にイゾーデっていうラブリーな貴婦人がいるよって話しちゃう。そこで、マーク王はじゃあイゾーデをわが妃に迎えるから、連れてきてくれとトリストラムに命ずる。なな、なんと。しょうがない、トリストラムは騎士だからこれを受け入れる。で、トリストラムはアイルランドからイゾーデを舟で連れてくるわけだけど、ここで出てくるのが侍女のブレングウェイン(ブランゲーネ)だ。ブレングウェインは媚薬を持っている。まちがいが起きてはいけないから、イゾーデとマーク王に飲ませるための薬だ。ところがブレングウェインは粗忽者だったんである。その辺にひょいと媚薬を置きっぱなしにしていたから、のどが渇いたというだけの理由で、イゾーデが半分これを飲んで、残りをトリストラムが飲んでしまう。最後に愛犬がその盃をなめた(という描写があって、えっ、これって愛犬と三つ巴の三角関係に発展するってこと?と一瞬、混乱したのだが、なんの伏線にもなってなかった。だよな)。
●つまり、トリストラムはイゾーデは会った瞬間から惚れ合っていて、媚薬はそれをいっそう強固にしただけなんすよね。イゾーデはマーク王と結婚するので、そこからまたいろいろな物語が展開するのだが、とにかくトリストラムはアーサー王の円卓の騎士の一員となる(このあたりからワーグナーの楽劇とはぜんぜんちがう展開をたどっている)。トリストラムが名誉を授かる一方で、マーク王は嫉妬心と復讐心からトリストラムを襲って殺そうとまでする。マーク王の描かれ方はさんざんだ。トリストラムはランスロットと並ぶほどの無双ぶりで勇名をはせる。
●ワーグナーには「死のうと思って飲んだ薬が媚薬だった」というドラマティックな展開があるが、こちらの話では媚薬なんてあってもなくても話の大筋は変わらない。で、トリストラムはその後、聖杯の探索に出かける。そして「白い手のイゾーデ」と呼ばれる別のイゾーデと出会い、ふたりは結婚する。ところが戦いのさなか、トリストラムは梯子に登ったところで敵の投げた岩が頭にあたって傷つく。ランスロット並みの勇者だったはずのトリストラムだが、なんと、これが致命傷になる。傷がどんどん悪化したところ、かつての記憶をたどってコーンウォールのイゾーデなら治してくれるかもしれないと彼女を呼ぶのだが、「白い手のイゾーデ」の嫉妬心が妨げとなって治療は間に合わず、トリストラムは命を落とす。途方もない敵と戦うのではなく、岩が頭に当たって命運が尽きたというのが印象深い。トリストラムほどの猛者であれば、岩の一撃くらい豆腐の角に頭をぶつけた程度のものだろうと思いきや、そうもいかないらしい。頭、大事。ヘルメット推奨。(→その2へ)
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●METライブビューイング、6月はシュトラウス「ばらの騎士」新演出(ロバート・カーセン、ルネ・フレミング他)。6月12日の東劇では上映前にソプラノの森谷真理さんのトークがあるのだとか。二期会公演で元帥夫人役を歌うということで「ばらの騎士」の魅力、またMET出演時のお話も聴けそう。

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